帰還
ガルドは目の前の光景をただ見ている事しか出来なかった。
伝説のベラグメントが現れ、光の剣で魔獣を切り裂く。
「まるで神話そのものじゃないか……」
フィンの同行を許した時、この結果を予想できただろうか。
いや、誰にも出来なかっただろう。
フィンに才能があるのは分かっていた。実戦を見てその成長を期待したのも事実だ。
だが、この結果はあまりにも想定外だった。
「これは、俺達の手に余るな。」
「そうですね。こうなっては国に報告する必要がありますね。」
誰かに聞かせるつもりはなかったが、いつの間にか隣に来ていたエルダの答えにガルドは驚いた。
「ああ、そうだな。」
そう言うと、ガルドは再びフィンの乗るベラグメントを見た。
「悪いが、報告の事は任せていいか。」
ガルドは申し訳なさそうにエルダに頼んだ。
「構いません。それが私の仕事ですから。」
エルダもそれが当たり前と言うように答える。
戦いを終えたベラグメントがゆっくりと近づいてくる。
「話はあいつらが戻ってきてからだ。まずは被害状況の確認だな。」
エルダにそう言うと、ガルドはこれからの事について指示を出す。
魔獣討伐は倒してそれで終わりではない。
倒した後にも仕事はあるのだ。ガルドはそれが苦手だった。
これからの事を考えて、ガルドは大きなため息を吐いた。
オルタリオンが隊員達と合流すると、フィンとエリスは光球に包まれてオルタリオンから降りてきた。
二人を降ろしたオルタリオンは光となってエリスの中に消える。
隊員達は遠巻きにその光景をみていた。
それは正に神話で伝え聞いた光景だった。
皆、ベラグメントと聞いて半信半疑だったが、白い鎧熊との戦闘と今の光景を見て、疑う者はもう誰もいなかった。
誰もが躊躇う中、その空気を壊すように二つの人影が飛び出してきた。
「二人とも無事やったんやな。ほんまよかったわ。」
「フィン君もエリスちゃんも、本当に心配したんだからぁ。」
ロッタとセリスは二人に抱きつき、無事を確かめるように二人を見た。
「心配かけてごめんなさい。」
フィンは素直に謝った。
「フィン君は、ほんまずるいわ、そない素直にあやまってもうたら、もう何も言えんやろ。」
ロッタは目に涙を浮かべ、困ったようにそう言った。
「うふふ、この娘ったら、すっごく心配してたのよぉ。」
「なんや、自分だってあないな声あげてからに。」
「もう、恥ずかしいこと、言わないでちょうだい。」
二人のいつもと変わらないやり取りを見て、自然と笑いがこぼれてくる。
「ふふふ。」
「「え!?」」
聞き慣れない笑い声を聞いて、ロッタとセリスは一斉に声がした方を振り向いた。
二人の視線の先には、笑顔を浮かべるエリスがいた。
「エリスちゃんが、笑ってるわぁ。」
セリスは込み上げてきた感情を抑えきれず、隣にいたロッタのマントで涙を拭う。
「ちょ、何しとんねん。やめいや。」
ロッタは慌てて、セリスを振り解こうとするが、セリスは中々離そうとしない。
それを見て、フィンやエリスだけではなく、周りからも笑いが起こった。
フィン達が戻ってしばらくすると、フィンはガルドに呼び出された。
事後処理のために立てられた天幕で、ガルドはフィンが来るのを待っていた。
「よく来てくれたなフィン、色々聞きたいことがあるんで、まあ、そこに掛けてくれ。」
フィンはガルドに言われるまま、椅子に腰を掛けた。
「まずは何から聞いたものかな。」
そう言うとガルドはエルダを見た。
では、とエルダはガルドに代わってフィンに質問を始めた。
フィンはエルダに聞かれるまま、事の経緯を話し始める。
地下の洞窟で目を覚ましたこと。洞窟が遺跡に繋がっており、遺跡を探索したこと。
そして、遺跡の奥でオルタリオンを見つけ、エリスが戦姫であり、自分がエリスの騎士になったこと。
あとは、ガルド達も目にしたオルタリオンに乗って戦ったことを話した。
「話はわかった。」
一通りの話を聞いて、ガルドが口を開いた。
ガルドはそのまま考え込む。
ベラグメントと聞いて予想はしていたが、フィンの口から直接聞いて、もう納得するしかなかった。
遺跡から発見されたエリスはレプリカントではなく、戦姫だった。
戦姫は女神の眷属として語られている。つまり、神の使い、使徒様と言うことになる。
フィンは使徒様に支える騎士になったわけだ。
一領兵である自分にどうこうできる存在ではなくなってしまった。
だが、そのことをフィンはまだ理解できていない。
今はまだそれでいいのかもしれない。
皆がこの事実を知れば、彼は普通の日常に戻ることはできなくなってしまう。
「ところで、フィン。俺との約束を覚えているか。」
俯いて考え事をしていたガルドは、顔を上げるとフィンにそう尋ねた。
「約束ですか?」
突然話が変わったことでフィンは驚いた。
「ああ、そうだ、同行を許可しときの約束だ。」
そう言われて、フィンは思い出した。
「確か、戦闘への直接参加の禁止、指揮官の命令に必ず従うこと、自らの安全を確保することです。」
口に出してフィンははたと気づく。
「だが君は、危険を顧みず、エリスを助けるために飛び出し、指揮官の命令もなく行動して、ベラグメントに乗って戦ったんだ。」
フィンはガルドとの約束を全て破ったことになる。
「だから、これ以上君の同行を認めることは出来ない。」
ガルドにそう言われて、フィンは何も言えなくなった。
フィンが天幕を出たことを確認してエルダはガルドに話しかけた。
「よかったんですか?三人を村に帰して。」
ガルドはフィンに村に帰るよう促す際、カイルとエリスの同行を許していた。
エリスがレプリカントではないとわかった以上、カイルとエリス組ませてレプリベラグを運用することは出来ない。
フィンのベラグメントと一緒であればカイル一人でもレプリベラグを動かせることは先の戦いでわかった。
森を子供一人で歩かせることは出来ないが、ベラグメントがあれば何の問題はない。
それであれば、フィンのベラグメントとカイルのレプリベラグで森の広場まで一緒に移動すればいいと考えた。
広場には魔導キャリッジがあるので、レプリベラグはそのまま魔導キャリッジに格納してしまえば今後の問題もなくなると言うわけだ。
「ああ、村にはレイナもいるからな。魔物がいつ現れるかわからないここよりは安全だ。」
ガルドは少し考えて続けた。
「それに、この事実が知れ渡れば、あの子の日常は一変するだろう。それなら一日でも長く、村での日常を過ごして欲しかったんでな。」
ガルドは口を閉じると、これからのことについて考え始めた。
ミアは村の外れから森の方を見ていた。
太陽は西に傾き、その光は赤みを強くしていた。
もうすぐ夕暮れの時間になる。
「いつ帰ってくるのかな……」
ミアはフィンのことを考えると、何だか胸の奥がザワザワした。
このままどこか遠くに行ってしまうような気がして落ち着かなかった。
ミアには確信があった。
あの夜、フィンがレプリベラグを動かすのを見た時から。
フィンはいつかこの村を出ていくだろう。
フィンの持っている力は特別で、きっとこの村に居続けていいものではない。
それに比べて、自分には何も特別な力はないから、フィンが村を出ていく時、一緒についていくことは出来ないんだ。
カイルが村を出た時、あの時も寂しかったけど、隣にはフィンがいた。
フィンはずっと一緒にいてくれるんだと思ったから平気だった。
でも、そのフィンもいなくなってしまう。
「なんか、ヤダ……」
俯いた視線の先に、雫の落ちたあとが現れる。
いつの間にか涙がこぼれていた。
その時、遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
ミアは顔をあげて聞き慣れたその声の主を探す。
森の方から村に近づいてくる三つの人影が見えた。
「ミアー!」
逆光で顔は見えないが、聞き間違えるはずがない。
ミアは涙を拭って走り出した。
「フィーン!」
その声を聞いて、真ん中の人影も走り出す。
二人の距離は急速に近づいていき、やがて、ミアは飛び込むようにフィンに抱きついた。
そして、ミアは涙の残る顔で笑顔をつくると、フィンの顔を見る。
「おかえりなさい、フィン。」
フィンもそんなミアを見て、笑顔で一言だけ口にした。
「ただいま。」




