村の日常
空は晴れ渡り、暖かな風が春を告げている。
ここはミルダ村、領都カストリアから馬車で二日程の距離にある小さな村だ。
春の訪れとともに、村人は畑仕事に勤しんでいる。
「フィン!お昼持ってきたよ。ご飯にしよう。」
「ミア、もうそんな時間か。」
フィンと呼ばれた少年は鍬をふるう手をとめ、駆け寄ってくる幼馴染に応える。
気がつけば、太陽は中天を指していた。朝から耕していた畑を振り返ってみた。
丁度半分といったところだろうか、この調子なら夕方には終わるだろう。
そんな事を思いながらフィンはミアのもとへと向かった。
「頑張ってるね、感心感心。」
いつもの調子でミアはからかうようにフィンに話しかける。
「なんだよ、偉そうに。」
フィンもちょっとムッとしながら笑ってミアに返す。
「褒めてあげてるんだから、喜びなさいよ。」
「はいはい、ありがとう。」
「もー、そんなんだったら、ご飯あげないんだから。」
ミアはフィンの返事が気に入らないのかへそを曲げる。
「あー、ごめん、ごめん。もう、腹ぺこなんだ、早く食わせてくれよ。」
フィンも昼食が食べられなくなっては大変だと慌てて、ミアに謝った。
「しょうがないな。」
慌てて謝るフィンの様子を見て機嫌が直ったのか、そう言うとミアは昼食の準備を始める。
ミアは持って来た籠から、いつもの黒パンとチーズを取り出した。
「今日は、これ、持って来たんだ。」
そう言うと、ミアはニヤニヤしながら籠の奥から干し肉を取り出す。
「肉!」
フィンの声のトーンが一段上がる。
「フッフー。嬉しかろう。」
ミアは勝ち誇ったように見せびらかす。
フィンは朝からの畑で鍬をふるっていた。春とはいえ、畑仕事で十分な汗をかいていた。
そんな時に塩気の強い干し肉は、素直に嬉しい。
そんなやり取りをしながら準備を終えると、二人は一緒に昼食を食べ始めた。
食事を終え、一息ついていると、ミアが喋り始めた。
「そういえば、もうそろそろじゃない?」
ミアはどこか嬉しそうにフィンに問いかける。
「何が?」
フィンは見当がつかなかったので素直に聞いた。
「アリシアよ。いつも種まきが終わったくらいにくるでしょ。」
ミアは察しの悪いフィンに対して、しょうがないなといった顔で言ってきた。
「そういえば、そうだね。」
アリシアというのは、アベル商会のお嬢様である。アリシアの父アベルは、以前は一介の行商人だったが、今では領都に店を構える商会長だ。
行商でミルダ村に立ち寄る事が多かった為、今でも時折商品を持って村に行商に来てくれる。
「今回は何を持ってきてくれるのかな。」
ミアはとても楽しそうだ。
「買い物なんて、領都まで行かなきゃ出来ないもんな。」
アリシアに会えることも嬉しいのだろうが、村ではあまり見ることのない品々も楽しみなのだろう。
そんなミアにつられてフィンもついつい話し込んでしまう。
そんな他愛無い話で盛り上がったが、フィンはふと畑仕事のことを思い出した。
そろそろ戻らないと終わらなくなってしまう。
「さて、残りの畑も耕さないとな。」
フィンは強引に話を終わらせた。
「あー、そうだね。頑張ってね。」
ミアは名残惜しそうにしながらも、ここはフィンに合わせて頷いた。
「ミア、ご飯ありがとう。」
「どういたしまして、じゃあね。」
ミアは広げていた物を片付けると、家に戻って行った。
フィンはミアを見送ると、残りの畑を耕し始めた。
村の一日はこうして過ぎて行く。
春になれば畑を耕し、畝を作って、種を撒く。忙しいが怠ける訳にはいかない。
種まきが終われば一息つけるのだから。
家族総出で全ての畑の種まきを終え数日経った頃、ミルダ村にアベル商会の荷馬車がついにやって来た。
商会が来ると、村はちょっとしたお祭り騒ぎだ。村の広場では市が立ち、商会の持ってきた珍しい品が並ぶ。
村人も農作物や冬の間に作った手工芸品などを持ち寄り、それらを商人に売って、自らも買い物を楽しんでいる。
フィンとミアも広場でそんな様子を眺め、楽しんでいた。
「フィン、ミア、お久しぶりね。」
フィンとミアが振り返ると、そこには自慢の金髪を左右で結んだ少女が立っていた。
「アリシア!」
「わー、久しぶり。来てくれたんだ!」
フィンとミアは久しぶりに会えたアリシアに駆け寄る。
「ええ、丁度、学園も春休みでしたので、家族の手伝いですわ。」
「春休みに、わざわざ来てくれたんだ。」
ミアはニヤリと笑うと、わざとらしくそう言った。
「家族の手伝いですわ、べっ別にわざわざ、あなた達に会いに来たわけではありませんわ。」
アリシアはミアの言葉と態度に照れたのか、髪を留めている赤いリボンを揺らしながら顔を背けた。
フィンとミアもアリシアの変わらない反応をみて、自然と笑いがこぼれた。
「ねー、アリシア、あっちで学園のこと聞かせてよ。」
そう言うとミアはアリシアの手を取って、嬉しそうに走り始める。
「ちょ、ちょっと、そんなに引っ張ると危ないですわよ。」
「あー、ごめんごめん。」
アリシアに言われてミアは少し速度を緩めた。
「しょうがないですわね。」
そう言いながらもアリシアもどこか楽しそうだった。
そんな二人の様子を見て、フィンも二人の後を追いかける。
三人は広場の外れにある木陰のベンチまでやって来た。
ベンチと言っても丸太をただ横にしただけの簡素なものだが、その前まで来ると、ミアはアリシアに座るように促した。
フィンもミアに誘われ、二人でアリシアを挟むように腰をかける。
「ねーねー、学園ってどんなところ?」
アリシアは、フィンとミアの一つ上で、去年の秋から王都の学園に通っていた。
「どんなところと言われましても。二人はどうするんですの?領都にも学園はありましてよ。」
「えー、無理だよ。うちはただの農民だよ。そんな余裕ないよ。だから、教えてよ。」
ミアは目を輝かせアリシアをじっと見つめている。アリシアは困ったように視線を泳がせ、そっとフィンに助けを求めた。
「ミア、アリシアが困ってるよ。」
ミアはフィンをジロリと睨んだ。
「え?」
アリシアも何故かあきれたような顔をしてフィンを見ている。
「なに?」
ミアの視線が鋭くなる。
「あー……」
いたたまれずフィンは何か言おうとするが言葉が出ない。
二人のそんなやり取りを見てアリシアから笑いがこぼれた。
「うふふふ、ミアったら、本当にしょうがないですわね。」
「えっ?」
しょうがないと言われ、ミアは目を丸くする。
「学園のどんな話がよろしくて?」
アリシアは微笑みながらミアを見ている。
「じゃあ、じゃあ、えーと、えーと……」
ミアは目を輝かせながら、必死で質問を考え始めた。
それからは、ミアの取り留めも無い質問にアリシアが答えると言う形で、学園の話が続いた。
ミアにとって、アリシアの学園での生活はとても魅力的に見えた。
「そういえば、これは学園の話ではないのだけど。」
学園での事を一通り話し終えると、アリシアは何かを思い出したように話題を変えた。
「なになに?」
ミアは興味津々でアリシアを見る。
「カイルさんの事は覚えていて?」
「カイルさんって、カイル兄!?」
「カイル兄さん!?」
アリシアから思ってもいない人物の名前が出てきた。
カイルは五年前に領兵になると言って村を出たフィンやミアの兄貴分だ。
歳は五つほど離れていたが、家が近かったので、フィンとミアはよく一緒に遊んでもらっていたのだ。
「そのカイルさんなんですけど、村を出て、しばらく領都で過ごした後、王都の訓練校に進んだそうよ。」
「カイル兄、王都にいるの?」
ミアはアリシアからカイルの名前を聞いた事にも驚いたが、王都の訓練校に進んだと言う事にさらに驚いた。
アリシアはミアの反応にとても喜び、さらに続けた。
「それが、訓練校を卒業して、カストリアに配属されて戻ってきたんですって。」
「そうなの!領兵になれたんだ。」
ミアはカイルの近況に素直に喜んだ。
「アリシアはどうして知っているの?」
フィンは素直に疑問を口にする。
「私は商人ですもの、商人に取って情報は、お金の次に大切ですわ。」
フィンの疑問に対して、アリシアは誇らしげにそう言った。
アリシアにとってもカイルは昔馴染みだ。本当は、春休みで商会に戻った際に偶然カイルの近況を知っただけだった。
だが、そんな事はどうでも良かった。懐かしい人の名前が出たことで、三人の顔には自然と笑顔が広がった。
その後は、カイルの思い出話や近況で、三人の会話はさらに盛り上がったのだった。




