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探索

 森の広場に着いた頃、空からはポツリポツリと雨が降り始めていた。

広場には魔獣との戦いで出来た跡がまだ残っていた。

角狼の死体は、そのままにしておけば、他の魔物を誘き寄せかねないので、援軍が到着する前に処理を終えていた。

広場の一角に、来た道とは別の道が出来ていた。

鎧熊の通った跡だ。

森の浅いところでは、木々が密集している為、あの鎧熊のような巨体は移動するだけで、木々を薙ぎ倒し道を作ってしまう。

この道を辿れば、鎧熊に近付けるだろう。

森の奥まで進めば、魔素は濃くなり、木々はより大きく成長する。

木々の間隔も広くなるため、魔獣やレプリベラグも無理なく移動できるようになる。

「こいつはすげえな。」

緊張感のないエドガーの声が聞こえてきた。

エドガーは今、森の奥まで続く道の前に立っている。

道とは言ったが、倒された木がそのままになっているため、馬車で進むのは無理だろう。

ここからは荷物は持って運ぶしかない。

「よし、ここに仮設拠点を設営する。シェイドとエマはその間に、この先の様子を確認してくれ。」

ガルドが指示を出すと、それぞれ各自の作業に取り掛かり、シェイドとエマは音も立てずに森の中に消えていった。

仮設拠点の設営が終わると、各自携行する荷物の準備を始める。

レプリベラグも背部に携行コンテナを装備し、予備の武装や資材を積載している。

準備を終えた頃、シェイドとエマが戻ってきた。

「シェイド、どうだった?」

ガルドは二人を労いながら尋ねる。

「倒木は一里と三町ほど続いています。その先は木々の間隔が広がっているため、倒木はありません。」

この国では、初代国王の歩幅を基準にした「歩」で距離を測っている。

一歩は1.5メートル強、百歩で町、千歩で里となり、一里と三町なら、約2kmほどの距離になる。

「魔物の気配はあったか?」

「いえ、おそらく、あの鎧熊を恐れて身を隠しているのかと。」

シェイドの報告を聞いて、ガルドは考える。

「わかった。偵察ご苦労だったな、少し休んでいてくれ。」

ガルドは二人に暫しの休息を言い渡すと、エルダとエドガーの元に向かう。

雨脚は先ほどより増していた。

春の雨はまだ冷たい。濡れれば体力を消耗する。

隊員はそれぞれ雨具を着用し、天幕の下で雨宿りをしている。

「みんな、聞いてくれ。」

エルダ達と話を終えたガルドが出てきた。

「生憎の雨だが、これから俺たちは鎧熊の作った道を進む。幸い、雨のおかげで、移動の音は抑えられるはずだ。」

実際、濡れた地面は音を吸うので、物音は普段より遠くまでは響かない。

「道の途切れるところ、森の深層の入り口まで移動したら、周囲の探索だ。安全を確保できたら、そこでキャンプをはる。」

ガルドの号令により、隊員達は一斉に動き出す。そんな中、フィンは一人戸惑っていた。

「フィン君は、私と一緒に後衛班で移動よぉ。」

セリスは戸惑っているフィンに声をかけた。

「セリスさん。ありがとうございます。」

「もう、ミアちゃんみたいにセリス姉って呼んでもいいんだからねっ。」

いつもと変わらないセリスの態度を見て、フィンも少し落ち着く事ができた。

「これから森に入るんですよね。」

森の奥には魔物がいる。だからフィンは、この先には入ったことがなかった。

「そうよぉ、だから、私達から離れないでねぇ。」

セリスはそんなフィンの心情を知ってか知らずかウィンクをして答える。

セリスのいつもと変わらない態度を見て、フィンも知らずと覚悟が決まる。

隊は鎧熊の作った道を進み始めた。

前後をレプリベラグ、中央に後衛を配置し、慎重に歩みを進める。

地面はぬかるみ始め、足場は悪い。

倒された木が障害物となり、まっすぐ進むことができない。

奥に進むにつれ、倒された木の数が減り始め、かわりに大きさが増していく。

木の高さも、初めはレプリベラグと同じくらいだったが、レプリベラグが見上げるようになってきた。

耳には雨の音と、ぬかるむ道を歩く足音だけが聞こえてくる。

隊員達は周囲を警戒しながら進んでいるが、フィンはついていくのが精一杯だった。

「大丈夫?なんなら、お姉さんが荷物持つわよぉ。」

「いえ、大丈夫です。」

セリスの申し出をフィンは断った。

「遠慮しなくてもええんやで。こいつ、魔法士のくせに無駄に体力あるんやから。」

ロッタもセリスの隣に来てフィンに話しかけた。

「僕も遊び来たわけじゃないんで、自分のものは自分で持ちます。」

フィンの返事を聞いて、セリスとロッタは顔を見合わせて、にっと笑うとフィンの両脇に並んだ。

「ほな、荷物は持ったままでええよ。」

「フィン君はそのままねっ。」

そう言うと二人は両脇からフィンを担ぎ上げた。

「わっ、ちょっと、やめてくださいよ。」

フィンは浮いた足をバタバタさせて抵抗する。

「あっ、こらっ、あんま暴れんといてや。」

ロッタはバランスを崩しそうになりながらもフィンを抱えて歩いていく。

「あいつらは、何やってるんだ?」

前の方でエドガーは呆れたような顔をしている。

「まあ、いいじゃないか、今から気を張り詰めすぎると、後でもたなくなるからな。」

そう言いながらも、ガルドは周囲の警戒を怠らない。

シェイドの報告通りなら、この周囲に魔物はいないはずだが、雨で鎧熊の匂いが流されれば、戻ってくるかもしれない。

それは今すぐにと言うことではないが、念のため警戒はしておくべきだと考えた。

どのくらい進んだだろうか、気がつくと、目の前から倒された木が無くなっていた。

あたりの木もとても大きなものになっている。

木々の間隔も広く、レプリベラグも難なく移動できるようになっていた。

ここまで魔物との遭遇は無かった。

だが、この先はわからない。

「一旦ここで止まってくれ。」

ガルドが声を上げる。

「ここからは、鎧熊が向かった先を確かめる必要がある。みんな、周囲を探って痕跡を見つけてくれ。」

ガルドが指示を出すと、斥候と前衛数人で組まれた探索班が四組、四方の探索を始めた。

雨が降る中での探索は、通常とても困難なものになる。

雨が降ったことで、地面は柔らかくなり、水が流れることで、残っていた足跡も崩れ始めるからだ。

普通の魔物なら地面に残る痕跡を辿るのは難しいだろう。

だが、今追っているのは、後ろ足で立ち上がれば、レプリベラグが見上げるほどの大きさの鎧熊だ。

その巨体が移動したのなら、必ず痕跡が残っているはずだ。

「ガルド分隊長、これを見てください。」

探索をしていたシェイドが何かを見つけたようだ。

確認の為、ガルドはシェイドのところに向かう。

「これは、水溜まりか?」

ガルドの目の前には、大きな水溜まりがいくつかある。

「足跡です。手前側が前足、奥が後ろ足です。」

シェイドにそう言われ、ガルドは改めて水溜まりを見てみる。

確かに、形は足跡の形をしている。一際大きい水溜まりの前に小さな水溜まりが五つ並んでいるのは、肉球の跡だろう。

しかし、一番の驚異はその大きさだった。

以前、狩人の報告にあった通り、人の身の丈以上の大きさだ。

「この大きさなら、まず間違いないな。」

ガルドは指示を出した。シェイド達に足跡の続く方の探索を任せ、他は周囲の気配を探らせた。

周囲の安全を確認できれば、予定通りここでキャンプをはるためだ。

まだ雨は降っている。先に進むこともできるが、雨の中の行軍は体力を消耗する。

それに森の奥で夜を迎えると、魔物と遭遇する可能性も高くなる。

今は鎧熊の進行方向を特定するだけで、本格的な捜索は翌朝早くからがいいだろう。

一通り周囲の探索を終え、近くに魔物がいないことを確認すると、野営の準備が始まった。

隊員達は慣れた手つきで準備を進める。

フィンも何か手伝える事はないかと考え、薪集めをしている。

雨が降っていても、岩陰などには濡れていない枝が落ちている事がある。

森での薪集めは家族の手伝いとして小さい頃からよくやっていた。

「フィン、あまりみんなから離れるなよ。」

レプリベラグを待機状態にしたカイルとエリスが手伝いに来た。

「カイル兄さん、それとエリス、来てくれたんだ、ありがとう。」

フィンは二人に笑顔で感謝を伝える。

「昔はよくこうして、森に薪を集めに来たよな。でも、こんな森の奥までは怖くて入れなかったよ。」

カイルも昔を思い出して、薪を拾い始める。

「私はどうすればいいでしょう。」

エリスは二人のような経験は無かった。

「エリスは無理に乾いた薪を探そうとしなくてもいいよ。ある程度乾いた薪があれば焚き火ができるから、濡れた薪は焚き火の周りで乾かせばいいだ。だから、薪にできそうな枝があったら拾ってよ。」

どうしたらいいのかわからないでいるエリスに、フィンはそう教えてあげた。

「フィン、ありがとう。そうしてみる。」

エリスはフィンに言われた通りに薪になりそうな枝を探し始めた。

「困った時は、お互い様だよ。初めてレプリベラグに乗った時、あの時はエリスが俺に教えてくれただろ。だから、エリスが困った時にはさ、俺が助けるよ。」

エリスに向かってフィンはそう告げた。

雨はいつの間にか上がっていた。

シェイド達も戻ってきた野営地では、焚き火が焚かれている。

隊員達は交代で見張りをたて、明日に向け休息をとり始めた。


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