目覚め
夜の闇の中、篝火に照らされた村の家々は、その輪郭を浮かび上がらせている。
討伐隊が森に向かってどのくらい経っただろうか。
「カイル兄さん……」
フィンは、久しぶりに会ったカイルがどうしているか気が気ではなかった。
先ほどから聞こえてくる獣の遠吠えや、木々の倒れる音がその不安をさらに煽った。
村の大人達も鍬や鋤を手に村の見回りをしている。
「フィン……」
ミアも不安なのだろう。大きな音が聞こえるたび森の方を見てはうろうろと落ち着かない様子だ。
「ちょっと、森の方に行ってみない?」
「ダメだよ、今森は危ないんだ。」
フィンはミアを止めたが、内心では居ても立っても居られなかった。
その時だった。森の方から一段と激しい音が聞こえてきた。
「フィン!」
ミアがじっと見つめてくる。
「わかった。でも、村から出ちゃダメだ。ここより森の様子が見えそうなところに行くだけだからな。」
「うん。」
フィンとミアはドアを開け、家の外へと出て行った。
角狼は闇に紛れて広場の様子を伺っていた。息を潜め何かを待つように。
そして、角狼は見た。広場から逃げ出す巨大な人影を。
角狼は逃げ出した巨大な人影を追うように、そっと移動を始めた。
篝火のおかげで、思ったより外は歩きやすかった。ミアはフィンの袖を掴んだままそっと後についてくる。
途中、見回りをする大人達に見つかりそうになった時は、物陰に隠れてやり過ごした。
フィンとミアはなんとか村の外れまできた。
森の方からは相変わらず戦闘音のようなものが聞こえてくる。
「見えないね……」
ミアはがっかりしたようにうなだれる。
「それはそうだよ。」
森は村から離れたところにある。夜の闇に沈んだ森の様子を村からでは見ることができなかった。
「あれ?」
戦闘音と違う音をフィンの耳が聞いた。
規則的に繰り返す音、それは徐々にこちらに近づいてきた。
「フィン、あれ!」
ミアはこちらに近づいてくる大きな人影を見つけ指差した。
近づいてくるのはレプリベラグだった。
だが、なぜという疑問が浮かぶ。
依然、戦闘音は聞こえている。森での戦いは終わってはいない。
「カイル兄が帰ってきたんだよ!」
ミアは疑問も持たず、レプリベラグが戻ってきたことに喜んでいた。
「何か変だよ。」
「変?」
近づいてくるレプリベラグは左腕を力無くぶら下げており、その腕に付いている盾は半分になっている。
「ねえ、カイル兄は大丈夫だよね。」
ミアもレプリベラグの様子を見て異変に気づく。
「分からないよ。でも……」
フィンも言いようのない不安を抱え、今は近づいてくるレプリベラグを見守ることしかできなかった。
レプリベラグはフィンとミアの前まで来ると膝立ちになり動きを止めた。
「ねえ、フィン、どうしよう。」
ミアはフィンの腕を掴んだまま、どうしたらいいのか分からずフィンをじっと見ている。
「ミアはここにいて、様子を見てくるから。」
ミアにそういうと、フィンはレプリベラグに近づいた。
「確か操縦席はあそこだったよな……」
フィンはカイルが降りてきた時の様子を思い出していた。
レプリベラグの装甲には、メンテナンス用に取っ手や梯子の様な窪みが付いている。
「これを使えば……」
フィンは装甲の窪みに手を掛けレプリベラグを登り始めた。
春とはいえ、夜はまだ肌寒い。だが、フィンが手を掛けた装甲はさっきまで動いていたからだろうか、暖かさが残っていた。
「待ってて、カイル兄さん。」
フィンは操縦席を目指して登っていく。登っている途中、フィンはなぜか懐かしいものを感じていた。
「フィン……」
ミアはレプリベラグを登るフィンを見守ることしかできなかった。
「あ!」
フィンが窪みに掛けた足を滑らせた。だが、直ぐに足を掛け直し、また登っていく。
「よかった……」
フィンは操縦席まで登りきった。
「これ、どうやって開けるんだ。」
フィンは操縦席の開け方を知らなかった。だが、フィンの疑問に答えるように操縦席はその扉を開いた。
「カイル兄さん……」
フィンは操縦席の中を覗き込んだ。
中には涙で顔を歪めたカイルがいた。
「カイル兄さん、ねえ、何があったの?」
「フィン?」
懐かしい顔が目の前にある、ああ、そうか、俺は村まで逃げてきたのか。事実が現実を認識させる。
「ハハ……ハハハ……」
情けなかった。悔しかった。
「カイル兄さん?」
フィンは心配そうにカイルを覗き込む。
「フィーン!逃げて!」
突然ミアの叫び声が聞こえた。次の瞬間、レプリベラグがぐらりと揺れた。
ミアはその瞬間を見ていた。
夜の闇の中から大きな黒い影が現れ、それがもの凄い勢いでレプリベラグに近づいてくるのを。
ミアは思わず叫んでいた。
黒い影はその勢いのまま、レプリベラグに向け体当たりをしたのだ。
操縦席の外にいたフィンは、機体が揺れたことでバランスを崩した。
「うわあー!」
落ちる。足を踏み外したフィンは咄嗟にそう思った。
「フィン!」
カイルは操縦席から飛び出しそうな勢いでフィンの手を掴む。だが、このままの勢いでは二人とも落ちてしまう。
「させるかー!」
カイルはフィンを掴んだ手を強引に引き寄せ身を翻すと、フィンを操縦席に押し込んだ。
カイルはフィンの無事な姿を確かめると、そのまま落ちていった。
「カイル兄さん。」
「安心してください。彼は操縦士です。高所からの落下訓練も行っています。大怪我はしません。」
フィンは不意に掛けられた声に驚いた。
「君は?」
「私はこの機体のレプリカントです。それよりも早く座ってください。扉を閉めます。」
少女は冷静に答える。
「扉を閉めるって、どうして?」
「今、外にはこの機体に体当たりをしたものがいます。これを排除しなければ下にいる人間が危険です。あなたが操縦してください。」
少女の言葉にフィンは困惑した。
「操縦って、俺にできるわけ……」
「あなたならできます。」
フィンは不思議な既視感を感じた。少女と同じ言葉をどこかで聞いた気がする。だけど、それがいつ、誰に言われたのかは思い出せない。
けれど、不思議と彼女の言葉は信じられると直感した。
少女もまた不思議な感覚を感じていた。自分の中で止まっていた何かが動き出したようなそれと、どこか遠くから何かが自分を呼ぶような感覚だ。
フィンは覚悟を決め操縦席に座った。自然と操縦桿に手を伸ばす。少し遠い、そう思っていると。
「合わせます。」
少女の声とともに操縦席がフィンの身体に合わせるようにその形を変える。
座席は少し前に移動し、操縦桿もフィンの握り易い位置となった。
「ありがとう。」
少女にお礼を言うと、フィンは操縦桿を握った。
操縦席から誰かが落ちてきた。ミアはフィンが落ちたのだと思い、慌てて駆け寄った。
「カイル兄!」
落ちてきたのはカイルだった。ミアは、落ちてきたのがフィンではなかったことに安堵するも、カイルだとわかると心配になった。
「大丈夫だ。」
カイルは心配そうに自分を見ているミアにそう声をかける。
「良かった、…………!!」
ミアはカイルの言葉を聞いて安心したが、その後ろで動くものの姿を見て凍りついた。
カイルもミアのその変化に気づき振り返った。
「なんでこいつがこんなところに……」
振り返ったカイルの目に飛び込んできたのは角狼の姿だった。
角狼は逃げ出したカイルのレプリベラグを見て、群から逸れた手負の獲物だと思い、村まであと追ってきたのだ。
そして、動きが止まったレプリベラグを見て襲いかかってきたのだ。
カイルは腰のダガーを抜いて構えた。
「ミア、ゆっくりと退がるんだ。」
「嫌だよ、ミアだけ逃げるなんてできないよ。カイル兄、一緒に逃げよう!」
ミアはカイルの腕を両手で掴み引っ張った。
「ミア、俺なら大丈夫だ。俺はもう、逃げるわけにはいかないんだ。」
レプリベラグを失い、手にあるのは一本のダガーだけ。なんとも心細い装備だった。
それでも、ミアだけは何とかして助けなければ、その想いでカイルは角狼と対峙している。
角狼はついに焦れたのか、カイルとミアに向かって動き出した。
カイルもミアを守るよう動く、だが、角狼の牙がカイルに届くことはなかった。
レプリベラグの腕が角狼の体を吹き飛ばしたのだった。
「フィンがやったのか……」
突然動き出したレプリベラグをカイルは信じられなという表情で見ている。
適性があれば、レプリベラグを動かすことはできる。だが、動かすこととコントロールすることはまた違う。
同調によって動かすと言っても、自分の体とレプリベラグでは大きさや、関節の可動域など、あらゆるものが違うのだ。
だから、カイルも初めて乗った時はそのズレに悩まされ、自由に動かすことができなかった。
「カイル兄さんとミアは?」
フィンの前に小窓が現れ、そこにカイルとミアの様子が映し出される。
「良かった、無事みたいだ。」
フィンは、動き出した角狼を見て咄嗟にレプリベラグの腕で角狼を払い飛ばしていた。
「安心するのはまだ早いです。角狼はまだ動いています。」
少女の声を聞いて、フィンは角狼に視線を戻した。
「どうしたらいい?」
「腰の後ろに予備のショートソードがあります。それを使ってください。」
フィンは少女の声に従い、レプリベラグの腕を腰の後ろにまわす。
「これか。」
レプリベラグはショートソードを抜いた。
虚をつかれたが角狼はまだ余裕だった。突然動き出した事には驚かされたが、見れば左腕は垂れ下がり、右手にある剣も先程のよりも小さい。
角狼はそんな獲物にとどめをさすため、唸り声を上げ始めた。
カイルはその動きに見覚えがあった。
「フィン!」
カイルはフィンに衝撃波のことを伝えようとしたが、角狼の方が早かった。
角狼の咆哮は、魔力によって見えない衝撃波となり、またしてもレプリベラグを襲う。
「フィーン!」
カイルも叫ぶ。衝撃波はレプリベラグの装甲を激しく揺さぶった。
それを見て角狼は額の角に魔力を集め、レプリベラグに向かって走り始めた。
あの衝撃波を受けては中に乗るフィンも無事では済まない。カイルはそう思った。
だが、フィンの乗るレプリベラグは何事もなかったかのように動き出した。
「操縦席周りの衝撃吸収装置を調整しました。これで角狼の衝撃波は操縦席には届きません。」
フィンは少女の言ったことの半分も理解できなかったが、何かしてくれたことはわかった。
ならばここが決めどきだ。フィンは突進してくる角狼の動きに合わせてショートソードを振るった。
ガタン!
レプリベラグの盾が大きな音を立てて地面に落ちた。
カイルとミアは固唾を飲んでレプリベラグを見る。
角狼はドサリと地面に倒れ動かなくなった。
「終わったのか?」
フィンの独白のような言葉に少女は答える。
「角狼は完全に沈黙しました。」
フィンは少女の報告を聞き、フーと息を吐くと振り返った。
「ありがとう、えーと、そういえば名前、聞いてなかったね。俺はフィン。君は?」
「私はER-PX-0137です。」
「え?」
フィンは少女の名乗りを聞いて困惑する。
「私はレプリカントです。人間のような名前はありません。」
少女は淡々と答える。
「イーアールって、それじゃなんか呼びづらいな……」
フィンは思いついた。
「エリス。これからは君のことをエリスって呼ぶね。」
フィンは笑顔で少女をエリスと呼んだ。
「エリス……」
フィンの笑顔に釣られたのか少女も自然とその名を呟いた。




