第4話 街――最初から間違っている
ベルナの古い記録は、都合よく欠けていた。
災害の年の記録だけが薄い。誰かが剥ぎ取ったように。
カイルは書庫の奥で、埃まみれの箱を見つける。鍵がない。
角が擦れている――何度も開け閉めされた跡。
箱の底に、破れた紙片があった。
地図の端と、震えるような筆跡。
《あの夜、川は“逆流”した》
《排水を塞いだ者がいる》
《守ったのは街ではなく“面子”だった》
カイルは息を止めた。
逆流。水が行き場を失い、街の腹へ戻る。構造の欠陥に、意図が混ざっている。
村長の家で、カイルは紙片を並べる。破れた図面、地図、排水路の印。
村長は渋い顔で言った。
「昔、大崩れがあったと聞く。だが詳細は語られない。語ると……誰かが怒る」
「怒るのは、責任者です」
カイルは地形を示し、街の中心区画が微妙に低いこと、排水溝が途中で途切れていること、古い区画の上に無理やり新しい区画を足していることを説明した。
「この街は拡張のたびに事故を隠してきた。
そして――王都の事故と同じ構造を、ここに作っている」
村長が息を呑む。
「王都の事故は……この街の写しだと?」
「写しです。だから同じ壊れ方をする」
村長は震える声で言った。
「領主は“今すぐ直せ”と言うぞ」
カイルは頷く。「だから、建てない判断が必要です」
領主邸。
領主は若く、焦っていた。交易、税、街道防衛。すべてが“今”を求める。
「なら建て直せ。中心区画に排水路を通し、家を増やせ。金は出す」
カイルは首を振る。
「部分的に直しても、次の雨季で別の場所が崩れます。街全体の水の流れを変えなければ意味がない」
「時間がない!」
「時間がないなら、建てない方がいい」
領主の目が細くなる。「街を止めろと言うのか」
カイルは静かに返す。
「街を止めません。壊れる未来を止めます」
だが領主に届くのは数字だけだ。
「できないなら切る」
カイルは一礼した。
「その条件では、引き受けません」
帰り道、掲示板の通達。
《中心区画改修工事、明日着工。監督:王都派遣技術官》
――欠けた記録、塞がれた排水。
“誰かが意図的に”同じ過ちを繰り返している。




