第七話 公爵殿下の色に染め上げられました
「急がせて作らせた甲斐があったな」
「あら、このドレスはアレクシス様のお好みでしたの?」
採寸から二週間後。
シシリー・カルダンは、本当に夜会用のドレスを仕上げてきた。
一度、仮縫いのために公爵邸に現れた際、彼女の頬が少しこけていた気がして声をかけたのだが、
「社交シーズン前は、いつもこのようなものです」
と笑っていた。
さすが一流の職人だと感心したものだ。
あらかじめ作成されていたアレクシス様の礼装と対になるようデザインされた、ワンショルダーでマーメイドラインのドレス。
腰から下でオーガンジーの布を幾重にも重ね、裾に向かってボリュームを持たせているため、体のラインが見えるこのドレスを下品だと評する者はいないだろう。
シルクの光沢ある白を基調としたドレスに、裾に向かって白から緑色へグラデーションの入ったオーガンジー。
いかにもわかりやすい。
「そうとも言えるか。いくつかデザイン画を見せられ、その中から選んだだけだが」
「もっと、嬉しそうに肯定してくださってかまわないんですのよ?」
アクセサリー選びで知ったことだが、アレクシス様はかなりこだわりが強い。
今日、私が身につけているネックレスやイヤリング、指輪まで彼が選んだ品だった。
採寸の翌日、宝飾を扱う商人が公爵邸に呼ばれ、私もその場に同席させられた。
夜会用のアクセサリーを選ぶようアレクシス様に言われたものの、ドレスのデザインもわからなかったため、無難に華奢なダイヤを選んだのだが、
「それでは、私が君を飾り立てたようには見えない」
と、却下されて最終的には商人とアレクシス様とで相談して決めていた。
私は特にこだわりはないので、楽で良かった。
選ばれた品は、エメラルドとダイヤが交互に並んだネックレスに、同じくエメラルドのイヤリング。
指輪は翡翠。
極めつけが、このドレスである。
「アレクシス様の色に染まったようで嬉しいわ」
「君こそ、そういう台詞はもっと嬉しそうに言ってくれ」
私と同じく白を基調としたシルク地に金銀の刺繍をあしらった礼装姿のアレクシス様は、にこりともしていない。
そんな人の隣で微笑めとは、無茶を言う。
今、私たちはアレクシス様の執務室にいる。
二人きりになりたいからと、人払いも済ませてある。
「今日、君のご両親は?」
「出席していないと思います。招待状を見た覚えがありませんもの」
「そうか。挨拶できれば効果的だったのだが」
私としても残念だ。
公の場で両親とは絶縁したかった。
「リュシエラ。わかっているね?」
「もちろんですわ。アレクシス様」
――退くことは、もう許されない。
私自身が、この立場を選んだのだから。
腕を差し出され、絡める。
アレクシス様の瞳がとろけるように細められ、私の頬を優しく撫でる。
「綺麗だよ。今宵一番のレディは君だ」
「まぁ、アレクシス様。他の方のいらっしゃるところでは、控えてくださいませ。私、ご令嬢の視線に耐えられそうにありませんわ」
縋るように腕に抱きつき、顔を上げてアレクシス様の瞳に目線を合わせる。
見つめ合うこと暫く。
心の奥底を覗くかのような瞳に、飲み込まれそうになった時。
「……合格だ」
と、低い声でお墨付きをいただき、私も、
「安心いたしました」
と、微笑んだ。
顔を伏せても、彼の視線がまだ私に向けられているのがわかったが、気にしてはダメだ。
撫でられた頬の熱も、すぐに冷める。
8歳のリュシエラはもういない。
14歳のアレクシス殿下も、ここにはいない。
今いるのは、花に群がるご令嬢たちを退ける『婚約予定の恋人』と、私の値踏みをやめない男だけだ。
今宵、最初に折るべき花は――リナリー・エミール公爵令嬢。
私は唇の端を上げ、彼の腕に指を絡め直した。




