第六話 王家と公爵殿下、そして私の秘密
この傷を負った日から、私と公爵の関係は決まっていたのかもしれない。
私の実母は、公爵の乳母の妹だった。
そのため、母が叔母に会いに行く際、何回か私を伴ってくれたことがある。
「今日は、叔父上が帰ってきていてね。こちらに顔を出して来てくれることになっている。色んな場所に行っている人だから、土産話が楽しみだな」
国王陛下――当時の皇太子殿下は、この時不在だった。
私は母が叔母と話をしている間、アレクシス殿下のお茶の相手をするよう母に言われていたのだ。
「そうなのですね。私もご一緒してもよろしいのでしょうか?」
「構わないよ。リュシエラもきっと聞いていて楽しめるはずだ」
「ありがとうございます。今から楽しみです」
当時、私は8歳。アレクシス殿下は14歳。
相手をしてもらっていたのは、私の方だった。
緑色の目を細めて、叔父にあたるナルシス殿下の話をされるアレクシス様は本当に嬉しそうだった。
ナルシス殿下は各国を飛び回り、行った国の文化を教えてくれたりお土産をくださったりと、面白く優しい方だった。
「アレクシス、久しぶり! リュシエラもいたのか。少し見ないうちに綺麗になったな。こりゃ、将来は男たちの間で戦争が起こるぞ」
「叔父上、相変わらずですね。ですが、その意見には同感です」
「ナルシス殿下、アレクシス様。さすがにそのお言葉は過分です」
私たちのテーブルに向かってくるナルシス殿下やアレクシス様に褒められて、悪い気はしなかった。
風も穏やかな晩春の午後。
庭園の草木が瑞々しい緑で覆われ、白いテーブルがやけにまぶしく感じられたのを覚えている。
「まずは、二人に土産を渡さなくてはな」
近づいてくるのに、椅子に座ろうとはしないナルシス殿下に違和感を覚えたときだった。
陽光を反射する刃物が見えた気がした。
それも、ナルシス殿下のジャケットのポケットから少しだけ。
私がなぜ、そうしたのかは覚えていない。ただ、体が動いていた。
ドレスの胸元部分が破け、傷口から血が溢れだす。
焼けるような痛み。背後から必死に私を呼ぶ声。
ナルシス殿下がアレクシス様を襲った理由は、私には知らされなかった。
わかったことは、ナルシス殿下の暗殺未遂事件は闇に葬られ、我が家は過分なほどの療養金をいただいたこと。
この事件を口外しないと、書面にて約束したことだけだった。
アレクシス様と個人的に話をしたのも、思えばあの日が最後だった。
* * *
シシリーは、採寸を手早く終えると丁寧に礼をして慌ただしく帰って行った。
そうでも忙しい中、公爵に無茶を言われたはずだ。
少しでも時間が惜しいのだろう。
「必ず、リュシエラ様の魅力を最大限に引き立てるドレスを作成してみせます」
妙に意気込んでいたのが気がかりだ。
無理をしなければいいと思う。
「私、何もお伺いしていないのだけれど、もしかして近々開催される夜会でもあったのかしら?」
リンダに淹れてもらったお茶に口をつけた後、尋ねる。
芳醇な香りが、心地よい。
「二週間後にエミール公爵家主催の夜会がございます。公爵殿下は当初お一人で参加されるご予定でしたが、昨日の晩に同伴者がいることを使者に伝えさせております」
「……そう、エミール公爵家が主催なの」
手にしていたカップをそっと下ろした。
目を伏せ、呼吸を整える。
エミール公爵令嬢のリナリー様は、公爵――アレクシス様に夢中で婚約の打診が来ても全て断っていると聞く。
よりにもよって、最初の夜会がエミール公爵家とは。
それも、二週間後。
「血を見るかもしれないわね」
10年前のように。
私は、傷のある部分に服の上からそっと触れた。




