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第五話 結婚契約の翌朝、王家御用達デザイナーがやって来た

 

 公爵邸の食堂へは、リンダに案内してもらった。

 私の傷を見ても彼女は顔色を変えることなく、着替えや湯浴みを手伝ってくれる。

 本当にできた侍女だ。


「おはよう、リュシエラ。よく眠れたかな?」

「おはようございます。アレクシス様。素敵なベッドで、とてもよく眠ることができましたわ」

「それは良かった。今日のワンピースも綺麗だね。あの白いドレス姿も悪くはないが、今日のワンピースの方が似合っている」


 紺色に袖や裾周りに、銀の刺繍を刺したワンピースである。

 私の髪は金色とはいえ、やや薄いため服まで淡い色にしてしまうと全体的に印象がぼやけてしまう。

 グレーの瞳が、それに拍車をかける。

 濃いめの化粧に濃い色の服。

 それが私の標準装備だ。


「アレクシス様のお目に適ったようで安心しました。リンダと朝から相談して決めたのです」


 リンダに椅子を引かれ、座る。

 公爵が、視線を私の背後の彼女に向けた。


「リンダと仲よくやれているようで良かった。信用に足る侍女だ。何か困ったことがあれば相談してみるといい」

「承知しました」


 長いテーブルの向こう、上座に座る公爵は朝陽を受けブラウンの髪が明るく艶めき、口元には穏やかな笑みを乗せている。

 家の中でも彼は表情を崩さないのかと、感心する。


 公爵とは少し離れた席に私が座ると、料理がすぐに運び込まれてきた。

 白いヨーグルトにシャキシャキの緑と赤い葉にコーンを混ぜたサラダ、パンは焼きたてで湯気が見える。


「美味しそうですわね。でも、こんなに食べきれるかしら?」

「あぁ、すまない。女性と共に屋敷で食事をすることが初めてでね。シェフも適量を計りかねたのかもしれないな」


 何気ない言葉だった。

 だが、私を驚嘆させるのには十分。

 独身を謳歌する公爵は、同じく独り身の貴族女性に対し、来る者拒まずとの噂がある。

 夜会などの社交場で見かける限り信憑性は高いと思っていたのだが、屋敷に泊めたことはなかったのか。


「公爵殿下は、いつもこちらではお一人で食事を?」

「あぁ。プライベートな空間に他人を入れるのが嫌でね」


 ここに来てから、驚きの連続だ。

 女性関係が派手だと噂の彼は、意外なことに公私の区別をきっちりとつけるタイプらしい。

 所詮、噂は噂に過ぎないということか。


「多ければ残しても構わない。この後採寸があるだろう。無理はしないように」

「お気遣い、感謝いたします」


 公爵に、にっこりと微笑みかける。

 彼も目元を和らげ、頷いてくれた。


 間を置かずして運ばれてきたスープは、少なめになっていた。

 コンソメなのだろう。

 薄茶色の水面の下に、サイコロ状の人参やタマネギが見える。

 食欲を刺激する香りだ。


「お待たせしてしまっていたようで申し訳ありません」

「いや、さほど待ってはいない。せっかく一緒にいるんだ。リュシエラと共に食事がしたくてね」

「アレクシス様は、私を喜ばせるのがお上手ね」


 愛して止まない人を見つめるように。

 私は、はしたなくならぬ程度に公爵を見つめる。

 公爵も目が合う度に、私に微笑みかける。

 互いに、腹の底は見せないまま。

 屋敷の者へのアピールは、これ位で十分だろう。

 理由は、公爵が後でなんとでもつけてくれる。



 *  *  *



「ヴァンロート伯爵令嬢のお召し物をお任せいただき、光栄に存じます。私、シシリー・カルダンと申します」


 そう言って深々と頭を下げた女性の名に、私の笑みがひきつってしまう。

 公爵家と懇意だと聞いてはいた。

 だが、王族の衣装も任されているデザイナーが直接来るとは聞いていない!


「私こそ、忙しい中わざわざあなたが来てくれて嬉しいわ」

「アレクシス公爵殿下のご用命とあらば、参らぬはずもございません」


 それはそうでしょうねと、私は心の内で頷いた。

 なにせ国王の実弟だ。

 シシリーという細身で色白な女性は、胸元を浅く広めに開けたデザインのドレスを着ていた。

 恐らく、この型が今の流行なのだろう。

 浅いため、昼間でも違和感はないし品も保たれている。

 私でも着られそうなドレスだ。


「ヴァンロート伯爵令嬢の美しさは耳にしておりましたが、実際にお会いするとアレクシス公爵殿下が夢中になられるのも納得いたしました」

「アレクシス様は、外見だけにとらわれるようなお方ではありませんわ」

「もちろんでございます。あなた様の聡明さも、言葉を交わせばすぐに伝わります」


 如才ない受け答えに、舌を巻く。

 さすが王家御用達。

 相手を不快にさせないどころか、喜ばせる術を心得ている。


「それでは、早速採寸を行ってもよろしいでしょうか? 殿下から、急いで作るようにとのご要望をいただいておりまして」

「構わないわ。お願い」


 私は、側に控えていたリンダにワンピースを脱がせてもらい、下着の上から巻き尺を当てられる。

 傷が透けないよう、下着の生地は厚めにしていた。

 リンダが採寸用に用意してくれたものだ。


 こんな風に採寸を行い、オーダーメイドのドレスを作ってもらうのはいつ以来だろう?

 胸の傷の慰謝料として、多額の療養金を王家からいただいた時が最後だったろうか。

 私はシシリーとその店の人間が採寸を行っている間、10年前の出来事を思い返していた。



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