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第十話 『契約結婚』の結末

 

「君が屋敷に来たとき、私はどう思ったと思う?」


 いきなりの問いに、私は答えあぐねた。


「面倒なのが来た、でしょうか?」


 それくらいしか思い当たらない。


「違う」

「では、金の無心に来た……ですか?」

「それも違う」


 一体、何を言わせたいのだろう?

 アレクシス様の謎かけの意図がわからない。


「誰の妻になる? そう思った」


 答えを聞いて納得する。

 ウェディングドレスで乗り込んだのだった。

 あの時の自分の姿を考えれば、そういう考え方もできるのかと感心する。


「私が、逃げてきた花嫁とでも?」

「そう思うのが妥当だろう」


 そういえば、アレクシス様は私の姿を見ても何も言わず、それどころか即座に用件を聞いてきたことを思い出す。

 回想している間に、彼の手が私の頬に触れる。

 吐息のかかりそうな距離に、鼓動が早まる。


「だが、君は娼館に売られるのだという。正直、安心した。誰かのものになるのではないと聞けてね」


 私としては、安心要素などどこにもなかったのだが。

 アレクシス様は、私に何を伝えようとしている?

 頬に添えられた手で顔の位置まで固定され、私は彼の瞳から視線を外せずにいる。

 添えられている。

 それだけなのに、私は縛られてしまったかのように動けない。


「娼館ならば、金で解決できる。私は直接介入することはできないが、やりようはいくらでもある。しかし……」


 添えられた手が、私の頬を撫でる。

 イヤリングを、満足そうに目を細めて見つめている。


「……君は、私の屋敷に押しかけ『正妻』の座を要求した。君からの強い要請であり、私の意思などほぼ無視した行為だ」

「それは、そうですわね」


 10年前の王家の禁忌を盾にして、強引に話を運んだ。

 私には、それしか残っていなかったから。


「私はやむを得ず、君の要請を受け入れることを約束した」


 アレクシス様が、淡々と二週間前の出来事を口にする。

 ――もう、あれから二週間が経ったのか。


「君が家を捨てて私の元へ駆け込むことまでは、王家とヴァンロート伯爵家の約定には記載がない」

「つまり……?」

「私が、君を娶る条件が図らずも揃ってしまった」


 この時のアレクシス様の笑みを私は忘れることができないだろう。

 甘いのに、どこか獲物を捕らえたかのような獰猛さを秘めた笑み。


 私は、思い違いをしていたのかもしれない。

 捕らえたのは私ではなくて、捕らわれたのが私だった?


「陛下には聞くまでもない。君が個人として私を求めてくれるのなら、いつだって迎え入れる用意はあったのだから」


 それは、頭を殴られたかのような衝撃だった。

 ヴァンロート伯爵家は、金を得て地位を失った。

 正確に言えば、王家と懇意にする機会を失った。


 私たちは、王家主催の夜会に招待はされていたが、王族に近づくことは許されていない。

 公的な場ではそれとなく常に監視がつき、余計な事を話さないか見張られていた。

 私的な場で話したことが露見すれば即、処分対象だ。

 だから私は、家でどんなに冷遇を受けても彼の元へは行かなかったのだ。


「いつも見ていた。君が成長していく様子を。美しくなっていく花を」


 アレクシス様の手が、頬から目尻へと移る。

 親指で、優しく撫でる。


 やめて。

 それ以上私に触れないで。

 私に囁かないで。

 私はただ、お飾りの妻でいられればいいの。


 体の熱が、彼の手に伝わってしまう。

 私は今、どんな顔をしているのだろうか。


「君は酷い。私に対して『白い結婚でも構わない』などと言うのだから」

「その方が、アレクシス様にとってもご都合がよろしいかと」


 思ったのだが。


「都合がいい、ね」


 口の端が上がるのを見て、私の鼓動はさらに早まる。

 一体全体、なぜこんなことになっているのか。

 私には、わからない。

 わかってはいけない。


「リュシエラ。もう君も気づいたはずだ。誰が本当に望んだものを手に入れ、誰が望まれたものだったのかを」


 答え合わせをするように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 その声が、やけに耳に残る。


「最初から選択肢がなかったのは、君だ。選んだのは、私」


 片腕は、腰に回されたまま。

 もう片方の手が、目尻から今度は頬を滑り落ち、頤に触れる。

 私は、いまだ動けないまま。

 彼から、目を離せないまま。


「結婚しよう、リュシエラ。式は三ヶ月後。陛下も参列してくださるそうだ」


 ――断る理由は、ないのだろう?


 ゆっくり動いて見える唇。

 言の葉は、私の脳に浸透するのに時間がかかる。


「返事は?」

「……はい」


 私は、夢でも見ているのだろうか?

 プロポーズされて、了承する。

 そんな普通の恋人みたいなことが、私に許されるのか?


「愛しているよ。あの時からずっと、君だけを」


 顎を持ち上げられ、さらに顔が近づく。

 緑色の瞳が、間近に迫る。

 私は、そっと目を伏せた。


 唇に感じたやわらかな熱が、これは現実なのだと教えてくれた。


 ――翌朝、アレクシス様を通じて国王陛下から言祝ぎの手紙をいただくことになるとは、この時の私は、まだ知らなかった。



これにて完結しました。

最後までお読みいただきありがとうございました。


また次作でお会いできましたら幸いです。

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