第一話 花嫁衣装で、公爵殿下に結婚を迫りました
親に娼館へ売られることが決まった翌朝。
私は、白い花嫁衣装に身を包み、王弟でもある公爵殿下の屋敷を訪れていた。
「ここがエルヴァイン公爵邸ね」
白いドレスの膨らんだ裾を整え、大きなアーチ状の門扉をくぐる。
日傘を差したまま、飾り彫りを施された扉の前に立ち、ノッカーを叩いた。
姿を現したのは、執事服に身を包む壮年の男性。
男性は一瞬、私の姿――白一色の花嫁衣装に目を留めた。
そして、ここがどういう場所で誰の屋敷なのかを理解した上で、すぐに何事もなかったかのように一礼する。
「いらっしゃいませ。当家にはどのようなご用件でいらっしゃいましたか?」
「リュシエラ・ヴァンロートと申します。この名を殿下にお伝えくださいませ」
今では没落した、伯爵家の名。
「……リュシエラ・ヴァンロート様でございますね。どうぞ中に入りお掛けになってお待ちください」
男が、淡々と私の名を復唱し、去って行った。
私は日傘を畳み、ロビーに置かれたソファーに腰掛ける。
すぐに冷たいお茶が運ばれ、カップを手にした。
そして、水面に映る自身の姿を見つめる。
化粧が崩れてはいないことを確認すると、ゆっくりとカップに口をつけた。
やがて、執事が戻ってきて告げる。
「主がお会いするそうです。応接間までご案内いたします」
「そう。ありがとう」
立ち上がり、男の後をついていく。
直接言葉を交わすのは、10年ぶりか。
私は、夜会で見た若き公爵の姿を思い浮かべ、口の端を上げた。
* * *
「ねえ、いつまであの娘をうちに置いておくつもり? 娼館に売ってしまいましょうよ」
女性の苛立った声が聞こえた。
水を飲みに厨房に向かおうとしたとき。
父の執務室から灯りが漏れているのを見て、私は廊下で足を止めた。
「そうだな。顔だけはいいから今ならそれなりに値がつくかもしれん。そうすれば、借金も少しは返せる」
「そうよ! 明日早速契約をまとめましょう。店と連絡を取らないと」
後妻である義母が、いかにも言いそうなことではあった。
まさか、血の繋がった父も乗り気だとは予想外だったが。
私は、黙っていれば美人だ。
だが、体に傷がある。
貴族の子女としても、娼婦としても致命的だ。
父もそれは承知しているはずなのだが――そこまで、うちには余裕がないということか。
忍び足でその場を離れ、自室に戻る。
「時間がないわね。明日、屋敷にいてくれればいいのだけれど」
――アレクシス・エルヴァイン。
現国王の実弟にして、いまだ独身の公爵殿下だ。
* * *
通された応接間は、思っていたより飾り気がなかった。
ソファーにテーブル。
そして、チェスト。
どれも一級品なのは私にでもわかるが、ここまで機能面にしか意識を割いていないのは、彼のイメージとはかけ離れていた。
まだ公爵の姿はない。
私は立ったまま、彼が来るのを待つ。
「ようこそ、ヴァンロート伯爵令嬢。掛けてくれたまえ」
背後で扉が開く音がして、20代半ばの男性が姿を現した。
ブラウンの髪に緑色の瞳。
そこに立つだけで、場の空気が変わる。
公爵の瞳が私を映したとき、 彼は懐かしげに目を細めた。
私を見ているようで見ていないような、不思議な感じ。
それもわずかの間のことで、すぐに私が夜会などで見かける公爵の顔つきに戻っていた。
「ワトソン。お前は外で控えているように。彼女は私の大切な客人だ。二人だけで話がしたい」
公爵が、私の向かいにあるソファーの前に立ち指示する。
ワトソンと呼ばれた執事は、大人しく下がっていった。
執事が下がるのを確認して、私たちは腰掛ける。
「待たせてすまなかったね。……まさか、君が私を訪ねてくるとは思わなかったよ」
「ご無沙汰しております。ご壮健そうでなによりです」
「そんなかしこまった礼は不要だ。事情があるのだろう?」
公爵の言葉に、私は曖昧に微笑んだ。
「扉は閉めたままでよろしいのですか?」
「君がそれで構わなければ。問題あるかな?」
「いえ」
むしろ、好都合だ。
独身の異性と密室で会うのは、外聞が悪い。
「それで、今回ここまで来た要件は何かな? 君が直接来たんだ。よほどのことなのだろう?」
「ご理解いただき感謝いたします。実は……」
緑色の瞳を見つめ、一拍置く。
柔和な笑みに、微笑みで返す。
「私、娼館に売られることになったもので、公爵に助けていただきたいんですの」
私の言葉に、公爵の笑みが消えた。
視線が、鋭くなる。
「端的に」
「私を妻に迎えてくださいませ」
口元の笑みはそのままに。
視線は甘く、相手を誘うように。
「私は伯爵家の娘ですし、容姿にも不足はありません。公爵家の面目を損ねない『装い』にはなれるでしょう」
「随分と自己評価が高いのだね」
「あら、客観的な判断と捉えていただきたいところですわ」
没落しているとはいえ、家格は伯爵。
そして、娼館に高値がつくと言われる容姿。
これ以上、客観的な評価はない。
「公爵殿下。あなた様に断る理由、ございませんよね?」
私は、交渉のテーブルにつくために来たのではない。
成立させるために、ここにいるのだ。
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