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第21話:後始末と、騎士の誓い

薬草師の仕掛けた静かなる戦いは、夜明けを待たずに終結した。

 東の空が白み始め、朝霧が村を包む頃、恐る恐る家から出てきた村人たちは、目の前の光景に言葉を失った。村の中央広場には、黒装束の男たちが十人ほど、無様に転がされている。誰一人として死んではいない。だが、ある者は激しい痒みに身をよじり、ある者は手足の痺れに呻き声を上げ、まともに立つことさえできずにいた。

 血を一滴も流さずに、屈強な暗殺者集団を無力化する。そのあまりにも現実離れした光景に、村人たちは私のことを、畏敬と、そしてほんの少しの恐怖が混じったような目で見つめていた。


 そこへ、夜明けと共に狩猟小屋から戻ってきたカイウスさんが、子供たちと老人たちの無事を確認した後、息を切らして駆けつけた。

「ロゼリア! 無事か!?」

「ええ、この通り、かすり傷一つありませんわ」

 彼は、広場の惨状(?)と、涼しい顔で佇む私を見比べ、安堵と、そして呆れたような深いため息をついた。

「……君という人は、本当に……」

 彼の呟きは、称賛のようでもあり、その策のえげつなさに対する若干の引き攣りのようでもあった。

 私は村の男たちに指示を出し、動けない暗殺者たちを縄で一箇所にまとめさせると、そのリーダー格と思しき男の前に、静かにしゃがみ込んだ。


「さて、少しお話をお聞かせ願いましょうか」

 私が微笑みかけると、男は「くそっ、化け物め……」と、憎悪に満ちた目で私を睨みつけた。

「誰の命令で、ここへ? 黙秘権も結構ですけれど、あなた方が吸い込んだ麻痺毒は、私の解毒薬なしでは、丸一日はそのままでしてよ。もちろん、この耐え難い痒みも、三日三晩は続くでしょうね」

 私は、小さな小瓶に入った二種類の液体――解毒薬と痒み止め――を、彼の目の前で振って見せた。

 男は、それでも歯を食いしばり、口を開こうとしない。プロとしての意地が、まだ残っているらしい。

「……そうですか。残念ですわ」

 私はそう言うと、こともなげに、痒み止めの小瓶の栓を開け、その中身の半分を、ゆっくりと地面にこぼした。

「あら、手が滑ってしまいましたわ。これでは、もうお一人分しか残っておりません。どちらか一つしか、治して差し上げられませんわね。痺れと痒み、どちらがお好みかしら?」


 その私の、悪魔のような微笑みと冷徹な提案に、さすがの暗殺者も顔を青ざめさせた。拷問よりも恐ろしい、じわじわと続く苦痛の選択。その光景を見ていたカイウスさんさえもが、ごくりと喉を鳴らすのが分かった。

 やがて、男は観念した。

「……わ、分かった! 話す、話すから、それをこっちへ!」

 彼は、依頼主がマーグレイブ侯爵であること、そして、その裏で糸を引いているのが聖女リリアンであることを、洗いざらい白状した。


 その自白を聞き届けた後、カイウスさんが男たちの所持品を調べていたが、やがて「あったぞ!」と声を上げた。彼が掲げてみせたのは、男の懐に隠されていた羊皮紙の指令書。そこには、私の殺害を命じる内容と、紛れもないマーグレイブ侯爵家の紋章が、蝋で封印されていた。

 王都にいる偽りの聖女とその一派を断罪するための、決定的な証拠が、今、私たちの手に落ちたのだ。


 後処理の段になり、村人たちの中から「こんな奴ら、生かしておけるか! 殺してしまえ!」という声が上がった。

 だが、私は静かにそれを制した。

「いけません。命を奪ってしまえば、私たちも彼らと同じになってしまいます」

 私は、縛られた暗殺者たちを見下ろし、裁きを告げた。

「あなた方の痒みと痛みは、私が責任を持って治療して差し上げますわ。ですが、痺れが完全に取れるのは、三日後。その三日間、あなた方には、この村の畑仕事を手伝っていただきます」

「……な、なんだと?」

「あなた方が壊そうとした、この村の穏やかな日常のために、その有り余る腕力で、少しは汗を流していただきましょう。それが、あなた方が犯した罪に対する、私からの罰です」


 私のその裁きに、村人たちは目を見張り、やがて、誰からともなく感嘆の声が上がった。殺すでもなく、許すでもない。労働という形で罪を償わせる。それは、彼らが思いつきもしなかった、あまりにも鮮やかな落とし所だった。


.


 全ての騒動が終わり、再び村に静けさが戻った朝。

 私は、朝日を浴びて輝くハーブ園の手入れをしていた。そこに、カイウスさんが、静かな足取りでやってきた。彼は、私の隣に立つと、しばらくの間、何も言わずに、きらきらと輝くハーブの葉を眺めていた。

 やがて、彼は、意を決したように、私の前に跪いた。

「カイウスさん!?」

「ロゼリア殿」

 彼は、私の驚きを制するように、まっすぐに私の瞳を見つめた。その瞳には、今まで見たこともないほど、真剣で、熱い光が宿っていた。


「俺は、昨夜のあなたを見て、決めた。俺のこの剣、この命、その全てを、あなたに捧げたい。それは、騎士としての忠誠ではない。一人の男として、何があってもあなたを守り抜き、あなたの隣で、あなたの生き方を見届けたいのだ」

 それは、愛の告白であり、魂の誓いだった。

「だから、どうか……俺を、あなたの隣にいることを、許してほしい」


 彼の不器用で、しかし、あまりにも真摯な言葉に、私の胸は熱くなった。

 かつて私を断罪した騎士。だが、彼は自らの過ちと向き合い、私という人間を正しく見つめ、そして、今、私に未来を誓ってくれている。

 私は、そっと彼の手に自分の手を重ねた。

「……顔を、上げてください、カイウスさん」

 彼が顔を上げると、私は、少しだけ頬を染めながら、精一杯の勇気で、静かに頷いてみせた。


 言葉は、もう必要なかった。

 朝日の中で、薬草師と騎士は、ただ静かに、そして確かに、未来への約束を交わしたのだった。

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