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第14話:初雪の夜と、不器用な謝罪

季節は巡り、アーズブリー村の短い秋は終わりを告げようとしていた。山々の木々は最後の輝きである紅葉を散らし、北から吹く風は日増しにその冷たさを増している。村人たちは、長く厳しい冬に備え、薪を割り、食料を貯蔵し、家の壁の隙間を埋める作業に追われていた。

 私の生活も、すっかりこの土地のリズムに馴染んでいた。ハーブ園には、耐寒性のある品種だけを残し、来年の春を待つ苗床には厚く腐葉土を被せて冬支度を終えた。ノア様との共同研究は、手紙のやり取りが中心になっていたが、彼の送ってくれる最新の魔術理論は、私の錬金術の知識をさらに深めてくれた。

 穏やかで、満ち足りた日々。王都での華やかだが息の詰まるような暮らしが、もう遠い昔のことのように感じられた。


 その日、村に雪がちらつき始めた昼下がり、見慣れた赤毛の騎士が、一人で馬を駆ってやってきた。

「カイウス団長。この雪の中を、わざわざいらしたのですか」

「……ああ。本格的に積もる前に、頼まれていた品を届けようと思ってな」

 カイウスはそう言うと、馬の鞍から、いつもよりずっと大きな荷物を下ろした。中には、私が依頼した専門書や錬金術の器具の他に、明らかに私的な贈り物が含まれている。上質で、驚くほど暖かい羊毛のマント。長期保存が可能な塩漬けの肉。そして、辺境では貴重な小麦粉の袋まで。


「これは……」

「冬の準備だ。君一人では、何かと不便も多いだろう」

 彼はぶっきらぼうにそう言うと、私の顔からさっと視線をそらした。その耳が、ほんのりと赤く染まっていることに、私は気づいてしまった。彼の不器用な優しさが、じわりと心の奥に沁みてくる。

「……ありがとうございます。今夜は冷えますから、よろしければ、温かいシチューでも召し上がっていかれませんか」

 私の誘いに、彼は一瞬驚いたような顔をしたが、やがて、子供のように嬉しそうな、はにかんだ笑みを浮かべた。


 私たちは、小屋の囲炉裏を囲んで、ささやかな夕食をとった。

 彼が持ってきてくれた塩漬け肉と、村人から分けてもらった野菜を、私が育てたハーブでことこと煮込んだシチュー。決して豪華な食事ではない。だが、揺れる炎と、湯気の立つ鍋を挟んで向かい合っていると、不思議と心が安らいだ。私たちは、騎士団長と村の薬草師としてではなく、ただのカイウスとロゼリアとして、言葉を交わした。

「君のおかげで、最近はよく眠れるようになった」

「それはようございました。ハーブティーは、まだ残っておりますか?」

「ああ。毎晩、欠かさず飲んでいる。まるで、君が淹れてくれた時のような……温かい香りがする」

 そう言って、彼は少し照れたように視線を落とした。その何気ない言葉の一つ一つが、私の胸の奥に、今まで知らなかった種類の温かい感情を灯していく。


 食事を終える頃には、外は本格的な雪景色に変わっていた。しんしんと降り積もる雪が、小屋の周りの音を全て吸い込み、世界に私たち二人だけしかいないかのような、静寂な空間を生み出していた。

 その静寂を破ったのは、カイウスだった。彼は、何かを決意したように、まっすぐに私の瞳を見つめた。

「ロゼリア殿」

 彼の声は、いつになく真剣だった。

「……あの日のことだ。アカデミーの卒業パーティーでの……」

 その言葉に、私の心臓が小さく跳ねる。だが、不思議と痛みはなかった。

「私は、間違っていた」


 それは、静かだが、はっきりとした謝罪の言葉だった。

「私は、騎士団長という己の立場と、目の前の見せかけの正義に目がくらんでいた。真実を見ようとせず、君という人間を、正しく見ようともしなかった。……本当に、すまないことをした」

 彼はそう言うと、深く、深く頭を下げた。完璧な騎士である彼が、追放された罪人である私に、全てをかなぐり捨てて、ただ一人の男として、謝罪している。

 その姿に、私の胸の奥にあった最後の氷の欠片が、はらりと溶けていくのを感じた。


 私は、ゆっくりと首を横に振った。

「……カイウスさん」

 初めて、彼の名を、敬称をつけずに呼んだ。彼は驚いて顔を上げる。

「もう、謝らないでください。あなたの謝罪は、確かに受け取りました。ですが、私は、今の人生を少しも後悔してはおりませんの」

 私は微笑んでみせた。心からの、偽りのない笑顔だった。

「もし、あの出来事がなければ、私は自分の足で立ち、自分の知識で誰かの役に立つという喜びを知らないまま、息の詰まる鳥かごの中で一生を終えていたでしょう。だから……もういいのです」


 私の言葉に、カイウスの瞳が潤んだように見えた。彼は、私の許しが、何よりも彼自身を救ったかのように、安堵のため息を漏らした。

 やがて、彼は名残惜しそうに立ち上がった。吹雪になる前に、駐屯地へ戻らねばならないのだろう。

 彼が小屋の扉に手をかけた時、私は、彼が贈ってくれたばかりの暖かいマントを肩に羽織った。

「カイウスさん」

「……なんだ?」

「雪が溶けたら、また、いらっしゃいますか」

 私の問いに、彼は一瞬息を止め、そして、これ以上ないほど優しい顔で微笑んだ。

「ああ、必ず。今度は、騎士団長としてではなく……ただ、君に会うためだけに来る」


 彼はそれだけを言うと、吹雪の中へと去っていった。

 一人残された小屋の中、私は囲炉裏の炎を見つめていた。肩にかけられたマントが、まるで彼の腕のように、私を優しく包み込んでいる。

 窓の外では、白い雪が、静かに、だが確かに、世界を新しい色に染め上げていた。私の心の中にも、今まで知らなかった温かくて柔らかな感情が、ゆっくりと降り積もり始めていた。

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