上総のサン=ジュスト
〈ジハードは八月入りを待つてゐる 涙次〉
【ⅰ】
ほゞ10年前、* 上総情が、私立の名門大學J大學の文學部佛文科を卒業し、今彼が勤めてゐる大新聞社に入社した時、ちよつとしたセンセーションが卷き起こつたものだつた。上総は卒論、「澁澤龍彦とサン=ジュスト」を書き提出、それは、澁澤と云へばサド侯なのであるが、物事をその面から見ず、澁澤が大學生のみぎり枕頭の書としてゐたと云ふサン=ジュスト全集、そのサン=ジュストとの関はりに於いて彼・澁澤を捉へた、一大勞作なのだつた。その執筆に当たつて彼は澁澤と同じく、サン=ジュスト全集を讀破した。彼はその事に依つて、新聞文藝欄の星となつた。入社当初から、近い將來文藝欄の主筆となる事間違ひなし、と云はれたものだ(そしてそれは實現した)。彼は學生時代から變はらぬ、カウボーイハット、ウエスタンブーツ、フリンジの付いたスウェードのジャケットを着、下はデニム。その(新聞社では)異様とも云へる風體と相まつて、俊才振りが喧傳された。
* 当該シリーズ第32話參照。
【ⅱ】
当然の事ながら、* 魔界の「虐殺の天使」サン=ジュストにも興味があつた。彼が本物のルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュストであるかは兎も角として、是非、魔界に降りて、彼との語らひのひと時を持ちたい、などゝ思つてゐた。その魔界のサン=ジュストの魂、今は何処をうろついてゐるものか‐
カンテラと折角知り合つたのだから、その件について情報を彼から得る事は無理か、誰に尋ねやう、さう思つてゐた矢先。こんな椿事があつた。
大學では大後輩に当たる、新入社員の女の子。「わたしサン=ジュストさまに會つたんですよお」。なぬ? ベルばらの影響で、漫画好き女子にはサン=ジュストは名前が通つてゐる。さま、と云ふからには、崇拝してゐるのだらう。何せ彼はハンサム、インテリである。「それは何処で?」‐「或るライヴハウスのイヴェントで、なんですよお」‐ライヴハウス? これまた面妖な場所。イヴェントなる呼称は、所謂ライヴ(ロックの)ではない事を示してゐる。
* 前シリーズ第88・89話參照。
【ⅲ】
「きみ、それ次回はないの?」と思はず「食ひ付いて」しまつた自分が怨めしい。情、それでは余りに軽薄ではないか。と自分に云つたが、時既に遅し。次回は✕月✕日、場所は同じライヴハウスだと云ふ。その女性社員に連れて行つて貰ふ事が決まつてしまつた。
......「と云ふ譯なんですよ」、カンテラが尾崎一蝶齋道場に現れた時、上総、打ち明けた。「ふうん。それなんか氣になるな。俺も着いて行つていゝ? 上総くん」‐「だうぞ、喜んで!」‐運が良ければ、カンテラvs.サン=ジュストの對決が見られる。これは、社會部に賣れば、大金が轉がり込む大ニュースだ!(さう云ふ「アルバイト」、社内では割とよくある事だつた。)
当日、カンテラはじろさん・テオに自分の一行を尾行させて、当該のライヴハウスとやらに向かつた。サン=ジュストだけでなく、カンテラにまで會へるなんて... 女子社員は目をうるうるさせてゐる。勿論、サインをねだられた。
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〈燃え時もなく魂が燃えてゐるだう云ふ事だか分かつてゐるな 平手みき〉
【ⅳ】
「なに、しまいにや馬脚を表すよ。本物のサン=ジュストぢやない事には、以前から薄々氣付いてゐた」女子社員には氣取られぬやう、物蔭でカンテラは、上総にさう云つた。「だう云ふ點が、ですか?」‐「本物だつたら、日本語なんか身に付けなくたつて、いゝ譯だらう?」‐確かにさうだ。「あれは、日本人の紅毛碧眼コンプレックスを衝いたもの、に違ひない」
陳腐な詩の朗讀(ポエトリースラムとか云ふ)の後で、サン=ジュストの登場と相なつた。「皆さん、東京を魔界にしてしまひませう!」‐「おー!!」パフォーミングアートの一種だとでも、皆思つてゐるらしい。「今の政府與党を轉覆して、日本を我らの手に!!」‐「おー!!」ライヴハウスではウケさうな「ネタ」である。と、そこでサン=ジュストとカンテラの目が合つた。「おや、今日は客席に、私の飛んだ親友がゐる‐」‐「カンテラ一燈齋だあ!!」‐「うおー!!!!」と、こゝ迄が大體の盛り上がりどころで...
【ⅴ】
出番が終はつた後の樂屋に、カンテラとじろさん、テオは押し掛けた。「おい、サン=ジュスト、つてかサン=ジュストの名を騙る魔物め、今夜こそは成敗してくれるぞ」‐「なにを!!」‐「こゝぢやなんだ、表に出ろ」‐「分かつたよ」‐その機に應じて逃げ出さうとする偽サン=ジュスト。必要もないのに屯つてゐたローディーがカンテラ一味を邪魔する。が、
じろさん、すかさず彼らを投げ捨て、テオがテオ・ブレイドで、止めを刺して行く。偽サン=ジュストの襟首を摑んだじろさん、「さ!」‐「おう!」阿吽の呼吸で、カンテラ短刀を拔く。「しええええええいつ!!」ぶすり、と脇腹を刺した。
【ⅵ】
偽サン=ジュストは年經た狐の化け物だつた。カンテラが脇腹を狙つた譯は、脾臓を突く為。脾臓を突かれると、動物、須らくショック死する。
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〈愛飢ゑ男朱夏の爆裂遠く持ち 涙次〉
「いつたい...」女子社員始め、観客たち騒然としてゐる。上総、機轉を働かし「また、この東京をカンテラ氏が救つてくれました。彼に拍手~!!」。何だか分からぬ内に、ヒーロー扱ひだ。
後日、(例のアルバイトで懐が潤つた)上総から、一味に禮金が入つた。「で、上総氏、サン=ジュストと語り合ふんぢやなかつたの?」‐「偽ぢやあねえ。もう死んだし」‐「その内復活するさ。その為のリザーヴさ」‐「なる程」。じろさんとカンテラの對話。
つてな譯で、「虐殺の天使」死す。やつぱり慣れない人間界に出て來たのが、祟つたか。お仕舞ひ。




