糖稀
「僕がどうして砂糖水しか飲まないのか」について説明する為には、僕の生まれつきの躰質についても話す必要がある
僕は生まれつき、躰の水分含油率が異常に高い
類を視ない体質らしく、この躰を呼称する名前は存在していない
では、僕がこの施設で生きているのは学術的な研究の為なのか?
そうでは無かった
僕はこの館のご主人さまを歓ばせるためだけに、生まれた時から、館の地下にある白い部屋で生活している
「白い部屋」は比喩では無い
僕が生活しているのは薄暗い照明の付いた、ひんやりした壁も天井も床さえも真っ白な部屋で、湿度を一定に保つためのスプリンクラー以外はこの部屋には何も無い
ご主人さまの話によれば、この部屋は僕の肌を白く保つためのものらしかった
ご主人さまは、白い肌の少年がお好みだ
元は実業家をされていたらしいが、世を儚んで若くしてこの館を建て、以来ずっと外に出る事無く生活されているらしい
そして話は最初に戻る
僕が砂糖水を飲んで生活しているのは、ご主人さまがそれを好まれるからだった
部屋の扉が開く
ご主人さまが、この部屋を訪れて下さったのだ
「おはようございます、ご主人さま」
骨が弱い僕は、ご主人さまに近寄る時は這って移動するようにしている
立つ事は出来ないので、脛に頬を擦り付けて愛情を示すようにしていた
そうすると、ご主人さまはお姫さまでも抱くように僕を抱き上げて、全身をくまなく嘗めてくださる
この時の香りと味わいを楽しむ為に、僕は砂糖を溶いた水だけを与えられて生きていた
この逢瀬は二人にとって総てに代え難い恍惚の時間で、この時間がある為、僕は自分の境遇を『閉じ込められて暮らしている惨めな人間』と思った事は一度も無かった
「ご主人さま」
「新しい事を思い付きましたよ、褒めて下さい」
僕が愉しげにそう言うと、ご主人さまは「何を思い付いたんだい?」と笑顔を視せる
僕は自分の肩を絞るように握ると、そこから水を掬い出した
通常の人間であればこんな事は不可能だが、僕の躰はほとんど水で作られているので、こういう事が可能だ
「飲んでみて下さい」
ご主人さまに水の溜まった掌を差し出す
部屋の温度に合わせてひんやりとしているし、味は甘い筈だ
それでも、それは僕の躰液に他ならなかった
ご主人さまは狼狽えたように僕のする事を視ていた
これは言ってみれば自傷行為に他ならないし、大切な僕がそんな事をするのがつらかったのかも知れない
でも、僕にはご主人さまの考えている事が解った
ご主人さまは「飲んでみたい」と心から渇望してしまったからこそ、狼狽えている
僕にはそれがたまらなく嬉しかった
ご主人さまは、僕の掌をまじまじと視詰め続けた
この部屋には時計は無い
でも、僕は自分の心音から時間の経過を把握する事が出来る
ご主人さまは984秒のあいだ思慮深く躊躇されたあと、震えながら僕の躰液を飲み干した
部屋には音のする物がスプリンクラーしかないので、必然的にご主人さまが僕を飲み干していく喉の音だけが、部屋にごくごくとこだまする
その後にご主人が僕に向けた視線で、僕はこれから起こる事が総て解った
『これから起こる事』への期待に、強くない心臓が早鐘のように鼓動を刻む
ご主人さまは口角を上げたまま、飢えた眼でつらそうに僕を視続けていた




