7. 堕落の古竜姫
"幽域。
それは、制御不能と堕落を象徴する世界の果て。そこには、数多の追放された神々がいた。
幽域の中央には、広大な面積を誇り、鳥がさえずり花が咲き乱れる、絢爛たる風景の森が広がっていた。
そこは、魅魔たちの故郷。
森の中央、花と蔓で編まれた玉座の上で、竜の角を持つ少女が、だるそうに身をくねらせていた。
彼女は、その華奢な指を虚空に滑らせ、花びらを墨とし、草の上に昨夜の綺しき夢を描き出す――
【巨大な尾を持つ太陽竜が、エンジンを唸らせる魔能戦艦に押し倒され、激しく翻弄される】
ああ……。
竜の少女は、恍惚の笑みを浮かべた。
なんて、エッチなんだろう!
玉座に座る、変わった性癖を持つこの竜の少女こそ、この森の主にして、魅魔たちの女王。そして、人間の色欲を糧とする至高の存在。
幽域最強の邪神の一柱、堕落の古竜姫、色欲の竜、。
その時、
玉座の下には、一人の信者が平伏し、ぶるぶると震えていた。
どれほどの時間が経っただろうか。古竜姫は、ようやく謁見者に気付き、血のように赤い縦長の瞳を、気だるげに玉座の下の信者へと向けた。
「大公よ。解せぬのだが……なぜ今月、お前の国での私への信仰が、三割近くも減っているのだ?」
「恐れながら、至高なる御方……」
信者は、おずおずと答えた。
「ハイン帝国が隣国に侵攻したため、官僚たちは同じ末路を辿ることを恐れ、秩序の女神の信仰を広めているのです……」
秩序の女神への信仰は、ハイン帝国の国教である。
ハイン帝国の拡大と共に、秩序の女神の栄光もまた、各地へと広まっていった。
そして、他の宗教の生存空間を圧迫し続けている。
「アントワーヌ大公。このようなことが続くのは、好ましくない」
オリヴィアは、自身の髪の毛を一房引き抜き、信者に投げ与えた。
「これは、私の逆鱗だ。上手く使うがいい」
信者は、畏まった様子で、両手で髪の毛を受け取った。「は、ははぁ……至高なる御方」
「一年以内に、信者たちに真の神が誰であるかを思い出させよ。さもなくば……貴様に、最も残酷な罰を与えよう」
信者の声が震える。「もっとも、残酷な……罰、でございますか?」
色欲の竜オリヴィアは、人の本性を見抜き、心の弱点を見通す権能を持つ。
彼女は、一目でこの凡人の最大の弱点を見抜いた。
オリヴィアは、何気ない様子で言った。「……例えば、貴様の妻に祝福を与え、永遠に貴様だけを愛するようにするとか、な?」
「駄目です! それだけは、どうかお許しください! 至高なる御方! どうか、慈悲を!」
信者は、血の気を失い、喉の奥から絶望の嗚咽を漏らし、必死に許しを請うた。
高雅な寝取られ愛好家にとって、
浮気をしない妻を持つなど、地獄に堕ちるのと変わらない生活なのだ!
アントワーヌ大公:「必ずや、ご期待に沿えるよう! 必ずや、仰せのままに! 偉大なる至高の御方……どうか、妻だけはお許しを!」
オリヴィアは目を閉じ、それ以上何も言わなかった。
それは、退席を促す合図。
信者は、深い恐怖に打ち震えながら、すすり泣きながらその場を後にした。
それから間もなくして、
もう一人の悪魔が、古竜姫の玉座へとやってきた。
「オリヴィア様……」
悪魔は恭しく言った。「ハイン帝国内で、貴女様に関する祭儀が執り行われております」
オリヴィア:「主催者は?」
悪魔は答えた。「ハイン帝国の皇子、・ハインです。貴女様との交信を望んでおります」
その名を聞いた瞬間、オリヴィアの表情が変わった。
彼女は、ゆっくりと玉座の上で姿勢を正した。「……誰だと、もう一度言ってみろ」
「ハイン帝国の皇子、ラインハルト・ハインです」
「ラインハルト・ハインだと!?」
「はっ」
「また、あいつか!?」
「御意に」
「……今年に入って、何人目のラインハルト・ハインだ!?」
「131人目でございます! 姫様!」
「この野郎めぇぇぇっ!!!」
オリヴィアは、激しい怒りとともに罵詈雑言を吐き出した。
ラインハルト・ハイン。
その名は、竜姫にとって一生の恥となるだろう!
なぜなら、昨年、オリヴィアは自称ラインハルト・ハインという男に、八千枚もの逆鱗を騙し取られて以来、幽域中で公認の極上のカモにされていたのだ!
それからの一年間で、ラインハルト・ハインの名を騙り、彼女に褒美を要求してきた者は、すでに100人を超えている!!
ふざけるのも大概にしろ!!
私を、ハゲにでもするつもりか!?
オリヴィア:「……今度のラインハルト・ハインは、何と言っている?」
悪魔は、ありのままを報告した。「ハイン帝国の皇子である自分は、今、敵軍に捕らわれている。もし貴女様が千枚の逆鱗を授けてくれれば、この窮地を脱し、貴女様に心から帰依する。そして、ハイン帝国の七つの禁軍全てを、公衆便所にしてやると」
オリヴィアは、怒りを通り越して笑い出した。「また……また、この手口か?」
悪魔:「はい。いかがいたしましょう、姫様」
オリヴィアは冷たく言い放った。「とびっきりの、死に様をプレゼントしてやれ!」
「はっ!」
悪魔は、主に恭しく礼をし、竜姫の庭園から退出した。
しかし、その直後、この悪魔は慌てて戻ってきた。
悪魔:「姫様! また別の人間が、ハイン帝都のを通じて、謁見を求めております!」
オリヴィア:「……また、誰だ?」
悪魔:「ラインハルト・ハインです」
オリヴィア:「…………」
悪魔:「ちょ、ちょっと待ってください、姫様! 怒らないでください! 今度のハイン皇子は、本物かもしれません!」
オリヴィア:「なぜ、そう思う?」
「禁軍ですよ、姫様! 禁軍です!」
悪魔は興奮した様子で強調した。「本当に、半神の禁軍を連れてきているんです!」"