4.サキュバスの敗北
" 夢幻郷。
ハイン帝国で最も名高い歓楽街は、ある巨大な秘密を隠していた。
実は。
この場所は、幽域の悪魔たちによって支配されていた。彼女たちは色欲の竜オリヴィアに仕える、
いわゆる、サキュバスと呼ばれる存在だ。
彼女たちは、あの幽域の至尊の命に従い、人間の姿に偽装し、各国の首都で娼館を開き、現地の政府要人を誘惑し堕落させ、最終的に国家を掌握するという目的を抱いている。
この手段を用いて、オリヴィアの栄光は、既に大陸の多くの国々で根を下ろしていた。
しかしハイン帝国では、彼女たちの行動は、特に失敗に終わっていた!
彼女たちは娼館をハイン帝都のランドマーク的な建物にまで仕立て上げ、ハイン帝国の著名な観光スポットにしたというのに。
だが!
実際のところ、これらの哀れなサキュバスたちは、見た目ほど華やかではなかったのだ。
今、夢幻郷の舞台裏では、サキュバスたちが会議を開いていた。
リーダー格であるドラゴンのサキュバスが、悲憤やるかたない様子で黒板を叩いた。
「この役立たずども! 昨日の業績を見てみなさい!」
ドラゴンのサキュバスは、黒板に書かれた、あの長ったらしい数字を指差した。
「売上は8600万ゴールド!」
これは巨額だ!
簡単に言えば、この額のゴールドがあれば、小国を一つ買収できる。下手をすれば、政変を起こして、中規模国家を転覆させることだって可能だ!
だが!
この莫大な売上に対して、サキュバスたちは全く嬉しそうではなかった!
彼女たちは皆、意気消沈して俯き、リーダーの訓話を聞いていた。
「色欲の竜に帰依した人数は、36人!」
「で、その中に帝国の政府要人は?」
「ゼロよ!ゼロ! もうっ!」
ドラゴンのサキュバスのリーダーは泣き出しそうな声で、バンバンと黒板を叩いた。「なんなのよ、この国は! あたしたち、ここで30年も頑張ってきたのに! 帝国の役人を一人も堕落させられてないじゃない!」
しくしく……。
下にいるサキュバスたちも、悲しげに涙を拭っていた。
彼女たちは、リーダー格のドラゴンのサキュバスの気持ちが痛いほど分かった。
もう、本当に!
なんなのよ、この場所は!!
ここに来て何年も経つのに、彼女たちが手に入れたのはお金だけ! ゴールドだけ!
くそっ!!!
こんな鉄くず、何になるって言うのよ!!
サキュバスたちは絶望しかけていた。会議の場は、まるで大きなお葬式会場のようだった。
サキュバスたちの涙が止まらない。
これは一日の悲しみではない。30年もの間、積もりに積もった屈辱なのだ!
サキュバスが人間の世界で風俗店を開く理由、それはお金を稼ぐためだとでも?!
違う!
彼女たちの目的は、教義を広め、国家を転覆させること!
なのに!
サキュバスたちがハイン帝都にやってきて、大金を投じて最初の夢幻郷を建設してからというもの、
この30年間!
帝国の政府要人は、ただの一人も、彼女たちの夢幻郷を訪れたことがない!
その原因は……
全ては、ハイン帝国の歪んだ行政システムにある。
まず説明しておくと、
帝国の政府要人たちが夢幻郷を訪れない根本的な理由は、ただ一つ。
彼らは、
お金がない!
ハイン帝国の官僚の清廉さは世界的に有名で、外国の無知な人々は、帝国が清く正しい者たちによって建国された理想郷だと勘違いしている。
だが、事実は全く違う。
帝国の腐敗は、深刻ではないにせよ、決して少なくない!
爛れ具合で言えば、他の大国と大差ない。
では、なぜ帝国の政府要人たちは、お金を持っていないのか?
それは、
ハイン帝国の行政システムの中に、巨大な怪物が存在し、全ての賄賂のメカニズムを独占し、官僚たちの副業を奪い、行政の利益を貪っているからだ!
それが!
皇家禁軍!
帝国最強の戦闘集団である半神の禁軍たちは、空前の権力を持っている。
その上、彼女たちは強欲で利己的な性格をしている。
そのため、彼女たちはあらゆる手段を使って、私腹を肥やそうとする。
汚職や贈収賄は言うまでもない。しかも、彼女たちは他の官僚たちと利益を分かち合うことを嫌う。
くそったれ!
サキュバスたちがハイン帝国にやってきた初日、彼女たちは衝撃の事実を知った!
禁軍は、既に100年先まで汚職を済ませていたのだ!
官僚たちは貧乏になってしまった!
搾り取る油もない!!
これがハイン帝国の残酷な現実!
しかし、禁軍は非常に重要な軍事力を持っているため、誰も彼女たちを裁くことができない。その結果、この悪習は帝国の政治の伝統となり、代々受け継がれてきた。
現在、
ハイン帝国で官僚になろうとする者は、基本的に理想主義者ばかりだ。
この志高い官僚たちは、国家を建設し、国民に幸福をもたらすという大望を抱いている。仕事が終われば家に帰って家族と過ごすか、職場で残業をする。
外で遊びたいとも思わないし、遊ぶお金もない。
結局、
夢幻郷の客は、帝国内の富豪たちだけ。
ハイン帝国の経済は繁栄しているため、帝都の富豪たちは非常に裕福だ。夢幻郷は彼らの援助を受けて、日に日に大きくなっていった。
そして今では!
なんと、皇宮よりも高くなりそうな勢いだ!
だが、それが何になる! オリヴィア様から課せられたノルマは、少しも進んでいない!
まさかサキュバスたちに、この金持ちたちを操って帝国を支配しろとでも?
冗談じゃない!
この富豪たちは確かにお金を持っている。しかし、彼らが反逆の意思を示せば、あの禁軍たちが喜んで家に押しかけ、財産を奪い、骨までしゃぶり尽くすだろう!
サキュバスたちは屈辱の涙を流しながら、ハイン帝都で30年間も耐え忍んできた!
宮殿の舞台裏は、もう使い道のない黄色い鉄の塊で溢れかえっている! 住む場所さえなくなりそうだ!
しかし! 使命の達成は、程遠い!
サキュバスたちは、この禁軍たちを心底憎んでいた!
だが!
彼女たちは、毎月、禁軍に多額の保護費を支払わなければならない!
なぜなら、彼女たちの秘密は、とっくの昔に禁軍に見破られていたからだ。
しかし禁軍は、金儲けのために、わざと秘密を暴かず、それどころかサキュバスたちを庇うことさえある!
全ては、この哀れなサキュバスたちを、自分たちの金づるにするために!
「オリヴィア様! あの禁軍どもは、本当に許せない!」
「うう……もうこれ以上、彼女たちに虐げられるのは嫌……」
「このままじゃ、私たちの使命は、絶対に果たせないわ!」
「故郷に帰りたい。ここでは何もできない! こんな場所に、私の青春を無駄にしたくない!」
「うう……もう二度と、成金豚の爪楊枝を吸いたくないわ!」
サキュバスたちの不満の声が上がる。
リーダー格のドラゴンのサキュバスでさえ、もう仕事を放り出したくなっていた。
「あと1年!」
ドラゴンのサキュバスは涙を拭い、最後の気力を振り絞った。「みんな、あと1年だけ頑張りましょう。もしそれでも帝国の官僚たちに食い込めなかったら、私たちはここを引き払うわ!」
うう……。
サキュバスたちは涙ながらに頷き、もう1年だけ、無意味な努力を続けることを決めた。
しかし、その時。
会議室の扉が、突然開かれた。
当番のサキュバスが、興奮した様子で会議室に飛び込んできて、叫ぶように言った。
「みんな! 朗報よ! 今、夢幻郷に誰が来たと思う?!」
「お客さん……? またあの金持ち連中かしら……」
サキュバスたちは冷めきっていた。「この国で、今さら良いニュースなんてあるわけ……」
どうせまた、あの金持ち信者が、いくらかの金色の鉄くずを寄付したとか、土地の権利書とかいう紙切れをくれたとか、その他諸々の、高価らしいゴミの話だろう。
そんなつまらない話、サキュバスたちは聞く気さえしなかった。
しかし今日は、様子が違った。
「違う、違うの!」
当番のサキュバスは嬉しそうに言った。「帝国の皇子よ! ラインハルト・ハイン様がいらっしゃったの! お金を使ってくださるわ!」
その言葉に。
サキュバスたちは目を見開き、呼吸さえ止まった!!
サキュバスたちの目に、希望の光が宿った。
な、なんですって?!
帝国の皇子様?!!!!!"