事情を聞きだそう。
またお留守番のふたり
せせらぎ荘の前に、大家が立っていた。
この大家、田中という。
せせらぎ荘が建ったときからここの大家だ。
親から受け継いだ不動産の管理を、若いころからずっとやってきた。
以前は何件かのアパートを所有していたが、今ではせせらぎ荘だけだ。
田中はせせらぎ荘を見ながらぽつりと、
「あの一家はどうだ。早めにかたを付けてほしい」
そう呟いた。
もしろん独り言を言っているつもりはなく、隣かそこらへんで聞いているはずの源さんに向かってささやいたのだ。
「子連れにはあまり長く居てもらいたくない」
源さんは田中の隣で聞いていた。
「早めに追い出せ、か」
田中は小さな子のいる家族を、せせらぎ荘に住まわせるのを好まなかった。
源さんも何度かそう言う場面に遭遇したことがある。
「今度の入居者は小さな子が3人だ、しかも全員男の子、さっさと追い出せ」
「あの家族、子供がやんちゃざかりだ、早めに頼む」
そう言われたことが何度かあった。
「今度もか
ま、ぼちぼちやりましょうってか」
源さんはそう思った。
せせらぎ荘101号室。
今日も母親は出かけているようだ。
部屋には兄のこうたとさくらが二人で留守番をしている。
「おい、また二人か」
源さんがさくらに話しかける。
源さんをみつけたさくらが駆け寄り、
「そうだよ、まま、おちごと」
こう言う。
兄のこうたは今日も源さんの事が見えないようだ。
さくらに、
「源さんがきたよ」
そういわれて辺りをみわたす。
そして源さんと視線をあわせられないまま、
「源さん?きてるの?」
そう言った。
「源さん、にに、見えないみたいだから、ばしんってやって」
さくらに言われて、源さんは少しだけ音をだしてみた。
「すごい、源さん、本当にいるんだね」
と喜ぶこうた。
源さんはしばらく、こうたとさくらに色々な音を出してみせた。
二人はとても楽しそうだ。
しばらくして、こうたが台所の流し台のうえから、お皿を持ってきた。
母親が用意しいったおにぎりだ。
さくらが頬張るおにぎりを見た源さん、
「なんか前より小さくなってないか?」
そう聞いた。
前に見たおにぎりはもっと大きくて、海苔もまいてあった。
しかし、今さくらがたべているのは、かなり小さく海苔もない。
さくらはおにぎりの事をこうたに聞く、
「にに、おにぎり小さい?って源さんが」
するとこうたが、
「お金ないんだよ、うち。だからぜつやくだってママ言ってた」
さくらはそれをそのまま源さんに伝える、
「まま、せつやくでないんだって」
これを聞た源さんはしばし悩んだが、今日はお菓子の準備もないのを見ると、
「他のメシ、じゃなくて、晩ご飯はちゃんと食べているのか?」
そうさくらに聞いた。
「うん。なっとたべてるよ、なっとすき」
とさくら。
納豆か、今も昔も安くて栄養満点、だが、夕食に納豆か。
源さんは少し考えた。
兄妹はおにぎりを食べ終えると、麦茶をゴクゴクと飲んだ。
そして、兄のこうたが自分の持ち物のなかから、お菓子を出してきた。
前に母親が置いていたお菓子だ。
「これ残しておいたんだ。きょうはおやつがないからこれ食べよう」
とさくらと半分に分けた。
それからは、テレビを見ることも、ゲームをすることもなく二人で絵を描いて遊んでいた。
その姿を見た源さん。
「追い出せって言われても、この子、俺の事わかるし、音だしても怖がらないし。
何か仕掛けても母親に俺の仕業って伝えるだろう。
今までのようにはいかないな、どうすればいいんだ」
源さんがやってきた、音をだしたり、物を動かしたりするだけでは、
この子たちには通用しない。
早めにって言われても。
と源さんは思った。
そして、ちいさくなったおにぎり、お菓子も無し、
薄暗くなり始めているのに、部屋の電気を付けようともしない二人。
「もしかしたら、金、ないのか」
このせせらぎ荘、古いという理由で家賃が相場より安い。
引っ越してきたときも、業者も使わず母親がほとんど一人で荷物を運んでいた。
あの軽トラはどこかで借りたんだろう。
「さっさと出て行かせろって」
引っ越すのにも資金がかかる。
源さんは複雑な思いだった。
「やはり事情を知りたい。何か助けになれるかもしれない」
そう思った源さん、さくらに問いかけてみた。
しかし、源さんの問いはさくらにはまだよくわからない様子だ。
そして、さくらの返事も源さんには理解できなかった。
そもそも、さくらは幾つだ。
「さくらちゃん、いまいくつだ?」
そう聞いてみるが、さくらは首をかしげたままだ。
「さくらちゃん、何歳?」
聞き方を変えてみた。
するとさくらは、自分の手の指を3本出して見せた。
「そうか3歳か」
源さんがつぶやく。
3歳の子からどうやって事情を聞きだせばいいんだ。
せめて兄のこうたと話ができれば、そう思う源さんだったが、こうたが源さんを見ることができたのは
初めて会ったとき一度だけだった。
「俺の言葉は聞こえないか」
辺りがすっかり暗くなったころ母親が帰ってきた。
ひどく疲れた様子だったが、なんとか明るく振舞っているようだ。
母親は小さな箱を取り出した、
そこには、「半額」のシールが貼られていた。
なかから、イチゴの乗ったショートケーキが出てきた。
食卓に皿に盛ったケーキを出し、そこにろうそくを立てる、3本だ。
ろうそくは、いつかの使いまわし、中古のようだ。
小さなショートケーキに3本のろうそくがたてられた。
ろうそくに灯がともり、母と兄妹の顔を照らす。
「お誕生日、おめでとう。さくら」
母親がさくらに向かって言う。
こうたも
「さく、おめでとう」
という。
ローソクを吹き消しすさくら。
その顔は嬉しそうだ。
「さくら、今日はプレゼントがないの、ごめんね」
母の言葉に、
「いいよ、ケーキがあるから」
そう言うさくら。
「ケーキ、ままとにに、さくらで食べよう」
とさくら。
母親はほんの少しだけケーキを食べて、
こうたとさくらが二人で分け合いながらケーキを食べるのを眺めていた。
顔は笑顔だが、眼に悲しみがあった。
そんな3人の様子を、部屋の隅から源さんが見ていた。
「今日はさくらの誕生日だったのか、ショートケーキひとつの誕生日か」
源さんは切ない気持ちになっていた。
「やはり事情を聞きだそう」
そう心に決めた。
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