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築50年、せせらぎ荘

せせらぎ荘は築50年のアパート。訳ありだよ

都会の片隅、

一昔前までは静かな住宅街だったが今でビルが立ち並び、かつての面影はない。


その中に、時代に取り残された?と思いたくなる風景が広がる場所がある。

よく探すと、いくつもだ。


その一つ、なんともノスタルジックな外観を持つのが

「せせらぎ荘」

築50年になるアパートだ。


ビル群を抜けた神社の隣、神社の敷地には多くの樹木があるから、

そのおかげで、ここらに吹く風はとてもやさしい。


木造2階建ての8世帯が暮らすアパートで間取りはすべて2DKだ。

以前は風呂がなかったが、今どき風呂無しでは入居者の確保も難しい。


かなり前、大家が一大決心をして全ての部屋に、風呂を増築した。

そのおかげか、いまのところいつも満室で空き部屋対策の必要はない。


しかし、このせせらぎ荘、住人の入れ替わりが多い。

一年に一度はどこかの部屋で住人が出ていってしまう。


今日もまさに引っ越しの予定があった。

101号室の住人が、退去するのだ。


大家が退去に立ち会う。

今までの住人は結婚したての若い夫婦だった。

がらんとした部屋で、大家と夫が最後の確認をしていた。

そして大家に鍵を返す夫。

引っ越し作業は3時間ほどで完了したそうだ。


若い夫婦は大家と目を合わそうともせず、引っ越し業者の一番小さなトラックに

家財道具を詰め込み、そそくさとせせらぎ荘を後にした。


夫婦とトラックを見送る大家、

この大家、もう70歳になろうかという老人だがまだまだかくしゃくとしていた。


トラックが見えなくなった頃、


「今回もよくやってくれた」

大家が小声で言った。


大家の隣には実はもう一人、男が立っていた。

しかし、その姿は普通の人には見えない。


大家にもその姿は見えていなかった。

けれど、大家にはその気配がわかっていた。


その男、このアパートに住む地縛霊といわれる存在だった。


「いつもあんまり気分のいいもんじゃないなあ。

住人を怖がらせて、しまいには引っ越させるって。

あの奥さん、相当怯えていた、俺は部屋で物音を立てたり、物を少しだけ動かしたりしただけなんだけど」

その男がつぶやく。


その男、いつからここに居座っているのか自分でもわからなかったが、

かつては「源さん」と呼ばれていた、それは覚えていた。


源さんがせせらぎ荘に「憑いて」いることに気づいた大家はある提案をもちかけた。

源さんが、住人に心霊現象をおこして怖がらせ、早々に引っ越しをさせる、というものだ。

頻繁に住人が入れ替わったほうが、儲かるのだそうだ。


ただし変な噂が立っては困るので、ほどほどに相手がそこまで追い込まれない程度にやれと。

そうすれば、ここに居座るのを黙認する。

だいたい、数か月から1年で引っ越すように仕向けろ。


これが大家からの提案だった。

拒否するなら、盛大に除霊を行うとまで言われた。

ここ以外に行き場所がない源さんはそれを受け入れた。


というか、大家は源さんの気配はわかるが姿は見えてない。そこまでの霊感しかもっていないのだ。

大家の話すことは源さんには聞こえるが、

自分の姿が見えない大家に自分の言葉は届かない。


源さんにはこの提案を断る術がわからなかった。


「次の住人は、来週には入居だ。今度も頼んだ」

大家はそう言うと、せせらぎ荘から引き揚げていった。


翌週、せせらぎ荘の前に一台の軽自動車が止まった。

中から、母親と子供が二人降りてきた。


母親は両手に大荷物を持ち子供たちも大きなリュックを背負っていた。

3人はそのまませせらぎ荘101号室へと入っていった。


「今度の住人か」

その様子を眺めながら源さんは部屋についていった。


部屋には、家財道具らしきものはほぼ無く、畳がむき出しになっていた。

そこに、荷物を下し、子供たちもリュックを置く。


源さんはその親子をじっと見つめた。

多少の霊感があれば、源さんからもその姿がぼんやりと見える。


母親の姿はぼやけて良く見えないが、二人の子供たち、

男の子と女の子、この子たちの姿ははっきりと見ることができた。


「男の子が兄ちゃんか、6歳くらいか、嬢ちゃんはいくつだ」

そんなことを考えながら二人を眺めていると、部屋の向こう側にいた女の子が

源さんの方を見た。


「あいつ、俺が見えるのか?」


女の子は源さんを凝視していた。


あわてて廊下にでる源さん、いきなり見つかるのはバツが悪い。

そう思った。


今日はこのまま何もしないで退散しよう、そう思って振り返ったところ、

その真正面に女の子が立っていた。


そして源さんに向かって、

「ね、パパ?」

そう言った。


「なんだこいつ、自分の父ちゃんと区別も出来ないのか」

源さんはそう思って、


「俺はお前の父ちゃんじゃない、おれは源さんだ」

そう言った。


「とうちゃん、ってなに? げんさん」

女の子が答える。


この子、俺の言葉が聞こえるんだ。


そしてもう一度、

「俺はお前のパパじゃない。源さんっていうんだ」

そう言いなおした。


「そっか」

女の子は寂しそうにうつ向いた。


「げんさん、わたしのパパしってる?」

女の子はそう言ってきた。


「パパ、いなくなったの」


それが源さんとその家族の出会いだった。


















新しい物語。

応援していただけると感激します。

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