聖女の私を追放した者たちへ、魔王と共に報復を
聖女見習いとして仕えるようになってから数年。
私はめきめきと頭角を現し、 ついには "聖女エリナ" と呼ばれるほどになっていた。
人々の前で祈りを捧げ、私の強力な癒しの力で病に苦しむ者たちを救う。
―― そんな日々の中で、私はみんなに慕われ、敬われる存在となっていった。
「おお、聖女エリナ様……! あなた様のお力で、家族が一命をとりとめました……! 本当にありがとうございます……!」
「お礼なんて……。 私はただ、神様から授かった力を使っているだけですから」
泣いて感謝する人々に慈愛に満ちた微笑みを返しながら、私は心の中でひそかに誇らしさを感じずにはいられなかった。
(私の力でこんなにたくさんの人を助けられている。 神様は、私にこの使命を与えてくださったんだわ……)
日々人々の苦しみを癒やし、慕われ敬われる中で自分が特別な存在なのだと感じずにはいられなかった。
けれど同時に両親を亡くした辛い過去を思い出さずにはいられない。
私の魔族の父と人間の母から生まれたハーフだ。
両親は種族の違いなど感じられないくらいとても仲睦まじく、私を一生懸命に育ててくれた。
しかし、ある日教会にバレてしまい両親は殺されてしまった。
私は、父の決死の抵抗のおかげで遠く離れたこの都市まで逃げきり、身分を隠して生活しているのだった。
(きっと神様は、 私の辛い運命を癒すために、この力をお与えになられたのね……。 みんなに愛され、 必要とされること。 それが私の生きる意味なのかもしれない)
そう自分に言い聞かせるように、私は祈りの日々に没頭した。
みんなの幸せのために、一生をささげようと心に決めたのだ。
しかし、私の平穏な日々は、長くは続かなかった ――
いつものように祈りを捧げ、人々を癒していた私の前に見慣れない一人の男が姿を現した。
神父の格好をしているが、髪も髭も黒々としている。
どことなく陰気な雰囲気を漂わせていた。
「聖女を名乗る若き乙女よ。その正体を現しなさい」
「……どういうことでしょうか。私は人々を癒す者。 それ以上でも以下でもありません」
「他でもない。お前の出自のことだ。 魔族の穢れた血など聖女を受け継ぐ資格はない」
その神父の言葉に、私は言葉を失う。
両親のことは、誰にも話したことがない。
しかしその神父は、まるで全てを見通すようにこう告げた。
「小賢しい嘘は無用だ。証拠は揃っている。 ――さぁ、 人々の前で、"聖女エリナ" の正体を明かすがいい。穢れた混血児だと」
神父の高笑いが、私の世界を音を立てて崩れ去らせた。
神父の言葉に、私の体が硬直する。
口から心臓が飛び出しそうなほど動悸が激しく、震える声でかろうじて言葉を紡ぐ。
「そ、 そんな……。 ど、 どうしてそんなことを……」
神父は不気味な笑みを浮かべ、私を見下ろしながら言った。
「ふん。どうしてもわからないのか? お前のような穢れた存在が "聖女" を名乗ることなど、到底許されることではないからだ。証拠を見せてやろう」
そう言うと、 神父は懐から一枚の紙切れを取り出した。
そこには、 私の出自に関する記述が細部にわたって記されていた。
「これは……っ! どうしてこんなものが……!」
「教会には、お前の出自を知る者がいたのだよ。お前の母親の友人だ。お前が幼い頃、孤児院に引き取られたときの状況をすべて目撃していたらしい。そいつの証言を得て、俺はお前の素性を暴くことができた。 ――この穢れた魔族の落とし子が」
してやったり、とばかりに紙切れを突きつける神父。
私は膝から崩れ落ち、震えが止まらない。
この出自は一生誰にも知られずに過ごせると思っていた。
それなのに……。
「偽りの "聖女" など、もう終わりだ。お前に与えられる答えは、ただ1つ―― "穢れた存在" として、魔族の世界に放逐されることだけだ。せいぜい魔物の餌にでもなるんだな」
その言葉は、私から最後の希望を奪い去った。
尊敬していた神父によって暴かれた私の出自は、たちまち人々の間に知れ渡った。
かつて私を "聖女様" と敬っていた人々の目は、一転して冷たい蔑みに変わった。
「ああ、なんてことだ……。 あの子は魔族の血を引く穢れた存在だったのか……」
「いやらしい……。 聖女の名を騙るだなんて、許せない……!」
「出て行け……! 魔族なんか、人間界に居場所はないんだ……!」
怒号とともに投石が飛んでくる。
そのいくつかが頬を掠め、切り傷から血が滲んだ。
痛みと恐怖で、涙が止まらない。
(どうして……。私は一生懸命みんなのために尽くしてきたのに……。なのにどうして、こんな目に……)
「出てけ! 魔族の穢れた血を引く偽聖女め!」
「人間の世界に、 永遠に二度と戻ってくるな!」
最後まで投石は止まず、 痛みと涙で前が見えなくなる。
人々に罵倒され、追放されること。
それが私の結末だと、絶望した。
誰も助けてはくれない。
私を慈しんでくれる人は、 もういない。
「神様……。 私は……私は一体、 何をすれば……」
神に祈りを捧げるが、 答えは返ってこない。
どこまでも堕ちていく。
闇の中へ、私は投げ捨てられた ――
追放されて三日。
泣き叫んでいた私の声も、すっかりか細くなっていた。
人間界と魔族の世界との狭間。
誰もいない暗い森をさまよう。 私には、行く当てなどなかったのだ。
(ああ、 神様……。私は、この世界のどこにも居場所がないのでしょうか……)
この先どうすればいいのか。
久方ぶりに、幼い頃に置き去りにされた森を思い出す。
あの頃と変わらない。
誰からも必要とされない私。
きっと生まれた瞬間から、そうだったのかもしれない。
と、そんな時だった。
「……美しい乙女よ。そなたに仇なす人間に未練はないのか?」
低く、艶やかな声が森に響く。
驚いて振り返ると、そこには銀髪に紅い瞳の美しい男性が立っていた。
「え……。 あ、 あなたは……?」
「私は魔王ゼイド。 ――魔族の王だ」
魔王……
その言葉に、 私の背筋がぞくりと震えた。
目の前に現れた魔王ゼイド。
その美貌と気品に、一瞬で心を奪われそうになる。
けれど裏切られ、 傷ついた私の心はもう誰も信じられない。
「……あなたは、 私をどうするつもりなの?」
警戒するように問いかける。
するとゼイドは、まるで私の心を見透かすように微笑んだ。
「そなたを害する気はない。 私もまた、 人間に愛する女性を奪われた一人……。 そなたの痛み、 よくわかる」
ゼイドの瞳に宿る悲しみは、 まるで鏡のように私の心を映し出していた。
「私はそなたの力になりたい。 人間を憎む気持ち、 私も同じだからだ。 ――さぁ、 我が城へ来たまえ。 魔族の姫君として、 共に人間界へ復讐を果たそうではないか」
魔族の姫君……。
その言葉に、私は息を呑む。
まさか、私のような境遇の者が、姫君に……?
「し、しかし……私はただの人間……。そのような大役は務まらないかもしれません……」
戸惑いを隠せない私に、ゼイドは真摯な眼差しを向ける。
「エリナ、そなたは特別な存在だ。人間にも魔族にも属さない、そなたの力があればこそ、 私たちは復讐を果たせる。 ――どうか、 我が姫君となり、 共に歩んでほしい」
ゼイドの言葉には、強い決意が宿っていた。
この人について行けば、私の人生は大きく変わる。
けれど、もう後戻りはできない。
「……わかりました。ゼイド様、 私……精一杯頑張ります。 姫君として……」
ゼイド様の差し出す手を取り、私は心から頷いた。
その瞬間、世界が光に包まれる。
目を開けると、そこは見たこともない豪華絢爛な城の中だった。
「ここが、魔王城……。なんて、広くて豪華なの……!」
圧倒された私に、ゼイド様は優しく微笑みかける。
「ようこそ、エリナ。 今日から、ここはそなたの新しい住まいだ」
こうして私は、魔王城の姫君となったのだ。
(ゼイド様……。 私を迎え入れてくださって、 ありがとうございます。 必ず、 期待に応えてみせます……!)
姫君となった私に、ゼイド様は優しく微笑む。
その微笑みを胸に、私は決意を新たにするのだった。
あれから、私とゼイド様の距離はぐっと縮まった。
鍛錬の合間には、二人でお茶を飲んだりと親密な時間を過ごすようになる。
そんなある日、ゼイド様が私にこう言った。
「エリナ、そろそろ人間界への進軍の時が近づいている。だが、そなたには城で私を支えていてほしい」
「え……?でも、私は戦に参加するつもりでしたが……」
ゼイド様の予想外の言葉に、私は戸惑いを隠せない。
ゼイド様は真剣な眼差しで首を横に振った。
「そなたを危険に晒すわけにはいかない。私は、かつて愛する女性を戦で失った。だから、そなたまで失うことは……」
ゼイド様の瞳には、深い悲しみが宿っている。
けれど、私の決意は揺るがない。
「ゼイド様、私はあなたの姫として、共に戦う覚悟ができています。どうか、私を戦線に立たせてください」
「エリナ……そなたは本当に、戦う覚悟があるのか?」
「ええ。私は……だから、ゼイド様のために、この力を使いたい。私は必ず生きて帰ってきます」
真剣な眼差しでゼイド様を見つめる私に、彼は葛藤の色を浮かべつつもやがて頷いた。
「……わかった。そなたの覚悟、嬉しく思う。私も、そなたを守り抜こう。共に、人間界を打ち倒すのだ」
「ゼイド様……!」
ゼイド様は私の手を取り、優しくキスをする。
その愛おしむような仕草に、私の心は幸福感で満たされていく。
(ゼイド様、ありがとうございます。私、必ずあなたとの約束を守ります……!)
かくして私は、魔王の寵姫として、そして戦士として、人間界への進軍に臨むことになったのだ。
進軍の日、ゼイド様は私の髪にそっと花飾りを結んでくれた。
「エリナ、そなたは今日も美しい。……勝利の暁には、改めてそなたに愛の誓いを立てよう」
「ゼイド様……はい、必ず勝ちましょう……!」
ゼイド様との愛を胸に、私は魔族の軍勢と共に、人間界へと乗り込んでいった。
人間界への進軍。
私は魔族の軍勢と共に、かつての故郷である王都を目指していた。
あれから月日が経ち、"聖女エリナ" の面影など、もうどこにもない。
黒装束に身を包み、復讐を眼光を宿した女戦士。
それが、 今の私だ。
王都が見えてきた頃、 ゼイド様が私の手を握りしめた。
「エリナ、いよいよだな。 あの人間どもを、私たちの手で打ち倒すのだ」
「はい、ゼイド様。 私の力、存分に使わせていただきます」
「ゼイド様、1つお願いがあります」
「なんだ? 言ってみろ」
「あの……私を陥れた教会の神父だけは、この手で成敗させてください。 あの者だけは、 私の手で……!」
復讐心に目を泳がせる私に、ゼイド様は優しくほほ笑む。
「ふむ、 それは楽しみだな。 任せたぞ、 エリナ」
ゼイド様の承諾を得て、いよいよ王都への突入が始まった。
街が戦火でどよめく中、そのどよめきの中で不気味なほど静かな場所があった。
――教会だ。
「神よ、 我らを守りたまえ……」
祈りを捧げる神父。
「お久しぶりですね。神父様」
私が教会に姿を現すと、神父は恐怖に目を剥いた。
「ば、化け物め……! なぜ貴様がここに……!」
「あら、覚えていないんですか? 私を "穢れた存在" 呼ばわりして、 追放したのは……ほかでもない、 あなたでしょう?」
ゆっくりと神父に近づく。
怯える彼の前で、不敵な笑みを浮かべる。
「あの時の屈辱、 今こそ返させていただきますね」
「ひいっ! 誰か、 助けて……あ、ああ……魔王ゼイド……!?」
突如現れたゼイド様を見て、神父は泣きそうな顔で懇願する。
「魔王ゼイド様……こ、この女に、私の命だけは……!」
「無様だな、神父。 元はと言えば、 そなたがエリナを不当に貶めた。 報いを受けるがいい」
「そ、 そんな……! あ、ああああっ!」
容赦なく神父に魔法を浴びせる。
彼は醜く歪んだ顔で、苦痛の叫びを上げている。
「これが、 私をおとしめた報いですよ、 神父様」
「許して……許してくだされえええっ!」
「見苦しいですね」
最後の一撃が神父を襲う。
絶叫と共に、醜悪な肉塊と化した神父。
それを見下ろしながら、私は少しばかりの爽快感を覚えていた。
(ざまぁみろ、 屑神父。)
私を穢れ呼ばわりした報いだ。
二度と、私を侮辱できまい。
「無駄な抵抗だったな。 ――エリナ、 本当に見事だった。 そなたなら、 この国を治められる」
「ゼイド様……!」
満足げに微笑むゼイド様に、私は心から嬉しくなる。
彼の腕に抱かれながら外の光景を見やる。
崩れ去る人間の世界。
そして、確かな手応えとして感じる魔族の勝利……。
「ゼイド様、 私たち、 勝ったのですね……!」
「ああ、そうだ。 これからは共に世界を作り変えていこう。 エリナ……」
ゼイドと口づけを交わし、歓喜に胸を躍らせる。
(ようやく、 望みが叶った……。 ゼイド様と共に、 新しい世界を……!)
今はまだ夢の中。
けれど、必ず現実にしてみせる。
私たちの理想郷を。
かくして、王都は魔族の手に落ちた。
そして私は、魔王の花嫁となり、新世界の王女となるのだった。
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