真実の愛ソムリエのわたくしといたしましては、それは星なしですわ
読むと書くとでは大違いですね。
作品を仕上げて投稿するという夢が叶いました!
◇◇◇
素敵なアイディアをいだたいたので、3本指のシーンの一部を書き足しました、ご指摘ありがとうございます。
誤字などご指摘ありがとうございます。
居酒屋→酒場に書き換えました
「そうねぇ、今回は5点満点中2.2ってところかしら。原作が星なしのあれですもの。あーでもあの女優さんの完成度はよかったし、音楽もよかったから3・・・はあげたくないわ。2.6、いや2.8かしら」
劇場前のカフェの通りに面したテラス席で真剣な表情でつぶやくのはピンクブロンドの髪を風にあそばせるリーチェ・フロンスト子爵令嬢。頬に影を作るほどの長いまつ毛をふるりとふるわせ、うっとりとアメジスト色の瞳を潤ませる。
今回は王太子さまと居酒屋の平民の娘が「真実の愛」に目覚めるパターンだった。
次の王さまである尊い王太子さまと酒場の平民との恋は確かに身分差の点で言えば確かにセンセーショナルだ、だけれども!
うーん、無理があるわよね。やはり王族と平民では接点がないものね。パレードですれ違って見そめるって、何人が沿道にいると思ってるのかしら。
しかも平民の元気な「らっしゃいませー!!」女子に真実の愛を見出した王太子さまが婚約破棄するのが隣国の王女さまというからこれまた設定がぶっ飛んでいる。
到底受け入れられない理不尽を突きつけられ嫉妬に狂う王女さまを演じたのがリーチェ一推しの女優だったこともあって、原作がいまいちのこの舞台も一応チェックしにきたのだった。
現実ではありえない理不尽な設定をひっくり返すさすがの演技力。原作より数倍説得力が増した舞台だった。
おかげさまで平民の間では大盛り上がりの作品になっているのだけど…
王太子が隣国との婚姻を破棄しちゃだめでしょう?ーそんなことしたら戦争ものよね。と末席ながら貴族に籍を置くリーチェは眉をひそめる。
ふぅ、と伏目がちにため息をつくリーチェを店中の人々が熱がこもったまなざしで注目していることなんて本人は全く気づいていない。
「リー!おーいリー!だめか、またどっか遠くにいっちゃってるな。」
仕事帰りの兄が通りから声をかけているが全く気づいていない。
儚げな美女が悲しげに憂い思い悩んでいるのが真実の愛番付についてだなんて誰も思うまい。
2年ほど前から流行り始めたこの「真実の愛」に目覚めてからーの
婚約破棄パターンの物語は小説や舞台が大成功するたびに、より身分の差が激しくありえなさが加速していっている。
リーチェは流行る前から注目していたいわゆる古参である。家も家格の割には裕福で、両親が趣味へのお金は糸目をつけないタイプだったので、ありとあらゆる真実の愛パターンを読み比べ、吟味し採点することが趣味になってしまった。
同じ趣味の友人と点数をつけ、語り合うのが楽しくてしかたない。
最近は舞台化された真実の愛にまで手を出しているので毎日忙しくてたまらない。
でもねー
と、いっぱしの自称・真実の愛ソムリエのリーチェは薄桃色のつややかな唇を少しつきだす。
やっぱり恋に落ちる根拠は納得できるものが欲しいし、あまりに荒唐無稽な設定ではふとした時に我にかえってしまうので、それでは味気ないと思ってしまう。
形の良い長く白い指を顎にあて、ゆっくりと首を傾げる。
無駄に色っぽいので道ゆく人もカフェをのぞきこんで立ち止まっている。
そう!身分差はあってもいい。あったらあっただけいいけれど!愛を育む背景はきちんと欲しい。
例えば、貴族につかえる使用人…いえ、それだとパワハラ案件でダメだわ。直接雇用関係にない…父親の執事の娘とか…そうねぇ、出入りの商人の子ども…だと貴族の坊ちゃんからの一方的なパワハラになるからーあ、貴族の坊ちゃんが知らない世界を教えてあげる系かしら。書物や家庭教師ではわからない現実の生の授業的な!
クワッと目を見開いて自分の思いついたストーリにご満悦のリーチェの視界いっぱいにヌッと兄ランドルフがあらわれた。
「きゃっ、お、お兄さま?」
「さっきから呼んでいるんだが、反応しないお前のせいですっかり不審者じゃないか。」
ふと辺りを見回すと店内の人々が心配そうに見ていることに気がついた。
「ほら、もう一回大きめの声で呼んでくれよ」
「ランドルフお兄さま!お仕事帰りでいらっしゃいますの?」
気持ち声をはりあげると、あちらこちらで「お兄さんですって」「ストーカーじゃないのね」「警備隊を呼ばなくてもいいのかな」などとヒソヒソされている。
ランドルフはやれやれとため息をつきながらメニューを手にとった。
◇◇◇◇◇◇
「で?いつにも増してぼんやりしているようだが、もしかしてルーカスのことか?」
その日の夜の食卓でランドルフが切り出した。ランドルフはすでに食べ終わっていて果実酒をゆっくり口に含んでいる。
ルーカスというのはランドルフの学園時代の友人で私の婚約相手ルーカス・バハートさま。学園を卒業してから第五騎士団に入り、子爵位の三男ながら堅実な仕事ぶりと優れた剣術で、この春から副団長を拝命した努力の人といっていい。
大柄で少々コワモテでだいぶ目つきが悪く非常に無口なため、一部の同業者を除くたいていの人に怖がられている人でもあるのだが。
周囲にはコワモテのルーカスさまが見た目中性的で優男のランドルフを守っていると思われているがその実態は、中身が少々ぼんやりで天然のルーカスさまをランドルフがフォロー、というか常々ツッコミをかます関係性である。
そんなランドルフの妹というのが効いているのか、ルーカスさまがほぼ唯一会話、というか意思疎通ができる異性はリーチェだけなのである。
世話好きのランドルフの計らいでなんとなくお付き合いがはじまり、あっという間に婚約の運びとなった。
自分の息子は結婚には縁がないと諦めていたルーカスさまのご両親からはびっくりするほどの歓待をうけ、実の娘のように実の息子よりも大事にされている。
ルーカスさまも大事にしてくれているなーと思っていたのだが…。
「月に一度のお茶会も7回連続で欠席してるからな」
口にいれた豚肉が咀嚼しきれず、一瞬返答が遅れてしまった。ルーカスさまは昨年の夏から窃盗団を追い詰めるのにお忙しいのだ。7回?数えている兄がちょっと怖い。
「あいつ、誠意がたりないんじゃないか?しめるか?」
「お兄さま、私は全く気にしていません」
「あやしいな、もしかして今流行りの真実のあ…」
「お兄さま!」
このケースだと盛り上がるのは学園時代の平民のご友人とかかしら?なんて呑気に妄想したら、バチが当たるかしら?
月に一度の個人的なお茶会をどれだけ欠席しようと、それは仕事優先でしかたないと思える。
ただ、公式の夜会はパートナー同伴がドレスコードでもあり、よほどのことがない限り婚約者がエスコートしないのはありえない。ありえないのだが。
前日になってルーカスさまの従者から間に合いそうもないのでエスコートはできないとの書状が届いた。
まだ窃盗団の事件が落ち着かないのかしら?
今夜は我が王国の末の王女さまの離宮での誕生日会である。王女さまは学園に通われておらず、ご学友が定まっていないこともあって、同世代の貴族籍の子女が幅広く招待されている。
庭園の花々は王女さまのイメージカラーに合わせた色合いになっている。
離宮のイベントごとに植え替えなさるのかしら?
などと、ぼんやりしていると、斜め上から「チッ」と舌打ちが聞こえた。見上げると急きょエスコートの代役をしてくれているランドルフが渋面で前方の人だかりをにらみ吐き捨てる。
「ありえないだろ。俗物が!」
人だかりの奥、ダンスホールのはじで一人の男性が腕を振り上げ、声高々とのたまっているセリフは…
「シャーロット!君との婚約を今夜限り破棄させてもらう!わたしは真実の愛に目覚めたのだ!」
まさかの生婚約破棄からの真実の愛コースである。
「まぁ!真実の愛だなんて!ほんとうにあるのねえぇ。」リーチェは思わずつぶやいてしまった。
「はぁ?」「あらあら、聞こえましてよ?」
ランドルフの呆れ声にかぶせてきたのは
「あら!エリス!」
「ふふふ、ランドルフさま、リーチェ、お久しぶりでございます。」
優雅にカーテシーを決めるのは家同士も仲がいい子爵令嬢のエリス・リットン。
「真実の愛ソムリエ的にはこのシチュエーションは星いくつかしら?」
羽つき扇で口元を隠しながら悠然と微笑む趣味を同じくする同士なのである。
「リットン嬢、なんだ、その真実の愛ソムリエというのは。」渋面でたしなめてくるランドルフを追いやり、エリスと羽つき扇の中で囁き合う。
「現実に見るとやはり興醒めですわ」
「そうよね、こんな大衆の面前で行うことでもないですし・・・」
横目で人だかりの奥を見やると、衛兵に両脇を抱えられ連行される先ほどのどこぞの子息の後ろ姿が垣間見えた。
「そりゃああなりますわね、せめてご自分が主催のパーティーでなさればいいのに」
「ねぇ、今日は狼さんのエスコートじゃないのねー」
「狼さんって…まぁ言いたいことは分かるけど、ルーカスさまは最近お仕事が忙しいみたいなのよ…」
「まぁ、でもこの前デートしていたじゃない?」
この前?二人で会ったのは本当に半年以上前なのだが…
考え込むリーチェにエリスがニッコリ笑って言った。
「ほら、ついこの前、王太子と平民の舞台にいらしてたでしょ?リーチェには会えなかったけど、ルーカスさまを会場のホールで見かけましてよ?似合わないというか場所慣れしてないというか。目立ってましたわ。あーでも、とうとう自分の趣味に彼をひきずりこんだのね!ふふふ」
◇◇◇◇◇◇
エリスの話の真偽も問えぬまま二ヶ月が過ぎた。あの夜会から二度お茶会の機会を設けたが、ルーカスさまは一度もお見えにならなかった。
だから今日の日を楽しみにしていたのだけれど・・・
「ほんとにあいつはなんなんだ?失礼にもほどがあるだろ。」
先日の王女さまのパーティーの日のデジャブのようにランドルフが憎々しげに吐き捨てる。
ルーカスさまに関してはたいてい呑気に構えているリーチェも今回ばかりは少々戸惑っている。
今日はバハート子爵の屋敷でルーカス主催の夜会に招待されたのだ。
三男でありなにより人と関わることを苦手とするルーカスがパーティーを企画し主催するなど天変地異もいいところ。
そのせいか会場は広々しているが、客はまばらでみな戸惑いの表情をみせている。
学園のお友だちかしら?となんとなく視線を向け、何度かバハート子爵夫人にお呼ばれしているリーチェは気づいてしまった。その少ない客も侍従や使用人が貴族風の格好をさせられているということに。外部からの招待客は私たちだけかもしれない…。
頼みのルーカスさまは姿を見せず、バハート子爵夫妻も目に見えてオロオロしている。
ランドルフとリーチェが会場入りするなり奥に引っ込んでしまい、その後も一定の距離を保つよう動いているようだ。つまり避けられている。
「馬鹿馬鹿しい、不愉快だ。リーチェ、帰るぞ。」
会場入りして10分はこの居心地悪い空間に我慢してきたランドルフが扉に向かう。
いつの間にか会場内に流れていた楽団の生演奏も止んでいる。
あと5メートルという距離で、バンっと勢いよく扉が開いた。
そこには正装である黒の軍服に身を包んだルーカスが立っていた。いつにも増して凶悪な表情で熊でも射殺しそうな目線である。
頭一つ上から鋭い視線を受けつつも、ランドルフが体をこわばらせながら低い声を出す。
「ルーカス、なんのつもりだ、そこをどけ!お前とリーチェとの婚約は」
被せるようにルーカスが大きく右手を振り上げ、朗々と宣言した。
「リーチェっ!…嬢!おま、きさ…あなたとの婚約は破棄させてもらう!わたしは真実の愛に目覚めたのだ!」
何度も小説や舞台で聞いてきたセリフ、あぁこれが
「婚約破棄・・・」
ルーカスさまは会場に入ってから一度もリーチェと目を合わそうとしない。なるほど、これが婚約破棄なのか、と頭の冷静な部分で噛み締める。
「きっさまぁぁ!上等だ!そこをどけ!」
「いや、どかないっ!」
胸ぐらにつかみかかる勢いで怒鳴るランドルフにルーカスは微動だにもしない。
「はぁ?どかないと帰れないだろ!どけってば」
「ランドルフだけ帰るのか?」
「あほか!リーチェを連れて帰るに決まってるだろ!」
ここでやっとルーカスさまがリーチェを見た、眉がへにょりと下がり、悲しそうに。
「リーチェ嬢、帰るのか?」
声色はいつものルーカスさまのそれで、低くかすれている。
「ルーカスさま、婚約を破棄したいのですね」
「そうだ。真実の愛に目覚めたからな」
「そうですか・・・」
小説のように、舞台女優のように憎しみも嫉妬もなかった。ただただ悲しかった。心が抉られるようだった。
なるほど、9ヶ月もの間会えなかったのは、真実の愛に目覚めたルーカスさまがどちらかのご令嬢に心を傾けた結果だったのだ。
そう考えると真面目で真摯なルーカスさまらしい行動ではある。
そういうところも好ましく思っていたのだけれど…
いけないいけない、鼻の奥がツンとしている。貴族たるもの人前で気持ちを露わにしてはいけないわ。なにより矜持が許さない。特に涙だなんて。
リーチェは眉間に力をこめ、それとなく奥歯を食いしばった。
「なぜそんなにつらそうなのだ?」
目を開けると心底心配そうにルーカスさまがのぞきこんでいる。
「お前ほんとに馬鹿か?妹をなんだと思ってるんだ!!!」
「真実の愛に目覚めたのに、それが嫌なのか?」
「嫌に決まってるだろ!婚約者が他の女を愛するなんて!」
オロオロしはじめるルーカスに唾を飛ばす勢いのランドルフ。バハート子爵夫妻が会場の奥から真っ青な顔で走り寄ってくるのが見えた。
「え?他の女なんていないが」
耳まで赤くしてルーカスがリーチェを見つめる。
「わたしにはリーチェ嬢しかいないのだから」
んん?
ぎゃあぎゃあ喚いているランドルフの袖を引いてリーチェがルーカスと対峙する。
いつものように、静かに語りかける。
「ルーカスさま、私との婚約を破棄なさりたいのですよね」
「・・・あぁ、そうだ、真実の愛に目覚めたからな」「てんめぇ!!」
ルーカスの声で、ルーカスの言葉で聞くとやはり衝撃がすごい。しかし、先ほどのセリフとのすり合わせができない。リーチェはふっと息を吐き、怒り狂うランドルフの腕を軽くたたいてひたとルーカスを見上げた。
「差し支えなければ、どなたに真実の愛を見出されたのか教えていただけますか?」
会場全体が息をのみ、緊迫した静寂が包み込んだ。
「わたしの真実の愛の相手はリーチェ、リーチェ・フロンスト嬢・・・あなただが」
会場全体に大きなクエスチョンマークが浮かんだようだ。
「えっと・・・わたくしとの真実の愛に目覚めたから、わたくしとの婚約を破棄したい・・・ということでしょうか」
「そうだ、そうだが、なにか問題があるのか?」
「待て待て待て、問題しかないが」
一瞬白目を剥いていたランドルフがルーカスの肩をつかむ。
「お前、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
ルーカスはドヤ顔で胸を張る。
「リーチェ嬢が真実の愛に憧れていることを知り、わたしなりに小説を読んだり舞台を見たりしてきたのだが、」
今度はリーチェがランドルフと入れ違いに白目を剥きそうになった。一体どこから隠していた趣味がもれたというのか??それよりも、る、ルーカスさまがあれ系の小説を読まれるなんて!
ランドルフは静かにルーカスの肩から腕を外した。目線で続きを促す。
「読んだ…んだが、なんだかよくわからなくて」
「…まぁ、そうだろうな、お前小説や物語を読まないタイプだろう?もしかして初めて読んだんじゃないか?作り物のお話ってやつを。」
そんな人間いるはずが!と幼い頃から物語に親しんできたリーチェが目を剥く。視界の隅でバハート子爵夫妻が大きく首をたてにふっていた。
えぇっ、物語を読んだのがはじめて??
バハート子爵夫人は祈るようなポーズでリーチェを涙目で見ている。
ルーカスは眉間のしわを深くしてランドルフに訴えるように言葉を続けた。
「真実の愛というのは、相手を真に思う愛なのだろう。家同士の契約のような婚約とは違うと理解した…違うのか?婚約破棄は自分の屋敷でするべきだというからパーティーを主催したのだが。」
「あー。うん?えっ、そうなのか?婚約破棄のためのパーティー?は?」
ランドルフはリーチェを振り向く。
「ルーカスさま、巷で流行っている婚約破棄からの真実の愛の物語には主要な登場人物が3人出てきます」
「えっ、3人?」
会場の人々も貴賤を問わずうんうんとうなずいている。
「えぇ、最低3人いないとお話になりませんのよ」
リーチェはルーカスの前に右手で2本、左手で1本指を掲げ、右手を軽く振りながら説明を始めた。
「まずは元々婚約していたこの二人です。」
「ふむふむ、婚約しているということはわたしとリーチェ嬢だな?」
「ではこちらがわたくしとしましょう」
リーチェは中指だけをピコピコ振ってみせた。
「とするとこちらは?」
中指を折り曲げ、人差し指だけを立たせて小首を傾げルーカスを見る。
「それがわたしだな!」
「はい、その通りです。」
ルーカスさまはパッと明るい表情になった。ルーカスさまにしてはとても嬉しそうである。かわいい。
「このルーカスさまが・・・」
右手の人差し指をピコピコ振りながら左手の人差し指に近づける。
リーチェの手の動きに合わせてフンフン頭を振っていたルーカスが明るい声を出す。
「それはランドルフだな!」
「んなわけあるか!」
「残念、ルーカスさま、これはお兄さまではありません。あら、まぁ、上級者向けだとそれもある…」
「リーチェ」
ランドルフが今日一低い声でたしなめる。
「んんっ、それはそれとして、こちらのご令嬢と恋に堕ちるのですよ。」
リーチェは両手の人差し指を軽くくっつけた。
「えぇぇ!ご令嬢?リーチェ嬢以外の?」
ルーカスは切れ長の細い目をこれでもかと開いてリーチェを見る。眉をヘニョっと下げて困っている。かわいい。
「ルーカスさまはこちらのご令嬢に真実の愛を見出し・・・」
リーチェは指にむけていた目線をルーカスに戻しながらことさらゆっくりと
「婚約破棄をして、婚約者を捨てるのです」
と続けた。
「これが今流行っている物語の大筋ですわ」
またしてもおかしな沈黙が流れた。
リーチェは驚愕の表情のままのルーカスの握りしめている拳が小さく震えていることに気づいた。
今日は本当に表情豊かだ。
「ルーカスさま?」
「り、リーチェ嬢、あなたは…わ、わたしとの、婚約を、破棄したいのか?」
「おいおい、婚約破棄を言い出したのはお前だろう?」
真っ当なツッコミをいれるランドルフを全く視界に入れず、ルーカスは言い募る。
「リーチェ嬢、わたしにはあなたしかいない…わたしの真実の愛はあなたへの愛だ!わたしと真実の愛の婚約をしよう!」
リーチェはクワッと目を見開いて声高らかに言った。
「ルーカスさま!真実の愛ソムリエのわたくしといたしましては、それは星なしですわ!」
「え…ソムリエ?え…星なし?だ、だめなのか?」
「全くダメです!最低限の基準も満たしていないので評価の対象にもなりませんっ!」
「そんな…もう、わたしたちはダメなのか?」
力なく床に膝をつくルーカスさま。
ほんとうにこの人はかわいらしい。
笑わないように内頬を噛みながらリーチェはわざと厳かに言う。
「ルーカスさま、婚約は破棄しません。わたしはルーカスさまと結婚します!」
「リーチェ、こんなのと結婚でいいのか?考え直せ!」
左からランドルフに真剣な顔でささやかれ、
「リーチェさん、ほんとうに息子がアホでごめんなさい!どうか捨てないで!」
と右からバハート子爵夫妻にすがりつかれ、正面には床に座り込む大型犬のようなルーカスさまが涙目でリーチェを見上げてくる。
とうとうリーチェは声をあげて笑ってしまった。
空気を読んだのか楽団の明るい調べが会場を包む。
「ルーカスさま、今度わかりやすい小説をお持ちしますわ、一緒に読みましょう」
誤字やわかりにくいところなど、ご教示いただけるとありがたいです。