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Broken World  作者: おにまる
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プロローグ






ーーーー彼の地の友よ救いを与えて



彼の地の友よ優しいその手でーーーー




少年の歌声は伸びやかにその室内にこだまする。

クレヨンが壁や床を滑る音がまるでリズムをとるように、そして絵を描く少年はまるで踊るように小さな部屋の中で動き続ける。




ーーーー迷える魂は貴方という光を見つけて



きっと、還っていく貴方の御本(みもと)へーーーー




「ママン、ねえ褒めて。この間教会で教えてもらった歌、もうこんなに上手く歌えるようになったんだ。僕。」



ピタリと手を止めた少年は暗い部屋の中でポツリとつぶやく。

振り返った少年は満面の笑みを浮かべて、月明かりに照らされた床のうえで横たわる女性に視線を向ける。少年の名はティメオ・シュヴァリエ。つい先程、最愛の母親を殺したばかり。


最愛の母。

そう、ティメオにとって母親はこの世の全てであった。自分と母を捨てて行った父親、たとえその頃から母親が自分に暴力や罵声を浴びせる存在になったとしても。

それでもティメオは母を愛することを辞めなかった。

自分が父親の代わりになればいいのだと、一心不乱に母親に愛を送り続けた。

しかしながら、今の状況はその愛が届かなかった結果だとも言えるのかもしれない。


母親はティメオを殺そうとした。

首を絞めて「あの人が出ていったのはあんたのせいだ」と人生全ての憎悪をティメオに向けた。


だから仕方なかったのだ、母親は悪魔に取り憑かれたのだとティメオは思うことにした。そうしないと自分が壊れてしまう気がしたから。

だから殺した。母親の中に宿ってしまった悪魔を追い出すために。



“あんたがあの人に似なかったから、どうして!!あんたの青い目が憎い、あんたのその金色の髪が憎い!!”


“ママン、ごめんなさい、ごめんなさい!”


“どうしてあんたが生まれてきたの、生まれて来なければ、いや違う…あんたが死ねばあの人は帰って来てくれるかも…”


“やめて、やめて…苦しいよ…っ悪魔なんかに負けないで、ママン…!”



その瞬間の声がまだこの部屋の中に、いや、頭の中に反響しているような気がしてティメオは頭を押さえてクレヨンを落とす。


「うるさいやめろ!!!あんなの、ママンの本心じゃない!!悪魔が言わせたんだ!!あんな言葉ママンは言わない!!言わない言わない!!!」


痛む頭を押さえながらティメオはその場に蹲る。

視線を地面に落とすと血まみれのナイフがそこには落ちていた。

生き残るためにそして悪魔から母親を救うために、泣きながら何度も、何度も、何度も、母親の胸にナイフを突き立てた。

その感触がまだ両手には残っている。


どこで間違ってしまったのだろうか。そもそもこれは間違いなのか。

自分の愛は母親には届いていなかったのだとでも言うのだろうか。一瞬も?一欠片も?何度も自分の中で問いかけるが答えてくれる人などいない。

だが、そうだと言われれば納得するしかないのだろう。結局優しかった母親は、終ぞ正気に戻ることなく血まみれで床に転がっているのだから。


ティメオは這いずるように母親の亡骸に近づいて、その血に塗れて冷たくなった手を掬い上げる。



「ねぇ、ママン。それでもさ。ママンは天使に戻れたんだよね。だからあの時僕に笑顔を向けてくれたんだよね。…僕は上手くやれたってことなんでしょう?」




ーーーーーーありがとうーーーーー



そう、最期の瞬間、彼女は確かに笑った。

自分に刃を突き立てたティメオを抱き締めて、頬を撫でて愛おしそうに微笑んだ。


ーーーーこんなクソみたいな世界から退場させてくれてありがとう。いい子ね、ティムーーーー


その笑顔がどんなに歪んでいたとしても、ティメオにとって重要だったのは母親が最期に微笑んでくれたこと、そして自分を抱き締めてくれたこと。

それを思い出して、ティメオは確信を持つ。


死こそが彼女にとって最高の救済だったのだ、と。


「ママン、僕はママンを助けることが出来たってことだよね?これからもたくさんの人を助けるから、ね。ママン。これからもずっと僕を見守ってて。」



冷たくなった母親の手を自分の頬に持っていき、愛おしそうに頬ずりするとゆっくりとその手を降ろす。

そうして優しい月の光が降る窓の外へと視線をやった。



「きっとこれが、神様が僕に与えてくれた使命なんだ。」



それでも涙が流れるのは何故なのか。今のティメオには自分の犯した過ちに知らないフリをすることしか出来ない。



_________________________________





ティメオ・シュヴァリエによる実母殺害事件に関する報告書




当時6歳という幼い年齢、及び凄惨な犯行現場から本人の殺害遂行能力により、多数の疑問の声が上がる。

母親を「天使」と信じており、動機は「悪魔に取り憑かれていたから」と本人からの証言あり。

現在でも現実と妄想の入り交じったような言動を繰り返している。


体には母親から日常的に受けたと見られる虐待の跡、首にはしめられた跡があり、正当防衛の可能性。

そして幼さゆえに精神に異常を来たしていると判断。

精神科への入院とカウンセリングによる更生を促す判決が下る。



以下は彼と話したカウンセラーと医師の証言である。


「母親が敬虔な宗教信者であったためか、彼自身も異常なまでに神の存在を信じている。しかし、認識にはかなりの歪みが見られるため、私はまず彼の認識を改めることから始めることにした。

だが、彼の持つ世界を変えるに至らなかったのは私の力不足によるものだ。彼は16歳になった今でも、母親は天使だったと信じている。そして虐待は悪魔に取りつかれたがゆえのものであり、母親の本意ではなかったと言い続けている。



現在の彼は様子について


常に笑みを絶やさず、私に対してもいつも紳士的な態度で接してくる。

現在の彼からは悪意を感じず、人を害するような精神状態ではないと判断する。


以上のことから、ティメオ・シュヴァリエの精神科退院を認めるものとする。」


この医師とカウンセラーは後日、何者かによって殺害され、警察は容疑者として、現在退院したティメオ・シュヴァリエの行方を追っている。




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