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夏の雨。
小さな家に降り注ぐ。
そして雨音に紛れて御経が聞こえてきた。
小さな家に小さな部屋。
大勢の親戚が神楽を囲んでいる。
仏壇の上に置かれた写真の人物は幸せそうに笑っていた。
先週の土曜日に神楽の兄、斎堂時隆が交通事故により死んだ。
仕事の帰りに大型トラックと衝突して…即死だったそうだ。
病院に駆け付けた神楽は呆然と立ちすくんでいた。
涙が出てこなかった。
当然のことだ。
自分が願ったことなのだから。
「可愛そうにねぇ。兄弟二人だっていうのに。」
「お金は大丈夫なのかしら。」
「時ちゃんが貯めていたお金でなんとかなるらしいわよ。」
「まぁ、そうなのぉ。大変ねぇ。」
周りの声が妙に耳に入った。
神楽は泣くことも笑うこともなく、ただ仏壇の上に置かれた時隆の写真を見つめていた。
雨は変わらず降り続けて、部屋のなかに湿気を籠もらせる。
大嫌いな夏。
親戚が帰ってからも神楽は一人静かに写真の前に座っていた。
「これ。病院に運ばれたお兄さんが手に握っていたそうだよ。」
御坊さんが神楽に一枚の紙切れを渡した。
「これは?」
「君宛ての手紙だよ。」
「手紙………?」
それは確かにあの兄の字だ。
バランスが悪くて、崩れた字。
そんな汚い字で表に『神楽へ』と書いてあった。
「君のお兄さんは自分の死が近いのを分かっていたようだね。大丈夫、誰も中は見ていないよ。」
「…………ありがとうございます…。」
兄からの手紙。
死んだ兄からの手紙。
「じゃ、そろそろ私は帰らせてもらうよ。」
御坊さんはそう言うとお辞儀をして玄関から出ていった。
神楽はそれを見送ると視線を写真に戻した。
誰もいない古びた家に一人、死んだ兄の写真を見つめる。
聞こえるのは雨音と時計の音だけ。
静かすぎるリビング。
「あんたがいた時は少しはにぎやかだったかな。」
笑う兄の写真。
それから、神楽は手紙に視線をおとした。
そして、ゆっくり手紙をあけて中の紙を取り出し目を通す。
「………―――――っ。」
手紙を持つ手が震えだした。
今まで湧き出てくるはずのなかった感情が一気に溢れだす。
「何で………、何で?」
震えて言葉がはっきりしない。
涙で手紙が読めない。
読みたくない。
「うあああああああああぁぁっっ!!」
一人泣き崩れる少女。
笑う少年の写真の前で。
泣いた。