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大きく開かれたルビー色の瞳が神楽を突き刺す。
「自分で殺せばいいじゃない?」
イフは繰り返し言う。
「……ふざけんなよ…っ!そんなこと出来るわけないだろ……!?」
神楽は怒り狂って声を上げる。
「なんで?殺したいんでしょ?そんなこと、私に頼まないで自分でやればいいじゃない。それとも、ただ口先だけ?本当は殺したくないんじゃないの?」
幼いような大人びたような少女の声はひどく優しい、そして、ひどく残酷。
神楽は少女の苦痛の言葉に眉を潜める。
そうだ、今までだっていくらでも殺すチャンスがあったはず。
それで私は何をしてきた?
ヤツを……兄を殺そうとした事があるか?
唇が震えて止まらない。
私は今まで何を………。
神楽は俯いて黙ったまま。
「図星ね。」
「ぅ…うるさいっ!!お前に何がわかる!?私の気持ちなんか…誰にも分かるばずがないんだ……っ!?」
張り詰めた空気の中に神楽の声が響く。
「っ……ふざけたことを言っているのはあなたの方でしょ……。あなたの気持ちなんか誰にも分からない。分かるはずがない。私の気持ちだって……。」
一瞬、イフの顔が曇る。
何かを思い出しているかのように視線が動いていた。
「でも、あなたの一番そばにいて、あなたの気持ちをよく分かってくれる人だっているじゃない?」
イフは顔を上げて笑う。
「……………いない。そんなヤツ。私の気持ちを分かってくれるヤツなんか………。」
「…………。」
イフは静かに神楽を見つめる。
それから、窓の外に見える満月に目をやった。
イフの目に映った月は白い光を放って輝いている。
「大切なものはいつも傍にある。だけど近すぎて、その大切さを忘れてしまう。思い出そうとしても思い出せなくなる。一度、忘れた大切なものは失う直前に気付く。遅ければ失ってから気付く。」
イフは歌うように呟いた。
大切なもの。
忘れてはいけない。
大切なもの。
「…大切な…もの………。」
神楽は無意識に口ずさんでいた。
「決断ができたら、いつでも私を呼んで。願いは叶えてあげてもいいけど一つだけ忠告しておくよ。」
白い少女は真剣な眼差しで神楽を見た。
『大切なものはちゃんと心に止めておいて。』
また、深い夜に月が浮かぶ。
「で?そのあんたがなんで、またここに来たの?私は呼んだ覚えはないけど?」
神楽は刃物をもった手を震わせながら後ろを目だけで見た。
白い少女は微笑して頬を赤らめる。
「いやぁ、もう決断したかなあ?って思ってね。」
少女はへらへらと笑っている。
自分の兄のようだ。
いつも頼りなく笑って、
大嫌いな兄。
「あっそ………。それで兄は殺してくれるの?」
神楽は話を戻して少女に問う。
「だから自分で殺せばいいでしょ?」
イフは表情をかえて小さく言う。
「……な、何で私が殺さなきゃいけないの……っ!?あんたは悪魔だろ!?なら、人の願いをただ叶えればいいじゃん!?」
神楽は息をきらして叫んだ。
肩を上下し、顔に手を当てる。
「…………―――――っ!」
ふと、視線を前にやると、イフの瞳から雫が一滴落ちた。
「何、泣いてんの?泣きたいのはこっちだよ。願いを叶えてもらえないで、しかも、兄を自分で殺せとか、意味分かんないし。」
イフは小さく鼻をすすって、微笑する。
「ごめんなさい。そうよね。分かったわ、願いを叶えてあげる。」
「じゃ、さっさと消えろ。」
神楽は冷たくはき捨てて、背を向ける。
数秒たって後ろを振り向くとそこには誰もいなく、いつもの殺風景な部屋だった。
『…………大切なもの…あなたは失ってから気付くのね………。』
それを言い残して白い少女は消えた。