───☆───
私はカナリア。
家族もいなければ、親戚もいない。
あるものは誰が残したのかも分からない人形たちと、ぼろぼろの小屋。
いつもは路地裏で小さな人形劇をして生活のやりくりをしている。
今日もまた…
「わあ、おねえちゃん上手」
「すごいわね。でも時間がないんだから急ぎましょ」
「はーい」
小さな男の子は私の手元の人形をきらきらした目で見つめていった。
コインは貰えなかったけど喜んでもらえて少し嬉しかった。
陽も暮れてきた。
そろそろ小屋に帰ろう。
そう思って片づけをしていたときだった。
「可愛らしい劇でしたね」
「ありがとうございます…えっと」
そこには顔の顔のとても整った若い男性が立っていた。
男性は私に近づき、人形に手を伸ばした。
「片付け手伝いますよ」
「あ、いえ結構です。自分でやります」
「いいから。手伝わせてください」
男性は優しい笑顔で言った。
私は彼の優しさに胸が高鳴った。
「ありがとうございます。」
男性は荷物を私の家まで運んでくれると言った。
ありがたかったがあんな小屋を見せられるわけがない。
「私の家、散らかってるし、ここまでで大丈夫です」
「遠慮しないで。僕は君の劇に本当に感動した。君のために何かさせてほしい」
「でも…」
彼は本当にきれいな笑顔で笑う。
そんな顔で言われたら断れない。
「ここが君の家?」
「ええ」
彼は少し驚いた顔をした。
それはそうだろう。
こんなちっぽけで埃まみれで、あちこち雨漏りをしていて、少し衝撃を与えたらすぐに倒れそうなくらい傾いた家。
「ここまで助かりました」
「いえいえ。あの、ちょっとお邪魔していってもいいかな」
「え…、はい、構いません。こんな家ですが大丈夫ですか?」
私は少し心配な面持ちで彼に聞いた。
「気にしないよ。君とちょっとだけ話したいだけだから」
「…はい」
私は彼に残っていたわずかな紅茶を出した。
「おいしい」
「本当ですか?よかったー…」
「けど」
「?」
「弟が紅茶が嫌いだから、紅茶臭いって言われちゃうかな」
彼はおどけた顔で言った。
「すみません…」
「いやいいんだよ」
「弟さんがいらっしゃるのですか?」
「うん。双子の弟が」
「双子ですか?凄いですね。あなたみたいに優しい男性でしょうね」
私は彼そっくりの優しい人を思い浮かべた。
しかし彼はおかしく笑いながらカップを置いた。
「それが案外違ってねぇ、僕とは全く正反対の弟なんだ」
「へぇ。双子って全てが似るんじゃないんですね」
「まあ、顔はそっくり…らしいんだけど。自分じゃ分からないんだよね。はは」
彼は楽しげに話を続けた。
いつもは寂しい小屋で私も笑って話を聞くことができた。
「そういえば、君はこの家に一人で住んでいるのかい」
「ええ、親戚も誰がいるのか全然知らなくて…」
って、なんでまだ初対面の男性にこんなことを…
私は口を閉じた。
でも彼は、
「続けて」
「あまり話したくないのですが」
「いいから、続けて」
「はい」
そうして私は話せるところまで彼に話した。
話の途中、彼は真剣な顔で私を見つめていた。
話し終え、数秒の沈黙が流れる。
「なあ、君…えっと名前がまだだったな」
「カナリアです」
「カナリア。今度僕のところに人形劇をやりに来ないか」
「なにかイベントがあるのですか」
「僕の結婚式だ」
え…。
そっか、こんなに優しいもん。
恋人がいないわけない…。
「いいですよ。それで、どこでやるんですか」
「国の城」
「…え、お城ですか?」
「えっと…、言いにくいんだけど、実は僕、王子のリム…なんだ」
「リ!リム様…!?」
私は立ち上がり勢いよく頭を下げた。
「もももも申し訳ありません!!リム様だと知らず、馴れ馴れしい態度をとってしまって…!」
「いや、いいんだ。むしろこのくらいが僕にとっても話しやすいし。堅苦しいのはやめてくれないかな」
「申し訳ありません!」
「それで人形劇の話なんだけど…」
「滅相もありません!私のような小娘が行ってもなんの役目もはたせません!」
「さっき了承してくれただろう?決定だ。当日使いを迎えにいかせる」
「そんな!だめです!」
私は断り続けたが、彼は私に肩をつかんで微笑んだ。
「大丈夫。君ならできる。僕を感動させた劇だ。頼む」
リム様からお願いされるなんて…
「わ、分かりました…。リム様がそこまで言うなら…。それで、いつごろ開かれるのですか?」
「二ヵ月後かな」
「分かりました」
二ヶ月後…
お城で劇を…
考えただけで足が震えた。
「じゃあ、僕はそろそろ」
「途中までお送りします」
「いいって。もう時間も遅いし。帰り道、女の子一人じゃ危ないよ」
「はい…。あ、今日は本当にありがとうございました」
帰っていく後ろ姿に慌ててお辞儀した。
「ことらこそ。今日は楽しかった。また明日もきていいかな」
「こんな何も無いところですが…それでもですか?」
「うん、それでも」
「そ、そうですか。いつでもいらしてください」
「じゃ」
「お気をつけて」
リム様は帰り際まであの優しい笑顔だった。
それから毎日のようにリム様は私のところへ来るようになった。