久瀬と橘2「しせん模索中」
体育の時間、体育館の壁に寄りかかって休憩している私の横には、橘さんがいた。適当にバスケをする級友を見つつ、特に仲良くもない私たちの間に会話は無かった。
体育の時間でも見学の橘さんは制服だ。彼女は固く冷たい床の上に、ちょこんと体育座りをしている。見慣れた濃紺のブレザーに、絵の具で塗ったような黒髪と、彼女自身の雰囲気も合わさってここだけ重い空気が感じ取れる。風通しのいい位置で休憩しているはずなんだけど、会話が無いことも後押しして、彼女の隣は少し息苦しいと感じた。
「久瀬っちー、試合するけど、入る―?」
コートの中で球をだむだむしている友達からお誘いがかかる。バスケ部に所属している彼女は、慣れているぞ、どうだどうだという風体だ。
「もうちょっと休憩しとくー」
教師を含め授業に本気で取り組む人は少なく、みんなが適当に休憩しつつ、適当に試合をする。そこそこ楽しく、楽をすることは、それを大衆が望んでいるからだろう。
それにしても橘さんは可愛い。横にいる彼女を見て改めてそう思う。顔はくっきりと整っていて、髪の毛とは対照的に肌は白く、体は小さい。運動をばりばりやるぜー、っていう風ではなく、なんていうか儚い? 感じがする。
「ねえ、何をじろじろ見ているの」
橘さんはこちらを見上げ、じとっと絡みつくような視線を向ける。線の細い、華奢な体なのにどこか迫力があり、気圧されてしまう。
「べ、別に。なんでもないよ」
咄嗟に弁明しても、彼女はふーん、と納得してなさそうに眉をひそめる。問い詰められない、というのが逆に責められているように感じ、いたたまれない。
「……まあ、あんまり見つめないでね、照れるから」
そう言ってそっぽを向いた彼女の顔は、僅かに朱を帯びていた。
「いやあ、そんな色っぽい意味で見てた訳じゃ」
ないんだけど。ないよね。ただ目に入って、惹きつけられて、それで。
「違うの?」
「まあ、うん、一応」
「そっか……、そっかあ」
恥じ入るように声は小さく、彼女は自身の膝に顔を埋め、そのまま頭をぐりぐりする。
「なんか、すごく恥ずかしい」
髪からのぞく耳がみるみる内に赤く染まる。先ほどまでの迫力はいずこへ、ただでさえ小さい体が縮こまり、庇護欲がそそられる。その為に、つい口走ってしまった。
「で、でも、お喋りしたい……、みたいな意味はあったかも」
だから、恥ずかしくないよー。なんて腕を広げて、うぇるかむする。したはいいが、次は手の行き場が無くなり、あわあわする。何を言ってるんだろうとか、ちょっと馴れ馴れしかったかなとか、そういう何かで背中がむず痒い。橘さんも、なにごとかといった様子で顔をこちらに向け、ひとこと。
「今度は、そっちが恥ずかしいこと言うんだね」
くすっと、橘さんが笑う。その笑顔を見て、
ちょっとは、仲良くなれたかなと思った。