13話 話し合い その2
「さて、貴殿の言うところでは、従業員の賃上げはとても出来ない……ということだな?」
「さ、左様でございます。私の屋敷にも湯水のように金銭があるわけではありませんので。ボイコットを起こされ当初の完成予定も狂わされております。これでは各事業への見積もり収益にも影響が出てしまいますので、賃上げなどできません」
「なるほど……そういうことか」
バルカン様は相当に焦っていた。自分が劣勢の立場に置かれていることを理解しているのだろう。でも、賃上げを容認しなくては従業員の皆さんが働いてくれないと思うけど。結局全ては従業員の皆さんが働いてこそ、全ての事業は稼働することになるはずなのに……。
その辺りのことを分かっているのかしら。そういえば、河川のレジャー施設の視察に来ていた時もそういう不満が出ていたわね。
「まあ、賃上げの件は一旦置いておこう。次はグレス、アリサ嬢のことだが……どうする?」
「僭越ながら私から発言させていただきます。我が妹アリサに一歩的に婚約破棄をした件……とても許せるものではありません、バルカン様」
「ぬう……グレス殿。それは……」
バルカン様の眉間にはしわが寄っていた。グレス兄さんも同じだ。
「慰謝料の支払いは当然として、しっかりと謝罪をしていただきたい。そうでなければ、納得できません」
「はは……婚約破棄を戻せ、とは言わないのか? アリサ嬢の今後を考えればその方が良いだろうに」
「心配いりませんよ、バルカン様。その辺りについては考えてあります。いつまで自分の物と考えていらっしゃるのですか?」
グレス兄さんはとてつもない皮肉を交えて話していた。とても正論ではあるけれど。
「貴様……言うじゃないか」
バルカン様は明らかに不機嫌になっている。ただ、自分側が悪いのと、アルベド様の前であるため大きくは出れないようだ。
「それから……アリサの事業計画の案の採用もお願いいたします。私の調べた限りでは、アリサが各事業に関わっていた1年間で、従業員の数が飛躍的に向上しているはずですから」
「リッチ……本当なのか?」
バルカン様はその辺りも把握していなかったのか、執事のリッチさんに質問していた。事業のトップの伯爵様とは思えない態度だわ。私がレジャー施設や他の事業に携わってから、従業員の募集人数が明らかに増えたことは、現場監督から聞いていた。まさかそのことをバルカン様がご存知なかったとは……。
「え、ええ……確かにアリサ様が各事業の視察に行っていた時期と、従業員募集の人数が増えた時期は重なっております」
「なんだ、確実な根拠があるわけでもないのか! それなら偶然ということも……」
「はい、偶然という可能性も高いかと思われますが」
「そんなわけないでしょう、伯爵様、執事様」
ここで発言したのは現場監督のジョージさんだ。彼も眉間にしわが寄っているけど……。
「貴方たちは従業員の募集など、下の者に任せっきりだったじゃないですか。そのしわ寄せは私達現場監督に来ていたんです。貴族の責任者の方々もろくに下の連中の名前は覚えていませんからね」
通常の従業員の上に現場監督、その上には貴族の責任者がいる。指揮系統で言えば、最低でも責任者クラスの人は状況を把握していないと駄目なはず。
「アリサ様はそんな乱れた指揮系統の変更案も出してくれていました。だからこそ、私達はアリサ様を信頼していたんです。明らかに他の貴族とは態度が違いましたからね!」
「ジョージさん……」
「アリサ様、本当にその節は感謝していますよ。こんな酷い伯爵様の妻にならなくて、本当に良かった!」
なんて温かい言葉だろうか……私はジョージさんに感謝してもし切れないかもしれない。こんなに私のことを想ってくれていたなんて……。
「アリサ嬢、良い人間関係を築けているな」
「はい、アルベド様!」
「現場監督たちとわずか1年で信頼関係を築けるのであれば、今後の婚約話は全く問題はないだろう。さて、バルカン殿。王家の人間として話させていただくが、まずはアリサ嬢への謝罪を済ませてはどうか? バルカン殿の名誉の為にも、ヨーゼフ伯爵家のこれからの為にもその方が良いと思うがな」
「くっ……王子殿下……!」
バルカン様は歯を食いしばっている。アルベド様は自らが王子でしかないことが分かっているのか、バルカン様に強制する気はないらしい。でも、その言葉尻は強く、背後には王家が関わっていると確信出来る何かを感じさせていた。
そういえばグレス兄さんは意味深なことを言っていた気がするけれど、アルベド様がここまでしてくれる理由はなんだろう? 国益のため? それとも──。