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雨が止み、私は君の氷山に落ちる

作者: 絵里依

恋愛は氷山に違いない。

傍から見れば幸せそうなかっぷるの二人が、実は両者ともに浮ついていたり、

永遠の愛など微塵も誓っていなさそうなかっぷるが案外長続きしたり。

何も考えず短慮な思考で付き合ったとしか思えないかっぷるが実は将来を見据えた上での交際だったり、

何も疑っていなさそうな天然かっぷるが実は果てしない心理戦を繰り広げていたり。


間違いなく恋愛は氷山である。

傍から見たかっぷるの愛の形なんて言うものはただの氷山の一角に過ぎず、

実際はもっと果てしない何かが存在しているのであり、

その果てしない何かは我々常人の思考の範疇に及ぶものではなく、

恋愛経験者の達人にのみその果てしないなにかにたどり着くことができるのだ。


餅は餅屋である。

つまり恋愛経験なんぞこれっぽっちもない私が他者の恋愛をどうこう言って学びを得ようとしたところで、

その得た学びは上っ面のものでしかなく、

恋愛技術において最も重要視される’何か’を得ることはできないというのが現実なのである。


しかしいったいこの身で燦々と輝く私の恋愛への意欲はいったいどこに置けば良いのか。

惨めな現実を自ら再確認したはいいものの、その現実を粛々と受け入れて意欲を捨て去ることができるほど私はできた人間ではない。どうにかして恋愛がしたい。いや、恋仲の女性がほしい。

恋愛はするものではなく堕ちるものだと言われている。

であれば私にできることは美しく恋に堕ちることをただ静かに待つ以外に方法はないとでも言うのだろうか。

しかし行動力の塊である男子高校生に対してただ女性が現れるのを待てというのは少し酷すぎる話ではないか。

そんなことをいつも考えているから私の目には常に恋を欲さんとするぎらぎらとした輝きが宿っており、

周りからの視線が常に痛いのは言うまでもない。


痛い視線を浴びるような浮いている人間が目立つ行いをしても浮いているのが目立つだけだというのは誰しもがわかっている事実だと思うが、

私はそれを避けるための目立たない静かな生活に向けての行動がすべて大振り三振のように空回りして悪目立ちしてしまうという悲しい宿命を背負っていた。

特に酷かったのは、学費免除だか何かの署名を集める際、

ダンボール製の看板にでかでかと’署名求ム’の字を書く任務を任された挙げ句、

その署名を集める作業までもを押し付けられたあの日である。

悪目立ちも甚だしかった。だいたい私の字はくねくねとひん曲がっていて汚らしく、署名を集めるのに向いていないことは明らかだったというのに、なぜ私に任せたのか。今でも苛立ちが渦巻いて仕方がない。

長くボサボサの髪の男がそんな奇怪な看板を持って署名活動を行っているものだからほとんどの生徒に笑われたのは言うまでもなかった。私は髪を切った。

一般的高校生がそんな目にあったのであれば不登校になることは必然だったであろうが、幸か不幸か私の精神はなかなかに打たれ強かった。

そのため私は明日の学校も休むことはなかった。


そんなこんなで学校に来たら筆箱を忘れるという重大なミスを犯していることに気がついた。

朝から忘れ物をすると気分が落ち込んでしょうがない。

気分が落ち込んでいるのでたまたま机の上においてあったペンと消しゴムを容赦なく使用することとする。

よく見たら女物の文房具ではないか。

とんでもないことをしてしまったかもしれないと怖くなったが、

案外その一日が終わるまで誰からも咎められることはなかったのでよしとする。

しかし逆にそうなってしまうと困ってしまう。

一体この文房具は誰に返せばよいのか。

ひとりひとり持ち主を探していくのでは日が暮れてしまうし、

何より女子とそんな何度も話したら緊張で精神が持たない。

仕方なく教卓の上に乗せた後、黒板に小さく

’文房具を借りました。誰の物かわからないのでここにおいておきます’

と書き残した。

相変わらずくねくねとひん曲がった、

私の精神を表しているかのような文字である。

そんな汚らしい字で黒板を汚した後、私は教室を去った。


まさかの雨であった。

ゲリラ豪雨というわけではない。

私がただ予報を見ないという怠慢を犯しただけである。

あまりに雨が強いので外はとても出られたものではなかった。

私はただ静かに玄関で、文字通り嵐がすぎるのを待っていた。

ほとんどの人が傘をさして流れるように帰っていく中、

弱まるのを待つのはなかなか心にくるものがある。

この時間の間に一体どれだけの作業を終えられただろうかと考えると尚更だ。

いつの間にかそこに残ったのは私ともう一人の黒く長い髪をしたお淑やかな女性ただ一人となった。まるで恋をするためだけに用意されたような場面であるが、

ここで素直に話しかけられるほど私は勇気のある人間ではないのは何度も言ったことである。

しかし二人きりそこで立ち尽くすというのも少し気まずいので、

一旦教室に戻ってみることにしようかと考えた瞬間、

しびれを切らしたかのようにそのお淑やかな女性が私に話しかけてきた。


「雨、強いですねぇ。」


「あ、そ、そうですねぇ。」


「止んでくれるといいんですけどねぇ。」


「あ、えっと、弱まってくれないと帰れないですよねぇ。」


与えられた好機をここまで無駄にできる男が他にいただろうか。

もっと話題を広げるなりの努力をすればいいものを。


「クラスはどこなんですか?」


お淑やかな女性がそのお淑やかを存分に発揮しながら話題を広げてくれた。


「えっと、一年B組です。」


「あ、同学年さんだ。よかったぁ。私、B組に友達いるんですよ。」


「あ、のぉ…もしよければ一度教室に戻ってお話しませんか?」


自分でも意味のわからない発言である。

まるで怪しい破廉恥行為を目的としているようではないか。

女性は軽く苦笑いしながら「そうしますか?」と言ってくださった。

教室へ向けて歩いている間の会話はもちろん無い。

よくもまあここまで気まずい空気にできたものだ、と自分を罵っておこう。


「B組はきれいですねぇ。」


「そ、そうですかねぇ?」


私がこんな女子との会話が下手っぴなのは、

義務教育期間に恋愛の科目が用意されていなかったからである。

こういうときこそ署名活動を行うべきなのだろう。


「黒板も綺れ…おや。」


彼女は私のくねくねにひん曲がった文字を見て立ち止まった。


「ど、どうかしましたか?」


汚い文字をそこまでまじまじと読まれたくないというのはもちろん本心である。


「これ、私の文房具なんです。」


まさかの事実であった。一日が終わるまで誰からも咎められなかったのも合点がいく。


「これは貴方が書いたんですか?」


「え、ええ。汚い字でしょう。」


「どこかでお会いしたことがあると思ったら、あなただったんですねぇ。」


彼女は綺麗な笑みを浮かべながらそう話した。

おそらく署名活動をしていた私のことを言っているのだろう。羞恥心が留まらない。


「あのときは不思議な人だと思いましたけど、意外と普通の人だったんですねぇ。」


けらけらと笑いながら彼女は言う。いつのまにか美しいと感じ始めている私がいるのが恥ずかしい。


「…次はちゃんと返してくださいね。私は一年D組の小春です。」


「は、はい。」


約束ですよ、と言った後彼女は教室を後にした。いつの間にか雨は止んでいた。


どうやら恋はやはり堕ちるものらしい。


ご閲覧誠にありがとうございます。この小説を執筆させていただいた絵里依というものです。まだ筆者は学生であるがゆえ拙い部分もあったかとは思いますが、名前だけでも覚えて帰っていただければ幸いです。

高評価していただけると今後の励みになります。また、感想やアドバイスも受け付けております。


最後となりますが、この”雨が止み、私は君の氷山に堕ちる”をご覧下さり、誠にありがとうございました。

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