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第7話 得意技は盗み聞き

 僅かに息を切らしながら、レイは防音の彫言ちょうごんが彫り込まれた重い扉を背中でそうっと閉めた。それから蔓草や幾何学模様の浮彫がびっしり施された柱の一つに隠れて、どうにか気息を整える。

 その陰で、レイは悔しさに歯噛みした。


「や、やられた……!」


 まんまとフェルゼリォンの思惑に嵌ってしまった。確かに不特定多数の人間がいる場所でする話題ではなかったが、それでもあとで時間を取るなり、約束は取り付けられたはずなのに。


「仕方ないよ。集団の女性の力って凄いからね」


 そう言って肩を叩くのは、レイとは逆に隠れる気のないハルウだ。

 ハルウは事前のヴァルの厳命通り、レイが会場にいる間は過剰な接触を控え、会話をしている間は決して乱入してこなかった。だが肝心のフェルゼリォンが離れ、レイが会話ではなくもみくちゃにされていると判断した途端、颯爽と現れて無駄な笑顔を振りまいてレイをあの場から救い出してくれたのだ。

 そして再び曲が始まり、人の動きが流れ始めた所を見計らって、二人別々に会場を逃げ出してきた所なのだが。

 会場の外でこっそり待機していた小姑の感想は手厳しかった。


「何しに行ったんだい、あんたは」


 レテ宮殿東端の大広間に続くロングギャラリーの途中、偉人の胸像の頭の上で伸びをしながら、ヴァルが呆れた声を上げる。


(絶対寝てたな)


 とは思ったが、今突っ込んでも反撃を喰らうのがオチなので、むぅと口を引き結んでおく。が、どのみち怒られた。


「人が集まるところは人脈と情報の宝庫だよ。まさか成果なしとか言わないだろうね?」

「ぅぐっ」


 舞踏会に参加すると決まってから、そう言って情報を仕入れては叩き込んできたのはヴァル自身である。だというのにレイが予定より随分早く出てきたものだから、自分の二日間の労働を台無しにする気かとでも言いたいのだろう。もしフェルゼリォンを見付けていなければ、このあと三時間は説教されること請け合いだったろう。


「だ、だから今追ってるんじゃない。ここ通ったでしょ?」


 人脈も情報も参加前とほぼ変わらないが、探す人物が第三皇子と特定できただけでも十分なはずだ。

 という思いで見ると、やっとヴァルがぴょんっと飛び降りた。


「あぁ。あいつ、王証を携帯してるな。北に行ったぞ」


 レテ宮殿の北側と言えば、列柱廊で繋がった玉妃宮や、離れて建つ令妃宮がある方だ。両妃は双方とも誕生会に出席しているから、使用人しかいないはずだが。


「行こう」


 頷いて歩き出す。

 だが数歩も行かぬ内に少し先の扉が開いて、レイたちは慌てて近くの巨大な壺の影に隠れた。大広間に隣接する控え室だ。そこから男が二人、小声で話しながら廊下に出てきた。


「……は、またとない好機と言える」

「えぇ。待った甲斐がありました」


(あれは……ネストル伯爵?)


 二人の内の一人は、先程舞踏会場で見たばかりの筋肉、もといネストル伯爵であった。そのまま回廊を西へ――舞踏会場とは反対の方向へと歩いていく。

 その後に続くのは三十代前後と思しき男だ。レイの記憶力は特段良い方ではないが、確か舞踏会場にはいなかったように思う。武人というにはどうにも線が細いが、ネストルの部下だろうか。

 知らない男はネストルを追い越さないように歩きながらも気が急いているらしく、前のめりになりながらネストルに話しかける。


「今なら、まだ帯剣もしていないでしょう。私でも」

「しかし、早まってはならない。あの方は頑迷だ」

「いいえ。全ては国のため。私は躊躇いません」

「……そうか。貴殿に双聖神のご加護のあらんことを」


 毅然と首を横に振る男に、ネストルが諦念を滲ませて祈る。そしてそのまま二人は階段に姿を消していった。

 それを壺の後ろから見送り、靴音も聞こえなくなってから、レイはやっと詰めていた息を吐き出した。


「何あれ?」

「さぁな」


 ヴァルが、呑気に前脚で顔を洗いながら答える。ヴァルは祖母と一緒で地獄耳だから、回廊に出てくる前の会話も聞こえていただろうに、興味はなさそうだ。

 同じくあまり真剣に身を隠していなかったハルウも、横に並んで適当に呟く。


「『あの方』って、誰のことだろうね」

「誰って……は!」


 そんなの知らないよ、と言おうとして、気付いた。

 舞踏会の帰りで帯剣しておらず、ネストルが「あの方」と呼ぶ頑迷な貴人。そんな人物、レイの中では一人しか思い当らない。


「やばい、先を越されてしまう!」


 レイは走った。ここが絢爛豪華な宮殿であることも一時忘れて走った。

 そして、数分後。


「……それでなんでこんなことになるの!?」


 レイは湾曲した建物の二階の壁に張り付いて、夜の風に吹かれていた。足場は壁に浮彫装飾されたふちで、その幅はレイの足幅と絶賛競争中だ。風情は少しもない。

 しかも時折足下からビュオォと風が吹き、無駄にドレープのついたドレスの裾がまあ揺れる揺れる。


「身軽なのが唯一の取り柄だろ」

「そうだけど! そうじゃない!」

「頑張ってー。こっちはちゃんと見張ってるから」


 無責任なヴァルの発言に切実に返すと、ハルウまで気楽な声援をくれた。誰も分かってくれない。


(私が王女ってやっぱり嘘かなあ!?)


 先程までの舞踏会からの落差が激しすぎて、ちょっと自信がなくなる。

 しかしどんなに嘆いていても、この場から降りることはできない。何故なら、フェルゼリォンが確かにこの玉妃宮に入ったからだ。

 レテ宮本館と比べればこじんまりとした建物だが、古い時代に建てられたわりに円筒型という洒落た造りで、そこに古い建築様式や時を経た蒼古さが滲んで、独特の雰囲気がある。

 その入口からヴァルがこっそり中を確認したところ、目的の人物は上階に向かったことが分かっている。


「三、四階は小劇場らしいから、行くなら二階だろ」


 そう言われて、最初は普通に入口に向かおうとした。

 だが入口に辿り着く前に、ヴァルが待ったをかけた。どうやらフェルゼリォンは誰かに会うようだと言われ、レイは迷った。結局先行を許してしまったネストルたちか、又は別の誰かか。

 他の場所であれば、少しくらい外で出てくるのを待つという選択肢もあった。だが玉妃宮はフェルゼリォンの実母の住居であり、幼少時には三人の子供たち――皇太子、第三皇子、第一皇女もここで起居していた。今夜はこちらに泊まるという可能性も少なくない。となれば、レイは朝まで待ちぼうけである。


(それは嫌っ)


 となると、まず中の様子を窺うのが良いだろうということになった。

 問題は、誰が確認するかだが。

 ヴァルは身軽で小柄だが、空は飛べない。該当の扉の前まで行ければ会話を聞き取ることは可能だが、そんなことをしていては使用人に見つかるのは必至だ。

 ハルウは基本的に何でもそつなくこなすが、武芸の嗜みもなければ神法も使えない。背ばかり高くて、膂力も逃げ足も人並みときている。

 哀しいかな、消去法であった。

 だが、これで持ち場は決まった。

 まずヴァルが、その場で可能な限り人と王証の気配を特定する。その間に、ハルウが生垣の近くで周囲の警戒につく。そして二人の許可ゴーが出たところで、レイが神法みほうで二階の壁の縁にしがみついたのだ。べったりと、七日目の蝉のように。


「早くしな」

「分かってるってばっ」


 足元からの苦情に、ぶつぶつと応えながら壁を横移動する。目的の硝子窓はすぐそこだ。燭台の明りでぼんやりと浮かび上がる壁紙の模様が視認できる。音はあまり聞こえない。


(男の人が二人、かな?)


 足元に気を付けながらぐいーっと首を伸ばすと、どうにか室内の様子が窺えた。

 二脚のソファにテーブル、奥には空の暖炉が見える。寝台は見当たらないから、書斎か応接室といったところか。フェルゼリォンが扉の前に立ち、もう一人が窓に背を向ける形でソファに座っている。


(ネストル伯爵かな?)


 室内は薄暗くて、髪の色や年齢は分からない。だがともかく、ヴァルの推測通りのようだ。

 諦めて、神言しんごんを詠み上げる。


「地上に留まりし慈悲深き神々が一柱、風の神アネモスよ。恩寵を賜りし眷属の精霊よ。恵みの一滴ひとしずくをこの手に分け与えたまえ」


 神法を使うには、まず枕詞まくらことばから始める。力を借りる神様とその眷属に向けて、丁寧に言上しお願いを述べるのだ。対象は、天上に昇った第一の神々か、地上に留まった第二の神々のどちらか。


こいねがうはささめく小風、空気を震わせよ、音色おんしょく蕩揺とうよう


 続いて、神話や神識典ヴィヴロスから引用された、力を引き出すのに最も効率的に組み直した、丁寧で簡潔な祈りの言葉で結ぶ。


(熱い)


 詠み上げながら、レイは体中を流れる血の熱さが表面化してきたような感覚を感じていた。血が滾るとはこのことかと思うような、不思議な熱さ。

 人間種ピリトスが神々に力を借りる時、体内の血を媒介にして世界と繋がり、その奇跡の御業を顕在化させると考えられている。その論拠は、人類が神々の血から誕生したという創世神話に求められる。


(本当は神様への祈りが大事だから、言葉は何でもいいって言うけど)


 それでも長年研究してきた協会が厳選し、実践してきた言葉だけあり、その効果は的確だ。最短最大で神法の力を引き出すことができる。

 特に四元素である水・土・火・風の神々は神法の中で特に重要な要素で、神法の授業では最初に習う。神法と神法士を管轄する法科協会が編纂する基礎神言集でも、三分の一を占めるほどだ。

 そして神法を習うには、まず教会の教えを学ぶ必要がある。神法と祈りは切っても切り離せないのだ。


 果たして、一呼吸する間もなくレイの周りの空気がゆっくりと震え出した。寄せる波のように周囲の音が大きくなり、窓の向こうの声も耳に届く。


「……に、王証なのか?」

「あぁ」


(王証!)


 呆れと驚きが半々という感じの男性の声に、レイは即座に反応した。それに応じるように、フェルゼリォンがソファに歩み寄る。


「本当に、見付けてきたんだな」

「偶然みたいなものだけど」

「どこにあったんだ?」

「昔、湖に沈んだという西の国の都があるって聞いて、その水底に」

「……また、なぜそんな所に」


 はぁ、という溜息とともに呆れが強まる。レイも同意するとともに、『突然気配を現した』という祖母の言葉を思い出す。


(水の底に沈んでいたから、ずっとお祖母様でも探せなかったのかな)


「王家のお宝が沈んだままだっていう噂は前からあって、でも魔獣が棲みついて入れないっていうから、路銀を稼ぐついでに」

「お前は……もうそろそろ放浪癖を治して、きちんと学校に通え」

「学校で学ぶ分は大体終わってるから問題ない」

「周りが問題視しているという話だ」

「……兄上もか?」


 頭が痛いと言わんばかりの声に、フェルゼリォンが初めて少し情けない声を上げる。どうやら相手はネストル伯爵ではなく、六歳年上の同母兄、皇太子アドラーティらしい。小言が最早保護者である。


(それにしても、放浪癖って)


 どうやら第三皇子のくせにしょっちゅう城を空けているらしい。公務のある皇太子や第二皇子と違い、その立場は別格なのだろうか。


(先祖返りだからって、いい気なものね)


 ふん、と腹を立てる。その間に会話は一度途切れ、がさごそと衣擦れのような音が入る。何をしているのか首を伸ばす。石積み壁の隙間に突っ込んだ指がぴりぴりしてきた。


(お、落ちそうぅ!)


 だがそのお陰で、フェルゼリォンの手元が見えた。背中かどこかに隠していたのか、生成りの布に包まれた細長い包みを取り出したところであった。


(あれが、王証?)


 硝子越しの目測のため正確ではないが、羽ペンほどの長さに拳よりも狭い幅の長方形のもののようだ。

 と考えて、あれ、と止まる。


(王証って、あんな形だっけ?)


 ユノーシェルの王証――神弓トクソは実用的な弓よりも寸胴だが、あそこまで真っ直ぐではない。下半分を切り落としたものでも同じはずだ。

 という疑問は、布が剥されて驚きに変わった。


(弓、じゃない!?)


 布の中から現れたのは、水晶のように透き通った蒼い刀身を持つ剣の刃先部分であった。


(何で!? ユノーシェルの王証じゃないのっ?)


 王証は、エングレンデル帝国にも伝わっている。サトゥヌスのものだ。それが剣の形をしていることも聞いたことはある。

 だが今回の話はセレニエル自身がレイに頼んだのだ。そんな単純な間違いをするとは思い難い。

 レイの混乱に答えが与えられないまま、室内の会話は進む。


王証それは、まだお前が持っていろ」

「父上にも報告しなくていいのか?」


 王証を布に戻すように手で示しながら、アドラーティが首を横に振る。


「それは、万が一誰かに知られて奪われれば最悪の火種になる。今の均衡を崩さないためにも、誰にも気取られてはならない」


 均衡という単語に、レイはレテ宮殿に入ってすぐヴァルに教え込まれた帝国内の相関図をどうにか頭に思い描いた。


 二妃制を取り入れたエングレンデル帝国ではあるが、両妃とその子供が常に仲良く手を取り合ってきたとは言い難い。特に妃の実家は外戚として議会での発言力が増し、その水面下では常に次期国王の座を巡って火花を散らしてきたという。

 しかも当代皇帝の二妃は共に六侯爵家の出身だが、その前に国母である皇太后もまた六侯爵が一つ、アウデンティア侯爵家の出身である。現在の発言力でいえばアウデンティア侯爵が一位で、次位を二家が争っているはずだ。


 そして現時点での皇太子は男系嫡子継承の法に則り嫡男のアドラーティだが、何かあれば第二子のリッテラートゥスになる。

 令妃の父や兄にあたるフィデス侯爵家にしてみれば、皇太子を何らかの不祥事で追い落とすか、逆により王たる資質があると証明する何かを示すしか、リッテラートゥスを皇位に据える道はない。


(そっか。王証を持ち帰ったとなれば、その資質は十分ってことか)


 そこまで考えて、おかしいと気付く。


(待って待って。そうなると、サトゥヌスの王証も本物は紛失してたか欠けてたってこと?)


 二つは隣国とは言え、サトゥヌスが聖国を出た時からずっと離れていたはずだ。別の場所で同じ現象が起こる理由が分からない。

 何故、と考え出した所にフェルゼリォンの声が小さく聞こえて、耳を戻す。集中し続けなければ、神法の効果が切れてしまう。


「なら、王証これはどうするんだ?」

「……お前が持っていてくれ。その間に、俺が懸念を排除する」

「だったら俺も」

「それはダメだ。お前は王証それの秘密を守る事に専念しろ」


 意気込む弟を冷たく制して、アドラーティが拒絶する。その声はそれまでよりもどこか固く、深い決意を感じさせた。

 だがフェルゼリォンも強情な性質たちなのか、簡単には引き下がらなかった。


「兄上の言いたいことは分かる。だが兄上、最近痩せただろ? 恨を詰めすぎだ」

「それを言うならフェルもだろ? 随分体が引き締まってきた」


 ふっと笑うアドラーティに、フェルゼリォンは一瞬怯みながらも、誤魔化されまいと声を張り上げる。


「俺はそんな話をしてるんじゃ」

「分かってる。――何かあれば、ラティオ侯爵家で落ち合う」

「兄上!」

「話は終わりだ。もう行け」


 言い募るフェルゼリォンの言葉を遮って、アドラーティが話を終わらせる。不満そうな声が聞こえたが、アドラーティが弟の頭を軽く押さえると、後には身じろぎの音だけが続いた。


「……分かった」


 不貞腐れた声と共に、フェルゼリォンの整った顔が窓側に向く。レイは慌てて首を引っ込めた。


(み、見られてないよね!?)


 心臓がばくばく言っている。慌てたせいで神法はすっかり霧散していた。


(どうしよう、もう一回覗く? それとももう下で待ち伏せした方がいいかな?)


 何となくだが、次に室内を見たら確実に目が合う気がした。


(さすがに覗き見は……バレない方がいいよね)


 うん、やめよう。

 代わりに足元を見て、ヴァルとハルウに合図を送る。飛び降りるくらいなら、レイなら神法は要らない。

 問題は。


(弓じゃなかったって言ったら、どうなるんだろう?)


 そもそものこの旅の意義が見失われそうな雲行きになってきた。



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