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第31話 獣人の里の長老

「……何だと?」


 リォーの肌に触れる寸前で、刃は止まった。

 あと髪の毛一本分でも迫れば反撃するつもりでいたリォーは、女の獣人と同じ意見でハルウを注視した。

 レイにぴたりと寄り添うハルウは、いつもの軟弱そうな笑顔のままだ。体から滲む気配も少しも変わらない。だからこそ、リォーには不気味に映った。


「ハルウ? 何を言ってるの……?」


 さすがのレイもいつもの無条件の信頼を引っ込め、傍らに立つハルウを未知の生物のように振り返る。その戸惑うような顔を見て、ハルウが人間らしく振る舞うのを思い出したように緑色の眉尻を下げて見せた。


「えぇ? 僕おかしなこと言った? だって死ぬのは怖いもん。人間を殺したいなら、今も山の中をうろついてるはずの帝国軍を殺せばいいよ。彼らは殺せるし、僕らは助かる。一石二鳥でしょ?」

「そ……」


 それは、冷静に考えれば実に論理的なことではあった。

 リォーは起きたばかりで状況がいまいち把握できていないが、先程見た小さな者たちの姿から彼らがどんな存在かはある程度推測できる。魔獣か、善性種エピオテスか、それとももっと別の種か。

 ともかく、この獣人が凶刃を向けたいのが自分たちではなく人間種ピリトスということであれば、その提案はあながち的外れでないと言えた。常識や倫理を無視すれば、だが。

 そして案の定、レイは一瞬驚いたあと、慌てて首を横に振った。


「そんなのダメだよ!」

「なぜ?」

「なぜって……そんなの当たり前のことでしょ? 殺していい命なんてこの世のどこにもない」

「じゃあなんで帝国軍も善性種も、レイを殺そうとするの?」

「それは……」


 相手が悪者だからだ、とは、レイは言わなかった。強く見詰めていた瞳を揺らし、しまいにはその橄欖石ペリドットの輝きを睫毛の下に隠してしまう。

 レイのその気質を優しいというか甘いというかは、状況によるだろう。

 リォーは半ば呆れ気味に内心で嘆息した。


(難儀な奴……)


 だが、女の獣人の関心は別のことに向いたようだった。

 リォーの首筋をぴたりと狙っていた剣が微かに震え、見上げる小豆色の瞳には再び激情が舞い戻っている。


「そうか……どうにも騒がしいと思ったら」


 騒がしい。その言葉に、完全に覚醒する前に聞こえてきた声を思い出す。


『……他にもまだ人間種の気配がうようよある』

『ここを見付けられる前に殺すか?』

『下手をして子供たちを危険にさらすことだけは出来ない。まずは偵察だ』


 あの時はまだ胸をはじめとする全身の痛みがあって、意識が浮上しては沈むということを繰り返していた。理解どころか、今まで忘れていたが。


(そうか。俺たちを捜してる連中のことか)


 リッテラートゥスとの交戦中に突然衝撃を受けた所で、リォーの記憶は途切れている。恐らく矢か何かが当たったのだろう。だが今いる場所は、どう見てもあの岩の上ではない。

 抜けるような青空の中の、開放感しかないような場所とは反対に、ここは地層が剥き出しの岩壁がぐるりを取り囲んでいる。恐らくクラスペダ山岳地帯の中にある洞窟か何かだろう。


(まさかと思うが、あの崖下に落ちたとかか?)


 崖の上から見えていた、はるか下方の森の緑を思い出す。ぱっくりと裂けたような断層が下まで続き、遠くは霞んでいた気がする。

 あの高さから落ちて無事だったということは、神法か何かの助けがあったということだろうが。


(レイ……には、無理そうな気がするんだが)


 では実際には何があったのかという話は、またおいおい確認すればいいとして。

 リォーは剣に触れないようにしながら、目線だけで上方を見やる。

 空が見えた。だが四方から奔放な枝葉が伸び、半分以上が隠されている。最初は縦坑構造かとも思ったが、周囲の壁にも横に続く穴が幾つもある。洞窟の天井部分が崩落しただけかもしれない。

 ここがあの眼下に見えた森の中にあるのなら、捜索は容易ではないだろう。


(だが時間の問題だ)


 今までこの住処が暴かれなかったのは、ひとえに魔獣の巣窟で、公的に立ち入りを制限しているからに過ぎない。魔獣の脅威をおしても捜索を優先するなら、早晩ここも見つかる。

 女の怒りは、それだった。


「あいつらは、お前が連れてきたのか……!」

「!」


 レイを睨む小豆色の瞳と薄赤い強膜が、充血したように赤みを増す。

 そしてそれを受けたレイの表情は、まるで殴られた子供のように歪められた。


「ご、ごめ――」

「それは違う」


 青い顔をして謝ろうとしたレイを、リォーは考える前に遮っていた。

 レイと女の対照的な瞳が、縛られて地べたに転がったままのリォーに向く。

 この時には既に口を挟んだことが失策だと気付いたが、リォーはそのまま続きを口にすることにした。


「あれの狙いは俺だ」


 途端、殺意がリォーを射抜いた。

 先程までとは違う、深い憎悪を隠さない激情。


「だったら、お前を餌に誘き出して、殺す」

「……まぁ、有効だろうな」


 何やってんだと思いながら、リォーは正直に肯定した。その顎に、今度はぴたりと冷たい鋼の感触が押し当てられる。

 女は気付いていないだろうが、リォーの剣(レスティンギトゥル)には切れ味を鋭くする彫言が刻まれている。女の手では難儀な成人男性の首を落とす作業も、簡単にできる。


(どうしたもんか)


 風靴ウォラーレは問題ないから一手目は防げる自信があるし、何なら逃げ遂すこともできるだろう。レイたちを見捨てていけば。

 問題の証言についても、レイが保護対象でなくなった今、リォーの無実の証人として連れ帰っても何らかの難癖をつけられて証言能力は無しとされる可能性が高い。

 目的のためなら、レイと一緒に逃げる理由はもうない。

 だがそれは同時に、レイも、自国民である帝国兵も見捨てていくことでもある。


(……それでも、俺にはやるべきことがある)


 兄の為にも捕まらないこと、そして王証を守り抜くこと。そのためには、多少の犠牲も厭わない。

 ある種の諦念とともに、リォーは改めて女の獣人を見上げる。

 手を落とすか腱を切るか。今までの言動から見て獣人の嗜虐性は低そうだから、顎に当てた刃には少なからずタメが生まれるはずだ。

 その隙に逃げるか、剣を奪い返すかと、獣人の目を見ながら手元に意識を集中していた時だ。


「そんなのダメだよ」


 レイが、泣きそうな顔でそう言った。

 眉根を寄せ、狼狽し、橄欖石ペリドットの瞳の透明度を更に上げて、女を見詰める。それはまるで全部の悪いことは自分のせいだというような、酷く気分の悪くなる顔であった。


「……お前は、ダメとしか言わないのか」


 傍らで、女が苛立たしげに応じる。

 それを茶化すように、ハルウが満面の笑みでレイを説得する。


「そうだよ、レイ。僕も、これって一番いい方法だと思うな」


 それは明らかにリォーを生贄に自分たちだけ逃げようという算段であったが、リォーも似たようなことを考えたのだ。責めるつもりはない。


(腹は立つけど)


 だが、レイはこれを理解しなかった。


「一番って、誰にとっての?」


 困ったように顔を歪め、ハルウを見上げる。


「その方法じゃ、少なくともリォーとセネは辛いだけだよ」


 それは、呆れるほど幼稚で真っ直ぐで、分け隔てのない考え方だった。優先順位をつけることも、自他を引き離すこともできない、要領の悪い言葉。

 へらへらと笑っていたハルウは軽く瞠目し、即答しなかった。仕えるには愚かな主だと思っても、不思議ではない。

 普段のリォーなら、迷いなく同意しただろう。だが一瞬だけ、思ってしまった。


(……変わってないんだな)


 全然可愛げがなくなっても、引け目が強くて時折悲しげな瞳をするようになっても。爪弾きにされ泣いていた奇妙な男の子を当たり前のように慰めたあの頃と、本質は少しも変わっていない。


「人間種ごときが、おれを憐れむか……!」


 何も言えないハルウよりも先に、セネと呼ばれた女の獣人がくわりと目を見開く。

 リォーの顎を捉えていた刃が迷い、隙が大きくなる。

 今なら反撃できる、とリォーが体に力を巡らせた時だった。



「――ディーン=セネ」



 細くしわがれた、けれど周囲の壁に反響してよく響く声が、名を呼んだ。

 セネがハッと振り返る。リォーも、少しだけ首を回して声の主を確認する。

 毛むくじゃらの子供たちが放り込まれた穴とはまた別の横穴で、影が動く。果たして現れたのは、前合わせのゆったりした服を腰帯だけで留めたような、あまり見ない様式の恰好をした老人であった。

 元の髪色がすっかり分からなくなった白髪は背中で緩く纏められ、長い眉毛と口髭がいかにも好々爺然としている。

 だが何より目を引いたのは、白髪の頭部に僅かに覗く切り落とされたような角の根元と、腰から伸びる下半身であった。


「鹿、さん?」


 レイが、微妙に目をきらきらさせて疑問を口にした。明らかにわくわくしている。


(何故嬉しそうなんだ)


 ついでに言うと、鹿のような美しい肉体美を持つ四肢ではあるが、その純白の体毛には緋色の縞が入り、尾は全部赤い。どう見ても、魔獣の一種である白緋鹿フォーモススの方に酷似していた。

 賢才種ソフォス強人種スクリロスは、善性種を徹底的に玩具にしたが、番わせる相手も動物に限らず、魔獣すらも含まれたということだろう。


(本当に、悪者まもの賢者さかものも反吐が出る程見境がない)


 それは魔王が現れるよりも更に前の、神代の昔のことだった。その時代の生き証人など、もう二桁といないかもしれない。だが彼らのような存在に会うと、その非道悪道が地続きの現実だったのだと、嫌でも思い知らされる。

 そんなリォーたちの様子を、白い眉毛の中の瞳は捉えていたのか。白緋鹿の老人はゆっくりと蹄を鳴らして短い吊り橋を渡ると、セネとリォーがいる中央の岩場へと上がってきた。

 セネが明らかに動揺する。


「ち、長老、様」

「セネ。茨を往く審判よ」


 突然子供に戻ったようなセネに、老人は長い口髭を邪魔っけそうに動かして、もう一度そう呼びかける。

 善性種では、名前は善の女神アレティから賜る最初の贈り物として、特にその意味を大事にする。意味は人物そのものを現し、それを呼ぶことは、敵意なく、親愛の情があることを伝える意味があると、昔に聞いたことがある。


(他大陸の人種の話なんて、何の役に立つのかと思った時期もあったが)


 敵も味方も、知らなければ始まらないと、師匠はよく言っていた。

 そして知識は多いに越したことはないとは、十二歳からの放浪で十分身に染みたことだ。旅から戻れば授業をきちんと受けていたのも、皇族だからという意識よりもほとんどそのためだ。

 そんなことを考えている間に、老人はセネの前に到着した。リォーの足のすぐ先に、立派な蹄がそそり立つ。何故か震えがきた。


(……でかい)


 一踏みで足の骨が粉々に砕けそうだ。

 だが白眉の下の目は、そんなリォーなど眼中にないように言葉を続けた。


「もう、良かろうて」

「……ッ」


 それは、とても穏やかな声だった。だがセネはびくりと仰け反った。だがそれも一瞬で、すぐに瞳に力を取り戻す。


「良くない。こいつは人間種だ。しかも他の奴らまで連れてきた。殺して、気の塊も奪って、山の奴らも皆殺しにする!」

「!」


 頑迷に言い切って、セネが顎に当てていた剣を勢いに任せて引く。


「リォー!」


 レイが悲鳴を上げる。

 だが刃が届く寸前で逃げて手首の縄に当てようと身を捩ったリォーは、止まった。


(ない!?)


 捉えていたはずの剣が、刹那の内に視界から消えていた。と思った次の瞬間、かちんと腰で納剣の音と重みが追う。

 理解はその後に来た。


「長老様!」


 剣を奪われたセネが、奪った老人に唾を飛ばして詰め寄る。だが老人は先程と変わらない姿勢のまま、飄々と顎髭を撫でた。


「命を奪うことは、善くないぞい」

「善いことなんか嫌いだ! 人間種は全部殺す! あいつらは……今でもおれたちを見付けると力ずくで狩って、売って、玩具にしているんだぞ!」

「…………」

「セネ……」


 その怒号に老人が眉を下げ、ヴァルが何かに気付いたように名を呼ぶ。

 そしてこれには、リォーもまた思う所はあった。


(奴隷はいない。少なくとも、書類の上では)


 けれど現実には、奴隷はいる。人間種でも、人間種以外でも。

 それを、リォーは旅の中で何度も目にした。助けられたことは、片手の指ほどもない。


(くそ……ッ)


 セネの怒りは正当だと、リォーは今も耳に残る悲鳴と己の無力さと共に、身をもって知っていた。


「それでも」


 と、白緋鹿の四肢を持つ老人は、言葉を重ねる。


「もう良いよ」

「良くなんか……ッ」

「お前が皆の分まで怒らずとも、恨まずとももう良い。お前一人で全てを救い出せるわけも、背負い込めるわけない。……気負うでないよ」

「…………!」


 老人の言葉はあくまで淡々としているのに、セネは言葉に詰まったように口を引き結んだ。

 ふるふると体を震わせ、一度、二度と口を開いてから、結局黙ってバッと身を翻す。


「……ッ、見回りに行ってくる!」


 それから肩を怒らせて律義にそう言い置くと、一足飛びに中央の岩場を飛び出した。あっという間に青黒い洞窟の闇の向こうに消える。

 後には、リォーと老人だけが残される、わけではなかった。


「……セネ、だいじょうぶ?」

「セネ、ないてた?」

「セネ、またいっちゃった」


 幾つもある横穴からぴょこぴょこと顔を出した先程の子供たちが、まるで形の違う耳をそれぞれに動かして、悲しげな顔で見送っている。


(……愛されてるわけだ)


 セネがあんなにも憎悪をぶつけたのも、一人で殺すと息巻いていたのも、全てはあの子供たちの代わりだったのかもしれない。

 子供たちが憎悪と悲哀を知らなくて済むように。穏やかに幸せな日々を、当たり前に過ごせるように。

 それが、独り善がりで、空回りした努力でも。


「悪かったの、青の子よ」


 反抗期の子供でも見守るようにしていた老人が、やっと足元のリォーに顔を向けた。リォーの膝など一踏みで砕ける蹄に、ひやりと背筋が伸びる。が、そんな懸念を笑うように老人はゆっくりと距離を取った。

 リォーはもぞもぞと尻を動かして姿勢を整えると、ぎこちなく頭を下げた。


「こちらこそ……怪我も、治してくれたみたいで」

「えっ?」


 リォーの言葉に驚いたのは、セネを追いたいが追えないという風におろおろしていたレイだった。

 実は胸には、城門を出る時に胸当てに詰め物をし、更にその下に天剣クシフォスを隠していた。

 門衛は基本、庶民の衆人環視で行われる仕事だ。給金を貰って通行税を搾り取る役人が、人目のある前で嫌がる女の胸をまさぐれば、男女両方から散々に糾弾されるのがオチだ。

 特に皇太子誘拐の容疑で第三皇子を探しているなどという名目は、一般に知らされるものでもない。批難囂々は必至であった。

 その後も、レイに知られないように詰め物だけ取り出してそのままにしておいたのだが、それが丁度盾になったらしい。天剣の隠し場所を知らないレイには、確かに気付けなかったことだろう。

 それでも、あの勢いで矢が命中すれば骨にひびが入っていてもおかしくない。だがそんな痛みは今のところなかった。

 それどころか、全身に怠さはあっても痛みはない。だが外套や二の腕には、確かに血の跡がある。

 案の定、老人はふぉっふぉっとわざとらしく笑って、否定しなかった。


「なんの。なるべく早く出て行ってもらいたいだけじゃ」

「……すみませんでした。目を覚ましてしまって」

「事情を知らねば、致し方あるまいて」


 作っている雰囲気に反して辛辣な物言いだなと思いながら、リォーは改めて感謝のために頭を下げた。

 セネがあんなに殺したがっていたのなら、縛り上げたりせずその場で殺せば良かっただけだ。それをわざわざ拘束し、自分たちの住処に運んだのは、最初から殺すつもりはなかったとも取れる。

 もし全員目を覚まさなければ、治療だけされて、また外に戻されていた可能性さえある。


(善性種だから、と言ったら、あの女は怒るのだろうがな)


 だがそれでも一つ、疑問が残る。


「なぜわざわざ俺だけここに運んだんですか?」


 治療ならどこでも出来るだろうと見上げると、老人はにやりと口角を上げた。


「儂がここより先に進むと、山の魔獣共が騒ぐのでな」

「…………」


 どうやら、この好条件の居住地を確保する際、魔獣たちがいきり立つようなひと悶着があったらしい。深くは追及するまい。


「シェムー、ビナ。こやつの縄を切っておくれ」


 老人が呼びかけると、横穴で子供たちの頭を押さえていた大人のうち二人が、ゆっくりと橋を渡ってくる。

 一人は二足歩行する兎で、もう一人ははっきり言って熊にしか見えない大男だ。一瞬鱗のような肌が見えた気もしたが、それはすぐに引っ込んでしまった。


(もしや……)


 一瞬浮かんだ考えはけれど、目の前にずーんと仁王立ちした熊の威圧に掻き消えた。肩越しには、兎の長い耳が揺れている。

 リォーはこちょこちょと触れる毛並みのくすぐったさを堪えながら縄を切ってもらうと、再び二人の獣人が消えるまでじっとしていた。

 それから、老人が吊り橋に戻ってやっと、立ち上がって礼を言う。


「本当に、お騒がせしました」

「青の子ではの」


 ふぉっふぉっと笑って、そんな一言をくれた。

 ずっとサトゥヌスが嫌いだったが、彼の功績が今自分を助けたのかもしれないと思うと、苦いばかりでもいられない。苦い顔のまま、頭を下げる。


「世話になりました」

「二度はないぞな」


 やはり辛辣だ。だがリォーは一つ頼みができた。


「無論です。だがもし、またあなたたちの同族を助けたら……世話を頼んでも、いいだろうか」

「…………」


 白い眉の奥の瞳に、真っ直ぐに告げる。

 だが今まで出会った善性種は、町中ということもあり、全て奴隷だった。大抵は金で買い上げ、信頼の置ける店を通して仕事を斡旋するか、人里の外に逃がしてきた。だがそれで全ての問題が解決したとも、彼らに真の平穏が訪れたとも思っていない。今まで出会った彼ら全員を引き連れて、善性種の大陸まで行くことも、現実的ではない。

 だがもしこんな場所があるのでならば、彼らが本当の意味で安息を得たり、新たな一歩を踏み出すことができるかもしれない。

 そう、不意にちらついた一抹の希望に思わず縋ってしまったのだが。


(……やっぱ、強ぇな、このじいさん)


 返る眼光は、見えていないというのに背筋が震えた。

 無意識のうちに睨み合う。肯否はない。


「行きなされ」


 蹄の音と共に、緋色の尾が揺れる。

 リォーは三度みたび頭を下げて、反対側の橋を渡った。



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