表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/112

幕間 第二皇子の思索

 皇太子と第三皇子双方の行方は、既に帝国軍本隊弓法科所属の神法士によって捜索が開始されていた。

 手掛かりとなる物品は、二人の部屋を捜索した時に入手しているだろう。レテ宮殿内には神法を感知する法術があると同時に、ある一定の手順を踏まなければ対人神法は使えないようになっている。捜索の神法もまた同様だ。そのために時間はかかったが、成果はあったらしい。


北門エクシトゥスにて、フェルゼリォン殿下発見の報が届けられたようです」

「だろうな」


 部下のラリスからの報告に、第二皇子リッテラートゥスは、自室の椅子に深く腰掛けたまま灰みがかった青い目を眇めた。

 ラティオ侯爵領への最短経路であるテルグム街道に出る東門カナリスへは、既に帝国軍から相当数の増援が向かっている。ベクトゥラ川を航行する船舶への検問も同様だ。

 フェルゼリォンの今までの行動を考えれば、それらは避けるはずだ。あの放浪癖の異母弟なら、多少の難路には構わず北門を選ぶだろう。


(あいつなら、クラスペダの魔獣の巣窟ぐらい構わず突っ切りそうだがな)


 だがその推測は、捜索部隊には聞き入れられなかった。

 リッテラートゥスは、軍人家系を誇るフィデス侯爵家の因習に従い帝国軍に所属してはいるが、後方支援部隊の事務方で、発言力などないに等しい。


(ま、望んで入ったんだけど)


 本来ならば皇太子の補佐をすべきだろうが、リッテラートゥスはいつもの強弁で閑職を獲得していた。今回ばかりは、それが仇となったが。


「捕まえられそうか」

「いえ。街道を潰された結果、森の中に逃げ込まれたようなので」


 プリュト大森林だ。あそこは御領林として皇家の管轄ではあるが、奥はそこまでしっかりとは管理されていないはずだ。あそこに潜まれるとなると、予定の三倍は人員が要るだろう。

 そしてもう一つ、気になることがあった。


「道を潰したというのは何だ?」

「どうも同行者が一人いたようで、神法使いが穴を開けたとのことです」

「ふぅむ。雇った? というよりは、知人かもな」


 フェルゼリォンは度々城を抜け出すせいで、学校よりも下町に知人が多い。正式な神法士よりも、所属のない神法使いの方があてはありそうだ。


「名簿を確認しますか?」

「そうだな。念のため、帝都にいる神法士の所在は洗っておくか」


 神法士は一人でも強力な兵士に相当する。そのため、神法が使えるかどうかは必ず入城する時に検査され、滞在期間とともにその階級も記録される。

 ちなみに検査とは、神言が彫られた法具――卵型をした水晶の一種で、夜を閉じ込めたような深い濃藍色をしている――に触れることで、手の平から血の適性を判別するものだ。神殿や学校にあるものの転用で、適性が高い者ほど強く光るといわれている。ちなみのちなみに、リッテラートゥスの時は星の輝きよりもささやかな光だった。

 だがもともと、皇家には近年強力な神法士は誕生していない。アドラーティもリッテラートゥスと大差はなく、神法士に比べれば児戯に等しい。そしてフェルゼリォンに至っては全く適性がない。その引け目から、剣術に傾倒していったようだが。


(まぁ、今はまだ見付からない方がいいかもしれないがな)


 見付けるなら、弟ではなく兄アドラーティが先だ。少なくとも、帝国軍やフェルゼリォンよりも先に見付ける必要がある。

 でなければ、最悪疑惑の目が自分に向く事態になりかねない。


「血は採れたか?」

「いえ。現場についた時には、綺麗に洗われていました」

「そうか」


 ラリスの回答に、リッテラートゥスは余計に疲労が増した気がして目頭を揉んだ。

 対象者を探すのに最も確実なのは物品ではなく血液だ。そして皇太子が消えた部屋には、血痕があった。何者かに襲撃を受けたのは確実だ。

 その血がアドラーティか敵のものかは分からないが、それがあれば居場所はすぐに特定できたはずだ。しかしそれがない。軍内で採取した様子もない。


(血を隠せる奴が犯人ということだが)


 玉妃宮に出入りできる者と、真っ先に呼ばれた近衛、増援に呼ばれた帝国軍と責任者。対象者は少なくない。


「……面倒臭いな」

「殿下」


 背もたれに体重を預けて天井を仰ぎ見る。綺麗に切り揃えた黒髪をがしがしと掻き乱すと、ラリスが呆れと不満を混ぜた声を上げた。


「美しい御髪おぐしが乱れますのでおやめください」

「……いつも思うんだけど、貴下きかって小生に仕えてるの? 小生の髪に仕えてるの?」

「私めがお仕えしているのはヘレン令妃様……と主に殿下の御髪です」

「あっそ」


 無駄な会話をしてしまった。

 ラリスは確かに第二皇子の直属ではなく、正式には令妃宮に仕える侍従文官である。自分付きの侍従よりも自分の情報が筒抜けにならない分、母付きの侍従は重宝するのだ。

 ラリスが髪を黙々と整える間、リッテラートゥスは皇太子の行方を思案する。


(今更になって兄上が襲われる理由は何だ?)


 皇太子アドラーティは、文武両道の秀才で努力家だ。そして現皇帝の嫡子でもある。完璧と思われるその立場を揺るがすとすれば、神帝サトゥヌスから続く青き血統を有していないという一点だろう。

 そのたった一つの欠点をあげつらって、第二皇子や第三皇子を次期皇帝にと望む声は絶えずあった。特に玉妃の生家であるラティオ侯爵家と、令妃の生家であるフィデス侯爵家との対立は顕著だ。


 六侯爵の力関係は、前帝の時代からここ十数年変わっていない。皇太后の推薦を得て枢府の議長を務めるアウデンティア侯爵が最も発言力を持つ。次席を争うのが、現両妃の二家だ。

 しかしフィデス侯爵家は、ある事件のせいで近年発言力を落としており、形勢は不利と言える。

 だがもし皇太子がアドラーティから、リッテラートゥスに替われば。

 力関係は簡単にひっくり返るだろう。


(つまり得をするのはうちの祖父殿なんだよな)


 とは言っても、祖父は随分前から寝たきりだから、実際に動いているのは当主代理の伯父ネストルだろうが。

 他にも、第三皇子を支持する連中には神職者が多い。ヘセド・エメス大神殿の神殿長や、ファナティクス侯爵などはその筆頭だろう。

 連中は青い髪と目を持つ先祖返りの弟をサトゥヌスの再臨と讃え、神話と信仰の再興を願っている。連中にとっては、アドラーティとフェルゼリォンのどちらが帝位についても後ろ盾となる家は変わらない。アドラーティを排除するのに、人倫以外で躊躇う理由はない。


(どちらが行動力があるかといえば、まぁ、どっちもどっちだろうが)


 首謀者が誰だとしても、誰が誰を見付けるかで話は変わってくる。もし第三皇子派が先にフェルゼリォンを見付ければ、被害者面して確実に第二皇子派に罪を被せるだろう。

 そしてそうなった場合、破滅の巻き添えを喰らうのはフィデス侯爵だけに留まらない。


(実に面倒くさい)


 リッテラートゥスは、帝位に執着はない。責任も面倒も他人の尻拭いも嫌いだ。だが自分よりも劣る者に仕える気もない。いざとなれば、切り捨てるものは冷静に選べると自覚している。

 そのために、幾つかの情報が要る。


(兄上の行方と、伯父上の目的、第三皇子派の動向、そして)


 何故、今なのか。


(今までと違うことは何だ?)


 フェルゼリォンが戻ってきたのは三か月ぶりだが、珍しいことではない。

 カーランシェは十五歳になったが、婚約者の話はまだ表立ってはいない。水面下では色々と動いているだろうが。

 他に違う点と言えば。


(プレブラント聖国の王女殿下か?)


 リッテラートゥスは、彼女が訪れた際に対応に出ている。

 人の顔も名前も覚えるのが苦手なリッテラートゥスではあるが、印象には残っている。快活なようでいて、伏せた眼差しはどこか陰があった。美人ではないが、不思議と目を惹く雰囲気のある少女だ。


「聖国の王女の行方は分かったか?」

「それが、どうも分からないのです」

「分からない?」


 ひとまず髪を整えて満足したらしいラリスが、やっと手を放して答える。その声は、常には明晰な受け答えをするラリスには珍しく困惑気味であった。


「近衛が部屋を訪ねた所、既に荷物などはなく、正式に出立した後のようだったとのことです」

「今日がその日だったのか?」


 レイフィール王女の訪問理由は、私的な探し物の途中で寄ったというものだった。長逗留をしないのは分かっていたが。


「確認中です。出立に際しては、誰かが挨拶を受けたはずなのですが」

「分からないのか?」


 片眉を上げたリッテラートゥスに、ラリスは珍しく眉尻を下げた。


「フェルゼリォン殿下と最後に会っていたのが王女殿下という確証もないので、帝国軍の方からもすぐには手を出せないようです」


「あぁ、まぁそうかもな」


 他国の客人を、明確な罪状もないのに引き留めることなど出来はしない。別の手を考えるか、確認が取れるまでは放っておくか、と考えたところで、ふと小さな疑問が引っかかった。


(そういえば、探し物とは何だったんだ?)


 中立を謳い、他国に干渉することを控える聖国の王女が、わざわざ少ない供だけで他国を訪れた。しかも第二王女は城ではなく、双聖信仰の聖地である最後の聖砦(エスカトン・フルリオ)で暮らしていたはずだ。

 いわゆる深窓の令嬢の、私的な探し物。

 異母弟が同時期に帰ってきたことは、本当にただの偶然だろうか。


(妙に気になるな)


 虚空を睨む。無意識に手が前髪に伸びる。だが掻き上げる前に手首を掴まれた。ラリスだ。


「…………」

「この後はどうなされますか?」


 目は全く違う文句を言っていたが、面倒なので椅子から立ち上がるついでに手を振り解く。


「仕方ない。伯父上に会うか」

「では取り次ぎます。その後は私めは本分に戻っても?」


 ラリスの本分とは、ヘレン令妃付きに戻るということだ。


「あぁ、いいぞ。だがその前にもう一仕事してもらおうか」

「めんど……何用で?」

「聞こえたぞ」


 我が儘息子に付き合わされる本音がしっかり聞こえたが、まぁいいと流す。


「軍に伝言しろ。フェルゼリォンはベクトゥラ川を北上するはずだと」

「川ですか? 伝えてもいいですが、やはり真剣には聞き入れられないと思いますが」

「あぁ、それでいい。ついでに神殿にもその話が流れるようにしろ。その代わり、兄想いの小生も兄上を心配して兵を出す。手配しろ」

「はぁ、それは結構なことです。して、行き先は?」

「クラスペダ山岳地帯だ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ