これが出会いでした
「僕は君がいいけれど、僕と結婚するとこの国の王妃にならなくちゃいけないんだ」
意識が戻った瞬間聞いた言葉は、昔王太子に言われたプロポーズだった。
目の前には幼い金髪の男の子。
見回せばここは王宮の庭園だ。
(え???)
さっきまでいた場所は公爵邸のサロンであり、周りには呆然と立ち尽くす侍女と殿下の護衛騎士たち、力尽きたように座り込んでいたデイジー。
そして、自分を庇って命の灯を消そうとしていたラッセル殿下だったはずだ。
(でも、この子……)
ロザリーの返事を待っている男の子をよく見れば、それは幼いころのラッセル殿下と瓜二つだ。
そう気づくと記憶が紐解くように蘇る。
(これは、昔ラッセル殿下に言われた言葉だわ……。わたくし、夢を見ているのね……ああ、もしかして走馬灯というものかしら?)
記憶をたどると、これはロザリーが10歳の時に招待された、王妃様主催の王太子の婚約者選びの目的で開かれたお茶会だ。
外見はもちろんだが、話をした時の内容も楽しくていつまでも話していたいと思った。
お茶会も終わりを迎えたころ、こっそりと手を引き、お気に入りの場所へ自分だけを連れて行ってくれた彼を好きだと思った。
しかし、彼の横に並ぶには、とても厳しい教育をこなさないといけないらしい事は遠回しにだが王妃様が皆に告げていた。
もし自分がそれをこなすことが出来なかったら、彼はとても困るのだろうと子供ながらに考えたのを覚えている。
どんな教育なのかを理解できない程に難しすぎて、自信をもって「やる」とは言えなかった。
『僕は君がいいけれど、僕と結婚するとこの国の王妃にならなくちゃいけないんだ』
だから私はその問いにこう答えたのだ。
『考えてみます』と。
(幼い自分に精一杯の返事だったけれど、ここから10年頑張ってきた今のわたくしなら自信を持って言えるわ)
「殿下」
「うん?」
「わたくしは貴方が好きです。だから隣に立っても恥ずかしくない、殿下を支えるのに申し分ない王妃になります」
「……!」
笑顔でそう告げるロザリー。
そんなロザリーの言葉を聞き、一瞬驚いた表情になるも、すぐに満面の笑みを浮かべるラッセル殿下。
「ありがとう!」
そのまま思いっきり抱きしめられ、耳元で10歳とは思えないほどの甘い声で囁かれる。
「ロザリー、これからよろしくね」
(あれ? 感触がとてもリアル……)
ロザリーは恐る恐る抱きしめ返し、彼の背を掴む感覚がはっきりしていることに驚く。
ここで、初めて自分が過去に戻ったのだということを自覚し始めた。
――思考が追いつかない。
それでも、嬉しそうに微笑んでくれるラッセル殿下の笑顔に、ロザリーも自然と笑みが零れたのだった。
お茶会の後から数日が経ち、ロザリーは自分が過去へ戻ったのだと確信していた。
そしてさらにその数日後、王太子の婚約者となったことを父から報告された。
(以前は婚約者候補だったけれど、未来が変わったと言うことなのね)
『君の気持ちを聞かせてくれてありがとう。
とても嬉しかった。
僕も君を失望させないように今以上に頑張るつもりだ。
次に会う日が待ち遠しいな。楽しみにしているよ』
(わたくしも次に会う日を楽しみにしています)
父が婚約の誓約書とともに預かってきたラッセル殿下からの手紙をそっと抱きしめる。
(以前もこんな手紙もらったことあったような……?)
以前の時もお茶会の後に似たような手紙をもらっていた。
(そうだわ。あの時も殿下はお手紙をくださった…確か内容はもう少し堅かったけれど、同じようにお礼と次に会うことを楽しみにしていると言うこと…それと……)
『君の考えが決まった時、返事をして欲しい』
(あれは手紙の返事ではなく、王妃になるかどうかの返事という意味よね。わたくしはあの時の返事をハッキリとは返さなかった……)
後悔のため息が漏れる。
(あの頃はそうすべきだと思っていたけれど、今は……)
きっとこれから会うであろう王妃教育のための教師達の顔を思い浮かべる。
(必死過ぎて言うことを鵜呑みにしていたあの頃のわたくしとは違う。今度は言われるがままではなく、自分の心も大切にするわ)
ロザリーは胸の前で合わせた領の手をきつく握りしめ、己を奮い立たせるのであった。
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