表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

蕎麦 is over

作者: 勘吉

 ○月〇日に内閣で制作された「自家用蕎麦製造禁止法案」が国会に提出され、

丁度一年前、国会議員過半数の承認を得て可決されることになった。


「酒には密造が禁止されている。酒はアルコール分を多く含み、

アルコールの分解するが困難な体質の人間に対して致命的な損害を与える。

蕎麦も同様に、ソバアレルギーの人間に対して致命的である。

国民の皆様にはこの食品に対しての制限を行うことを理解して頂きたい」

                        ――独活総理のスピーチ


 ソバアレルギーはアナフィラキシーショックを起こすほど強力である。

(スズメバチに2回刺された後の状況に匹敵し、死に至る事もある)

それは、世論をアンチ・蕎麦に引き込むには十分すぎる事象だった。


 私は香川都民のしがないサラリーマンである。この一年で国は大きく変動した。

まず、規制対象が「自家用手打ちそば」から段々とエスカレートしていき、

「老舗店でのみの営業」に限定され、それが寡占を招く恐れがあるとの意見から

蕎麦店自体が売り場を海外のみに限定され始めた。


 だが、国内で受け入れられなかったものが海外で受け入れられるはずもなく、

#StopSobaの声は世界中に拡散していったため、老舗さえも急速に衰えていった。

 とどめと言わんばかりに蕎麦文化が否定され始めた。文部科学省は、

教科書の蕎麦に関する記述はマーカーで塗りつぶすように指示しているらしい。

 当然、蕎麦文化の中心地であった東京は忌避されるようになったため、

日本国民は新しい首都を必要とした。


 そこで香川都である。競合のいなくなったうどんは、

あまねき日本人類が麺類を欲する思いをその一身に背負う必要ができた。

その需要に最も応えることができるのは香川であった。桃源郷と化した香川に

人口が大量に集中し始めた。面積も東京とさして変わらないので

日本国民は東京とさして変わらない暮らしをすんなり受け入れた。


 とはいえ、私は目まぐるしく変わる社会に疲れてきた。

今日は外食にしよう…と疲れた体にガソリンを注ぎ、定時まで勤務する。

 時計の針と針がキリの良いところで直線を作ったのを見て、会社を後にした。


 うどん屋は特に夕時に混雑する。少し近道をしていこうと思った。

だが、夜の路地裏には危険な人種が集まりがちである。


「旦那ァ…こいつが例のクスリで」

「おお…!も、もう待ちきれない!はやく!」

「おっとォ。お勘定を忘れてもらっちゃ困る」


 明らかにヤバそうな、フードをかぶった男の「取引」を見てしまった。

こういう状況では得てして相手にも見られているものである。


「お前ぇもコレェ…欲しいのかい?」


 運よく勘違いしてくれた。


ピピ、ポ。「あ…ああ。いくらだい?」


 事を荒げないためには状況の波に飲まれることだ。


「へへへ…1gで五万円でい。これでも大安売りでさァ」


「…確かに随分安いな。カードは使えるか?」「あだぼうよ。」


 最近の密売人はずいぶん融通が利くらしい。


「旦那ァ。早くしてくれよォ。サツに嗅ぎ分けられちまうんだ」


「む…すまない。」


だが、密売人に会うのは初めてなので、どういう人物なのかの興味もある。

おそるおそる聞いてみた。


「それにしても、なんでこんな仕事を…」


「…旦那も同じ"通"の人間だから教えてやるけどよォ。

俺ぁ東京で蕎麦の修行やってたんだ。名匠相馬の一番弟子たぁ俺がことよ」


名匠相馬なら私でも知っている。たしか彼は今…


「お師匠さんはな、サツにとっ捕まっちまったんだ。

A級麺犯だのなんだの言われて、でっちあげられたんだ!

だから俺は危険を冒してでもこの国に反抗し続けるぜェ!

お師匠さんの意志は俺が継ぐ!」


「…素晴らしい。それで今、

○○区何番通りで(・・・・・・・・)取引を行っているのか。君は勇気ある人間だな。

もう少し君と話がしたい。君は蕎麦のいいところはどこだと考える?」


「てやんでぃ!もちろんきめ細かさと香ばしさだろうがィ!

あの、そば粉とつなぎの作り出す奇跡的な調和に心惹かれない奴は人じゃねェ!

一本一本が高級呉服屋の絹のように光り輝いていながらも、素朴で奥深い味…!

くぅーッ!命を食べているってことが体の芯までジンジン響くぜェ!

上品な側面を持ちながらも、ガッついて食うことを想定した庶民の味…!

あの麺を頬張った時の多幸感…たまらねぇ!」


…そろそろか?


「まぁ俺うどんも嫌いじゃないけど


        「「警察だ!手を上げろ!」」


                 げぇっ!しまった!」


 時間を稼いだかいがあったようだ。


「ちきしょうめェ!テメェだましやがったなァ!バーローめェ!」


「相馬一郎、違法そば粉密売の現行犯で逮捕する!ついてこい!」

「捜査にご協力いただき感謝します!後ほど署まで…」


「クソがァ!お前何もんだァ!」


 私はうどん派だ。



 どうやら指名手配犯だったようで、多額の賞金を受け取ることができた。

だが、それによりうどん屋に行くのが遅れてしまった。


 うどん屋の前は長蛇の列で、テーブルが空いたころには夜の10時だった。

うどん一杯が2399円もする。高級店だし当然か、とため息をつく。


 昔、この店のうどんは、今よりずっとうまかったものだ。

手作りの味というか、思いというか…

客があまり訪れずやつれていた店主の作る、一生懸命な手打ちうどんは良かった。


 今は大量生産によりうどん製造機による高級うどんがほとんどである。

そもそも、競合がいなくなったので味が落ちても何の問題もないのだ。

宝のように光り輝いて、それでいて今の状況に抵抗する反骨精神に溢れていた

あの「生きていた」手打ちうどんはどこに行ったのだろうか。

店内には無機質にこねくり回す機械と小麦粉で成形した何かがあふれている。


 しかし、煌びやかな看板とうたい文句に引き付けられる人はたえず食べている。

頭を働かせることを忘れて、「高級うどんを喰った」という情報を食べている。



…かなり社会に疲れてしまった。でもそんなものなのだ、社会は。

目まぐるしく変わっていく社会の中で、みんな大切なものを忘れていく。

子供の頃の夢を覚えていて、それを成し遂げた人間が殆どいないのと同じように。

そんなことを思い出したら、罪悪感や恥ずかしさで死にそうになる。

だからみんな脳を働かせずに飯を貪る。

何も考えず何も感じないのが人間の防衛機構だから。



――ふと、アイツが頭によぎった。

アイツは忘れなかった。常識を押し付けられても立ち向かい続けていた

アイツは子供ではあったが、間違いなく「人」だった。

本人もそれがどういう事を招くか、分かってなかった訳ではないだろう。だが。


 悪いことしたなぁ、と思った。



 その後、独活総理は例の法案に対してヤジを飛ばした野党議員に対して

「手打ちにしてくれる」との失言を行ったために、

即日内閣不信任決議が可決され、あえなく総辞職となった。

同時に例の法案も棄却され、それにより被害を受けた人々も解放された。


 蕎麦業界の復興が日々進んでいる。うどん業界も反動で引き締まっている。

当たり前にある物事は、例えそれが敵対する物であったとしても大切なのだろう。



 いつかアイツに、手打ちうどんおごってやろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ