幼馴染みの彼女の為に作った曲は彼女の婚約破棄を願って作った歌じゃない
俺は作詞作曲をする仕事をすることを夢見ている。
曲を作ることが楽しくて仕方がないからだ。
俺は色んな人を感動させられるような歌を作りたい。
そんな俺を昔から応援してくれる人がいる。
それは幼馴染みの彼女だ。
彼女はずっと俺の隣で俺の曲を聴いてきた。
「やっぱりあなたの曲はいいよね」
「そんなことを言ってくれるのは君だけだよ」
「それはあなたの曲を、ちゃんと聴いていない人がほとんどだからよ。ちゃんと聴いたら絶対あなたの曲の虜よ」
「もう何年この仕事を夢見てるんだろう?」
「諦めないでよ。私はあなたの一番目のファンよ。私はあなたの夢を応援するから。必ず叶うわよ」
彼女は俺の曲を聴いて、いつも褒めてくれる。
そんな彼女は俺の好きな人で可愛い。
長い黒髪がサラサラでいつも良い香りがする。
大きな目で楽譜を見ながら、俺の曲を聴く。
楽譜なんて見ても分からないのに、見る彼女。
何故、楽譜を見るのか彼女に訊くと、俺が何度も書いて消した痕が、その曲をもっと良く見せるのだと言った。
俺が汚い楽譜が曲を良くするとは思えないと言ったら、彼女はこのたくさんの候補から生まれたこの曲は軌跡の曲なのよと言いながら、楽譜を大切に抱き締めた。
彼女の俺の曲への愛情は確かだ。
俺じゃなくて俺の曲を愛してくれている。
それでいい。
いつか俺を愛してもらえるなら。
いつか俺の曲で気持ちを伝えよう。
いつか俺の曲より俺を愛してもらえるなら、、、。
いつか、、、そう思っていた。
「そんなことを言って、君は俺を置いて幸せになるんだろう?」
「あなたも恋人を作ったら、もっと楽しく曲が作れるんじゃないの?」
「俺は曲を作るのに必死で、恋人なんて作る暇がないんだよ」
「恋人が支えになって、夢が実現するかもしれないのに」
俺の幼馴染みは最近、恋人ができた。
幸せそうだ。
俺はいつか彼女に好きだと言おうと決めていたのに。
そのいつかは来なかった。
「曲ができたんだ。最初に聴いてほしいんだ」
「うん」
俺は彼女に歌詞を書いた楽譜を渡し、曲を電子ピアノで弾いて聴かせる。
すると彼女は綺麗な涙を流しながら俺を見た。
「どうしたんだよ?」
「切ない気持ちが溢れてるのよ。この曲は」
「だって失恋の曲だからね」
「失恋? そうなのね」
「感想を聞かせてよ?」
「サビの部分の “君は近くて遠い、僕の心は居場所を失くして。君は近くて遠い、君の心はここにはいない” って所は切なすぎるわね」
彼女は楽譜を見ながら言った。
彼女は歌詞を見ただけでまた泣きそうな顔になっている。
「彼女が側にいても心は側にいてくれない。それを分かっている彼の心の行き場所を失くしたことを、伝えたくて書いたんだ」
「そうなんだね。彼には幸せな未来が訪れてくれたらいいね」
「彼には来ないよ」
「どうして?」
「この彼女が近いところにいれば、彼は彼女を忘れることはできないからね」
「それは彼女から離れれば、忘れて次の恋愛に行けるってことなの?」
彼女はこの曲の彼の気持ちに寄り添っているのか、悲しそうな顔をして訊いてきた。
「そうだよ。だから最後の歌詞は彼女に伝えるような歌詞になっているんだ」
「 “俺の為に泣いたり、怒ったり、笑ったりしないで……” ってそういう想いがあったのね」
「彼女の存在が彼の心の居場所を失くすんだ」
「悲しいね。恋愛って幸せじゃない時もあるのね。それを思うと私と彼は本当に奇跡なのかな?」
「そうだよ。きっと、、、」
俺と君が幼馴染みで、幼い頃から今までずっと一緒にいるのも、奇跡だよ。
そんなことを言えない俺はどこまで意気地無しなのだろう。
「あなたの曲を一番最初に聴かせてくれてありがとう」
「だって君は俺の一番目のファンだろう?」
「うん。私はずっと、あなたの一番目のファンだからね」
「恋人がいるやつの言葉なのか?」
「恋人とは別よ。あなたは私の大切な存在なの」
彼女はそう言って笑った。
彼女の言葉は、彼女に対する俺の想いの居場所を失くす。
彼女は人のモノ。
だから俺の心は居場所がない。
◇
「今日ね彼が私に、あなたと会うのはやめろって言うのよ」
「彼が言うならそうしたら?」
「嫌よ。あなたの曲をたくさん聴きたいの」
彼女は頬を膨らましながら、まるで拗ねた子供のように言った。
「君はどうして俺の欲しい言葉をくれるんだよ?」
「えっ」
「俺の曲を聴きたいなんて、作詞作曲をしている俺には嬉しい言葉だよ」
「だって本当にそう思うのよ」
「分かったから。俺のせいで彼とケンカはしないでくれよ」
「分かってるよ。彼にも、あなたの曲の良さを知ってもらえればいいのになぁ」
彼女は俺の前で愛しい人を想いながら言う。
俺は傷ついていることを彼女に知られないように、いつものように明るく接する。
「それなら曲を作ろうか?」
「えっ、いいの?」
「俺の想いのこもった曲を作れば、彼も分かってくれるかもしれないよ?」
「うん。それに私も楽しみができるよ」
「待ってて」
「うん。待ってるよ」
◇◇
そして俺は曲作りに励んだ。
彼女とはその間は会わないと誓った。
どのくらいかかったのか分からない。
案外できるのに時間がかかった。
俺は彼女に曲が入ったUSBを渡した。
彼女は目を閉じながら、パソコンに繋いだヘッドホンから聴いていた。
するといきなり目を開けて俺を見つめる。
そしてまた綺麗な涙を流した。
意味が分からない。
だって俺を見つめて泣く彼女はどこか切ない顔をしている。
この曲はそんな顔をして聴く曲じゃないのに。
希望を歌っているのに。
「どうしたの?」
俺は曲を聴き終わった彼女に聞いた。
「私ね。彼にプロポーズをされたの」
彼女はそう言って俺に左手の薬指のリングを見せた。
「いつ?」
「先週の日曜日よ」
「何でもっと早く教えてくれなかったんだよ?」
「だってあなたは曲作りの時は、連絡しても返してくれないでしょう?」
「俺のせいか、、、」
「私もメールくらいしておけばよかったかなぁ?」
「まあ、仕方ないよ。でも婚約おめでとう」
「ありがとう」
彼女は苦笑いをしながらお礼を言った。
「ところで、曲の感想を聞いてもいい?」
「言えないよ」
「えっ」
「ごめんなさい。言えないの」
「それならどうして涙を流したの?」
「それも言えないの」
「それなら彼にこの曲を聴かせてあげて」
「ごめんなさい。それもできないよ」
「どうして?」
「この曲は誰にも聴かせたくないの。私だけしか聴けない曲じゃダメ?」
彼女の気持ちが分からない。
「どうして? その理由が聞きたいんだ」
「それはいつか話せる時に話すわ」
「俺の一番目のファンだから、特別にその曲を君にあげるよ」
「ありがとう」
「それなら彼に聴かせる曲をまた作ろうかな?」
「もういいよ。彼はあなたの曲の良さなんて一生、知らなくていいよ」
「どうしてそんなことを言うんだよ?」
「だってあなたと彼の曲の趣味が全然違うのよ」
「婚約者の曲の趣味は、もっと早くに知っておかないとダメだろう?」
「そうね」
彼女は無表情で言った。
その日から彼女は俺の曲が入ったUSBを持ち歩いていた。
◇◇◇
彼女は今日も俺の家へ来た。
彼女は最近、俺の家によく来る。
「今日も来たのか?」
「うん」
「彼と何かあったのか?」
「何もないよ」
「それなら彼の側にいなくていいのか?」
「彼とはこれからずっと一緒にいられるんだからいいの。今はあなたと一緒にいたいの」
「本当に何もないのか?」
「本当に何もないよ」
彼女の顔を見れば何かあったことは分かる。
幼馴染みだから彼女の変化も分かる。
何かあっても彼女が俺に話さないことも分かる。
彼女はまず自分で解決策を考えて、それでもダメだと俺に頼るんだ。
彼女から頼られるまでは俺は口を出さない。
『ピンポーン』
俺の家のインターホンが鳴った。
俺が玄関のドアを開けると、一人の男性が何も言わず入ってきた。
「何でいるの?」
彼女はその男性を見て驚いている。
「君のあとをつけたんだ」
「何でそんなことをするの?」
「君が最近、会ってくれないからだよ」
「それは少し考えたいからって言ったでしょう?」
「その少しが俺は待てないんだよ」
「ちゃんと考えたいの」
「何を?」
「えっ」
「これのせい?」
彼女の婚約者であろう相手は、あのUSBを彼女に見せる。
「どうしてあなたが持ってるの?」
「君が毎日、大事そうに持っていたから気になって中身を見たよ。見たじゃないね。聴いたよ」
「私だけの曲なのに。どうして勝手に聴くの?」
「俺だけが悪いの? 君も悪いよね?」
「えっ」
「俺がいるのにこんな曲を大事に持って。まるでこの曲をくれた人に恋をしているみたいだ」
彼女は婚約者の言葉に目を見開いて驚いている。
俺も驚いた。
彼女が俺に恋をしているなんて信じられない。
「私はあなたが好きよ。それをちゃんと考えたいから時間がほしかったの」
「その曲を大事にしてるのに俺が好き? それなら俺がいればこの曲はいらないね」
婚約者はそう言ってUSBを踏み潰した。
USBは粉々になった。
「どうしてそんなことをするの? この中にしかあの曲は入っていないのに」
彼女は本当に悲しいのだろう。
俺の曲の為に泣いている。
「どうしてあの曲がそんなに大事なの? 君がそんなに泣くほどあの曲は大事なの?」
「あの曲は私が初めて自分の気持ちに気付いた曲なの。でも私にはあなたがいるからあの曲を思い出に大切に持っていたのに、、、」
「それってどういう意味? 君はその曲を作ってくれた人に恋をしているのを忘れるつもりなの?」
「それを考える為にあなたに時間をもらったのよ」
「君はその気持ちを思い出なんかにできるの? そんなにあの曲を大事に思っているのに?」
「…………」
彼女はうつむいて何も言わない。
彼女はずっと迷っていたんだ。
俺が自分の気持ちを込めた曲を彼女に聴かせて、彼女がどんな気持ちになるのかなんて考えずに、、、。
俺は自分のことしか考えていない子供だ。
そんな俺の曲が誰かを感動させて、幸せにできる訳がない。
彼女を幸せにできる訳がない。
俺の足は電子ピアノへ向かっていた。
そして椅子に座りあの曲を弾く。
最初の初めの音を弾いただけで彼女は顔を上げて俺を見ている。
どれだけ俺の曲を聴いてくれていたのだろう?
彼女はあの曲だとすぐに気が付いた。
「 “俺が君の心からいなくなっても、俺は君を忘れない。だから君はどうか幸せになって、俺の分まで笑っていてほしい” 」
俺があの曲のサビを弾いて、それを聴いている彼女の涙は止まらない。
まるで俺に伝えているようだ。
俺を忘れないからって。
「私にはこの曲の意味が分からないの」
「意味?」
「この曲はあなたの気持ちでしょう?」
「うん」
「それならあなたは私を忘れないのは何故なの?」
「それってこの状況で言う言葉なのかなあ?」
「えっ」
俺は彼女の婚約者を見る。
彼女は俺の言いたいことに気付いて婚約者を見る。
「私は彼の曲を聴いている間、あなたのことを忘れることができるの」
「婚約者の俺のことを忘れるの?」
「そう。私はあなたのことは好きだったわ。でも気付いたのよ。曲を聴いている時に思い出すのはあなたじゃないってことをね」
「君ってヒドイ人だね。俺をこんなに傷つけて」
「本当にごめんなさい」
彼女は深々と頭を下げて謝る。
「俺は君が俺の所に戻って来てくれれば、それだけでいいんだ」
「私が悪いのは分かるわ。でもあなたは私の大切な思い出を壊したのよ? そんなあなたと結婚なんてできないわ」
「思い出は俺と作ればいいだろう?」
「あなたとの思い出じゃないの。彼との思い出なのよ?」
「俺の思い出だけでいいじゃん」
「私は彼との思い出で成長できたの。あなたにも出会えたのに。あなたはそんな彼との思い出がいらないって言うの?」
彼女は自分のことしか考えていない婚約者に悲しい顔を見せて言った。
お互いが思いやりをもたなければ、結婚生活なんてできないことは、俺でも分かる。
「だって彼の思い出があると君はまた迷うかもしれないだろう?」
「私はあなたを選んで彼のことは過去の思い出にしようとしてたのよ?」
「それなら俺の所に戻ってきてくれるか?」
「ごめんなさい」
すると婚約者は彼女の前で手を上げた。
彼女が危ない。
俺は椅子が倒れるのも気にせず、急いで彼女の元に走った。
『パシッ』
俺の頬に婚約者のビンタが当たった。
「どうして?」
彼女は涙目で言った。
「君が叩かれる意味が俺には分からないんだ。君は自分の気持ちに正直になっただけなのに」
「私が悪いのよ。彼を傷つけたんだもの」
「それなら俺も悪いんだ。あんな曲を作ったからね」
彼女は俺の叩かれた頬を撫でた後、婚約者の前に立つ。
「本当にごめんなさい。私はあなたとは結婚できません。これもお返しします」
そして彼女は婚約指輪を彼に渡し頭を下げた。
婚約者はその指輪を受け取る。
「結婚する前に気付いて良かったよ。もし、これが結婚した後だったら君は俺の一生を奪う所だったよ」
婚約者はそう言って俺の家から出て行った。
◇◇◇◇
沈黙が続く。
こんな沈黙は今までにないほど長かった。
「ごめんね」
彼女はそう言って俺の叩かれた頬を撫でる。
彼女の小さくて柔らかい手を俺は上から重ねた。
「俺もごめん」
「どうして?」
「婚約破棄させちゃったよね?」
「そうだね。親に怒られちゃうよ。ちゃんと考えてから返事をしなさいってね」
「それなら俺が結婚しようなんて言ったら何年も待たなければいけないかもね?」
「でも何十年も待っていたんじゃないの?」
彼女は冗談のつもりで言ったかもしれないが、彼女が言ったことは当たっている。
「俺はまだ夢は叶っていないけど、必ず叶えて君を今よりもっと幸せにするよ」
「私もあなたを支えるよ」
俺達は笑い合った。
俺達はこれから始まる。
◇◇◇◇◇
それから俺達は忙しかった。
何故かって?
それは、、、。
『それでは今週の第一位は、なんと初登場で、全てが謎に包まれている男性が作詞作曲をしたこの一曲です。曲名は “この曲は婚約破棄を願った歌ではない” です。この曲名に驚いた人はたくさんいたでしょう。そしてどんな曲なのか気になった人も多かったでしょう。この曲の最後の彼の気持ちが、この曲の曲名がついた理由なのではと私は思います。顔出しNGでご本人の登場です。それでは聴いて下さい。 “この曲は婚約破棄を願った歌ではない” 』
そして俺は生放送番組で歌う。
彼女の為に。
「 “俺が君の心からいなくなっても、俺は君を忘れない。だから君はどうか幸せになって、俺の分まで笑っていてほしい” “でも君が気持ちに気付いてくれたら、俺は迷わず君を奪いに行くよ” 」
◇◇◇◇◇◇
「ねえ、ギリギリだよ」
「ごめん。収録が長引いちゃって」
「着替えて来たの?」
「うん」
「格好いいよ」
「君もすごく綺麗だよ」
そして俺の腕に彼女の手が添えられる。
「行こうか」
「うん」
そして扉が開いて俺達の結婚式が始まる。
美しく綺麗な彼女はウェディングドレスを着て嬉しそうに微笑んでいる。
俺達の結婚式は二人だけ。
誰も呼ばなかった。
会場では俺の曲が流れていた。
結婚式で流すような曲名ではないのは分かっている。
でもこの曲のお陰で俺達は結ばれたんだ。
だから俺達はこの曲を選んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「ねえ、次の曲はどんなテーマなの?」
「教えないよ」
「えっ、私はあなたの一番目のファンなのに?」
「一番目のファンだから、出来上がった曲を何の先入観もなく聴いてほしいんだ」
「そうだね。楽しみにしてるね」
「待ってて」
「うん。待ってるよ」
俺はまた彼女の為に曲を作るんだ。
次はハッピーエンドの曲だよ。
君と俺と君のお腹の中にいる大切な存在が幸せになる曲だよ。
曲名は
『君だけに捧げる歌じゃないんだ』
なんてどうかな?
読んで頂きありがとうございます。
読んで頂いた方の心に残るストーリーになったら幸いです。