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4話夫婦を演じる偽装夫婦

「さてと、そろそろ帰りますね」

 お茶を出し、彩芽さんとそれなりに会話をした。

 時間はまだ遅くないが、俺の部屋から去ろうと言った。

 しかし、帰りますねと言ってから、うだうだと帰ろうとする素振りは見せない。


「帰らないのか?」


「もうちょっと粘れば『遅いから今日は泊まっていけ』って雰囲気になるかな~と思ってました」


「あ~、じゃあ泊まって行くか? せっかくだし」


「い、良いんですか!?」

 

「ただし、俺は手を出すつもりはない」


「別に訴えませんよ?」


「いやいや、良いと言われてても、すぐにがっつくのはなんか違うだろ」

 して良いと言われたから。

 そんな理由で手を出すのは間違っている気がする。

 俺の友達がすぐにがっついた結果、痛い目に遭ったって話を聞いてしまったのも理由の一つだけどな。


「そうですね。私も急ぎ過ぎてました。どのくらいになるかは分かりませんけど、まだまだ道人さんとの偽装夫婦生活は続くんですし」


「そう言う訳だ。あんまり勢いよく事を進めても良い事は無い……と俺は思う」


「はい! そういう事なら分かりました。なら、今日は帰りますね!」


「やけに素直だな」


「正直、ここまで道人さんが私との偽装夫婦に乗り気だと思ってなかったんですよ。だから、良い女だと知って貰うためにと焦ってました。でも、道人さんが乗り気なので、私も焦らずゆっくりと頑張りますね」


「なるほど。がっついてたのは、俺をまず乗り気にさせるためだったわけか」


「そういう事です。でも、乗り気なら、乗り気にさせるために無理する必要もありません。あと、今日は色んな事がありました。道人さんも一人で色々と考えたいことがあるはずです。だから、帰りますね」

 強引さを感じる素振りを見せていた彩芽さん。

 しかし、引き際もちゃんとわきまえているようだ。

 

「ありがとな」


「いえいえ、私の方こそ今日はたくさん迷惑を掛けちゃったと思います。それじゃあ、また明日です」


「ああ、お休み」


「はい、お休みです!」

 ビシッと挨拶を決めた彩芽さんは車まで送ると言わせる間もなく、俺の前から消え去った。

 彩芽さんが居なくなり静かになった部屋で俺は大きく息を吐く。


「ふ~~~~~~。これから、何が起こるのやら」

 これからの生活がどう変わってしまうのか、不安や期待を抱きながら俺は眠るためにお風呂に入ったり、歯を磨いたりした。




 で、次の日。

 大学の講義が終わり、部屋に戻って来た俺はというと、本格的に彩芽さんの住んで居るマンションにお世話になれるよう準備を進めていた。

 朝、おはようの挨拶をし、その時に『夕方に迎えに行こうと思うんですけど、それまでに荷物って纏められますか?』と言われたからな。


「服と大学の教科書とノートパソコン。後はまあ、べつにそんな離れた場所に引っ越すわけでもないし、部屋を解約するわけでもない。足りなかったら、後で取りに来れば良いだろ」

 ちょうど準備を終えた時だ。

 特徴的な車の排気音が聞こえて来た。

 お高い車の排気音はそこらの車とは全然違い、車についてそんなに知らない俺でも分かる。

 

 そして、その車に乗っているのはきっと彩芽さんだろう。


 今度はコインパーキングになんて停めず、アパートの前に停められた車。

 玄関を出て、その持ち主に遠くから呼びかけた。


「荷物を持って、今からそっちに行くから!!!」


「はい! 待ってますね~。あ、多いようでしたら、私も手伝いますよ~~~」


「いや、大丈夫だ!」

 ちょっと距離が離れているので、大き目な声でやりとりした。

 が、しかし。

 来なくて良いと言ったのに、結局彩芽さんは俺の所に来てしまう。


「せっかくだし来ちゃいました」


「じゃあ、一つ持ってくれ」

 軽めのカバンを一つ渡す。

 そしたら、彩芽さんはご機嫌そうに荷物を持ち歩き始める。


「なんで、カバンを持たされてるのにご機嫌なんだ?」


「この中身は好きな人が私の部屋に来るためのモノ。刻一刻と、私の部屋に道人さんがやって来ると思うと、楽しくなってきちゃったんです」


「俺も楽しみだ。何だかんだで、綺麗な彩芽さんと一緒に暮らせるのがな」


「ですよね! 一緒に暮らし始めるまで、あと少し。あ、そうです。せっかくですし、今日はごちそうで乾杯しましょう!」

 楽しく話しながら俺は彩芽さんの部屋に引っ越すのであった。

 引っ越すと言っても、今住んで居る部屋を解約するわけではないけどな。




 で、あっという間に彩芽さんの部屋に着いた俺達。

 引っ越し祝いという事で、美味しいものを食べに行くことになったのだが……。


「高そうなところは無理だからな」


「えっと、その……お金に関しては平気ですよ? おばあちゃんからひとまずのご祝儀を貰いましたし。クレジットカードも変な事に使わなければ別に怒られませんので」


「でもなあ……」

 男としてのプライドが許さない。

 女の子の紐になるのに抵抗感を覚える俺。

 お金持ちだから、彩芽さんを好きになるなんて、俺は絶対に嫌だ。

 変なプライドが俺の中で葛藤を生んでいた。


「私との偽装夫婦をしてくれてるんだから、お金は気にしないで……と言いたいところですが、金銭感覚は人それぞれ。分かりました。ハウスキーパーさんを解約しましょう。そして、その代わりに道人さんがお家の事をやってくれる。で、それに応じたお給料をちゃんと出す。これで、どうでしょうか?」

 

「ありがとな。俺のめんどくさいプライドに合わせてくれてさ」


「いえいえ。私的には超うれしいです。だって、お金だけで私の事を見てないって感じがして、もうメロメロですよ!」


「お、おう」


「あ、ご飯を食べに行こうかなって思ってたんですけど、やっぱりお酒が飲みたいので出前にしません?」


「お酒って外でも飲めるだろ」


「ふっふっふ~ちょっと待っててくださいね」

 キッチンの棚から何かを取り出し俺に見せてくれる。


「見て下さい。この梅酒! おばあちゃんが美味しいから~ってくれた奴です。これが、どうしても飲みたいんです」

 うきうきと見せられた梅酒。

 さぞお高いのかと思いきや、俺の知っている奴で俺でも普通に手が出せるくらいの代物だ。


「意外だな。もっと高いやつが出て来ると思った」


「別に高けりゃ美味しいって訳ではありませんよ? それに、たぶん道人さんが思ってるよりも、私ってそんなに高い物を食べてないと思います」


「そういや、学食でも普通にから揚げご飯を頼んでたな」


「はい! つまりそういう事です。お高い物も食べますが、別に高くなくてもオールOKです」

 から揚げご飯。

 ご飯が乗っている皿にから揚げが数個ポンと乗っているだけのメニューだ。

 お金持ちだからって、常に豪華なものを食べているとは限らない。

 改めて確認できたからこそ、俺は彩芽さんに提案する。


「よしっ。昨日、冷蔵庫を見たけどまだまだ食材は残ってる。だから、今日は俺がお酒にあう料理を作るってのはどうだ? ほら、ハウスキーパーとして雇って貰うんだし、ちゃんと色々出来るってとこを見せつけなくちゃだろ?」

 ハウスキーパーとして雇ってくれる。

 だったらそれに見合う働きをしようじゃないか。


「ふふっ。確かにそうですね。じゃあ、そうしましょうか!」


「ああ、任せとけ。ハウスキーパーとして役立つってとこを見せてやる」

 お高いアイランド式のキッチンで俺は料理を始める。


「専業主夫って感じが結婚した感が出て楽しいですね!」


「確かに、今の俺はハウスキーパーじゃ無くて専業主夫って言うのが正しいのかもな。そう言われてみると、彩芽さんからお金を受け取るのも抵抗感が無くなって来る気がする」


「私と道人さんは夫婦。私のモノは道人さんのモノでもあり、道人さんのモノは私のモノでもあるんですから。って、すみません。あくまで、今はまだ好きなれるか確かめてる段階なのに、もう本当の夫婦になったみたいな言い方をしちゃって」


「気にすんな。実際に夫婦なんだし、夫婦っぽい感じに振る舞っても良いからな。嫌だったら、嫌って言うだけだし」


「あ、そうなんです? じゃあ、い~~~~っぱいお嫁さん面しちゃいますね!」

 そう言った彩芽さんはふざけて一度、廊下に出て戻って来た。


「はあ~、ただいまです。もう、今日はお仕事でくたくたです」

 仕事帰りで疲れているOLの演技。

 ああ、そうか。俺が専業主夫で彩芽さんがお金を稼いでくる大黒柱って感じか?

 となったら、ここは――


「お帰り、彩芽さん。ご飯、出来てるぞ」

 疲れた妻を優しく迎え入れる夫の演技をした。


「そこは、お風呂にする? ご飯にする? それとも、わたしですか♡ じゃないんですか?」


「それを俺がやってもきもいだけだろ。笑かさないでくれって……っくそ。ほんと、笑かさないでくれ。俺にそんなのやられて嬉しいのか?」

 彩芽さんの何とも言えないボケ。

 それが変に壺に入った俺は笑ってしまうのであった。




 

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