2話手料理
「……」
無言のまま時間だけが過ぎて行く。
いつの間にか、連れ込まれた神楽坂さんの家。
お高そうなソファーにガチガチに緊張しながら置物と化した俺が居る。
「ふふっ。そんなに緊張しなくても良いんですよ?」
「そうは言われても、無縁だと思っていたタワーマンションの最上階。そこで、こんな風にソファーに腰掛けるなんて思いもしないだろ」
「これからはこれが当たり前になるので、そのうち慣れると思いますよ?」
「そのうち慣れるって言われても、彩芽さんと偽装夫婦を続けてる間だけだろ。こんなのに、慣れたら元の生活に戻れなくなるし御免だ」
「いえいえ、お礼はするって言ったじゃないですか。私と離婚したとしても、道人さんにお金をちゃんと支払いますから続けられます」
「ど、どのくらい支払ってくれるんだ?」
恐る恐る聞いてみたら、彩芽さんは悩みに悩んだ末。
答えが決まったのかポンと手を叩く。
「ざっと計算しましたが、最低で10億です」
「……」
お金持ち怖い。
最低で10億とか言うあたりが、本当に恐ろしくて震えが止まらない。
「でもまあ、離婚しなくても良いんですよ? そしたら、贈与税とか色々無くなって、もっとお金がたくさんですし」
「あはははは……。それもありかもな」
軽い気持ちでアリと伝えたら、目の色を変えて食いつく彩芽さん。
「本当ですか!? 私、道人さんと離婚しないで済むよう頑張ります!」
「ちなみに彩芽さんって俺の事、どのくらい好きなんだ?」
「もう、言わせないでくださいよ。結婚しても良いくらいに好きですって。そう、サークルで友達が居ない私を孤立させまいと助けてくれた。酔った私が変な奴に攫われないように気遣いしてくれた。そんな道人さんだからこそ、偽装結婚を申し込んだんですよ」
普通に彩芽さんは俺が好き。
だから、偽装夫婦になってくれと頼んで来た訳だな。
「俺が好きなのか……」
「はい。好きですよ?」
しっかりと好意を向けてくれる彩芽さん。
息を飲み、気がつけばそんな彼女を真っすぐと見つめていた。
「偽装夫婦とはいえだ。彩芽さんが俺に好意を向けてくれるなら、俺も……彩芽さんを好きになれるか確かめたい」
「それって……」
「もう一度だけ聞かせてくれ。彩芽さんの事を好きになれたら、このまま彩芽さんと別れず、一生一緒に生きて行くってのは、ありなんだよな?」
「はい、大ありです! だって、私は道人さんが好きですから。そうなると、私的に凄く良いです!」
綺麗な見た目とは裏腹に、どこか子供っぽい彩芽さんは嬉しそうに答えてくれた。
こんな風に好意を向けてくれる子の事を無視できるわけがない。
だからこそ、俺は気持ちを切り替えて真剣になるべきなんだ。
しっかりと現実を見つめ、俺は彩芽さんの目を今一度しっかりと見た。
「改めてよろしく。彩芽さん」
「よろしくお願いしますね。道人さん」
とまあ、ちゃんと今後について話し合った俺達であった。
気がつけば夕食時、彩芽さんは冷蔵庫を開けて料理を始める。
「料理は良くするのか?」
「しますよ。ただ、面倒な時は外食か、ウーバーイーツですけど」
お嬢様である彩芽さん。
そんな彼女が手際よく作ってくれた料理。
肉じゃがに焼きサバ、わかめときゅうりの酢の物。
そして、味噌汁だ。
「いただきます」
「どうぞ召し上がってください。お口に合うか心配ですけど……」
俺が食べるのを見守る彩芽さん。
おそらく、俺が何かしら感想を言うまでずっと見て来るだろう。
さっさと食べて美味しいって言ってしまうべきだ。
肉じゃがを口に入れ咀嚼する。
「ガリッ」
ゴリゴリとした歯触りをした固いジャガイモ。
うん、分かってた。なんか、出来るの早いなって思ってたからな……。
見た目は綺麗だが、ジャガイモは煮えておらず生で醤油の味しかしない。
さっさと美味しいと言って、彩芽さんの機嫌を取ろうと思った。
しかし、ガリッって音を鳴らしてしまった今。
さすがに美味しいだなんて言える訳がないんだよなあ……。
どう答えようか笑顔のままで固まっていたら、彩芽さんが申し訳なさそうに謝って来た。
「……すみません。実は料理はあまりしないんです。肉じゃがを作ったのは初めてです」
「なんで料理をよくするなんて、嘘をついたんだ?」
「だって、その……。私はちょろいから道人さんが好きですけど、まだ道人さんは私の事、好きじゃないですよね? だから、好かれたくて、良い女アピールしたかったんです……」
しょんぼりと肩を落としながら後悔する姿が可愛い。
綺麗なセミロングの髪の穂先を弄っているのが、むしろキュンと来た。
「大丈夫だ。むしろ、普通に料理がおいしいよりもグッと来た」
「へ?」
「ギャップ萌えってやつだ。さてと、台所を借りて良いか?」
「あ、良いですけど。何をするんですか?」
「肉じゃがを完成させようと思ってな。このままじゃ、食べられないだろ? おっと、そうだった」
綺麗に焼け過ぎているサバに箸を入れる。
ここまで焦げが目立たない焼き魚は珍しいからな。
案の定、焼き魚とは思えないほど、身にす~っと入って行く箸。うん、やっぱりそうか。
「サバも焼けてないな」
「え、どうしてわかったんです?」
「綺麗に焼け過ぎてたからな。こんな風に焼けることはまずない」
「もしかして、道人さんってお料理が……」
「ああ、出来るぞ。さてと、俺に作ってくれようとした気持ち、しっかりと受け取った。ありがとうな。じゃ、今度は俺がそれに応じてやる番だ。ちょっと待ってろ」
料理が出来ないのに好かれたいから、料理をしてくれた彩芽さん。
その心意気が嬉しかった俺は、彼女がほとんど完成させてくれた料理を仕上げていく。
肉じゃがを味つけし直し煮込み、サバを焼き直す。
あっという間に不完全だった料理を完全なものへと作り替えた。
「食べてくれ」
俺に食べろと催促された彩芽さんは、箸を綺麗に使って肉じゃがを口に入れた。
そしたら、目を真ん丸にして早口でしゃべりだす。
「うっ。美味しいです……。ああ、ダメです。なんですか、もう! 私を好きになって貰いたかったのに。これじゃあ、私がもっと道人さんを好きになっちゃうじゃないですか!!!!」
俺が作った料理をパクパクと美味しそうに食べて行く。
もりもりご飯を食べる姿。
そして、はっとした顔で箸を止めて俺に言い訳をする。
「ふ、普段はこんなに食いしん坊さんじゃないですからね?」
「今更、そんなことを言っても遅いぞ」
「たくさん食べる女の子ってやっぱりイマイチですか?」
「全然。むしろ、俺は好きだ。と言う訳で、ほら。俺の分も食べて良いからな」
食べっぷりに見惚れた俺は、自分の分を彩芽さんに分ける。
そしたら、さすがにそれは頂けませんと断られた。
でも、まだまだ食べ足りない顔をしているので、俺は彩芽さんに聞く。
「食材ってあるか?」
「ハウスキーパーさんに食材を買ってきて貰っているので、一通りはあると思いますよ」
「よしっ。良い食べっぷりだし、何か他の料理も作ってやろう。リクエストはあるか?」
「じゃあ、その……道人さんが作るカレーを食べてみたいです。お願いできませんか?」
「ああ、任せろ。ちょっと時間が掛かるけど、待てるよな?」
「はい、待てます!!!」
食いしん坊な彩芽さんのために俺はカレーを作り始めるのであった。