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1話結婚してしまった

 大学の講義が終わった頃。

 俺はそそくさと大教室を出る。

 さあ、いざ帰ろうと言うとき、俺の目の前に一人の女性が立ちふさがる。

 

「すみません。私と結婚してください!」

 立ちふさがって来た者の名は神楽坂かぐらざか 彩芽あやめ

 俺と同じサークルに所属する大学2年生の女性だ。仲はまあまあ良い方だ。


「け、結婚!?」


「あ、言葉足らずですみませんでした。お話、ちょっとよろしいですか?」


「……」

 いきなり結婚って言われたこの状況。

 ああ、そうか。俺の目の前にいるこの神楽坂さんは……


 結婚詐欺師だな?


 となれば、話は早い。無視して逃げよう……。

 そう思っていたが、非日常的な体験にワクワクしてしまう俺が居た。


「やっぱり、結婚して貰えませんよね……」


「いいや、話だけ聞こう」

 気がつけば、あふれ出す好奇心を抑えきれずにそう言っていた。

 



 場所は移り、静かな喫茶店。

 そこで、俺は結婚詐欺師としか思えない神楽坂彩芽という女と向き合って座る。


「まず、いきなり結婚してくださいだなんて驚きましたよね。謝罪します。私の言葉足らずでした」


「ん、ああ。驚いた。でも、何か事情があるんだろ?」

 俺を騙してお金をぶんどる予定とかな?


「はい。実は、祖母がどうしても死ぬ前に私の花嫁衣装が見たいと言うんです」


「なるほどなあ」

 

「でも、ちょっと面倒な条件がありまして、籍の入ってる夫が横に居る姿で~ってわがままな条件があるんです……」


「ふむふむ」


「という訳で、近藤こんどう 道人みちとさんに結婚を申し込んだわけです」


「うんうん」

 適当に話を流しながら聞く。

 どうせ、こんなのはでっち上げた嘘なんだから。

 結婚詐欺師の良くある手口って奴だ。


「どうして、俺に頼むんだ? 他に良い男なんて一杯いるだろ。俺みたいな冴えない男じゃ無くて、もっとカッコイイ男にすれば良いだろ。神楽坂さんは綺麗なんだしさ」


「え~っと、道人さんが好きだからです。サークルで、ひとりぼっちだった私を気にかけてくれました。それ以外にも仲良くしてくれてるじゃないですか。どうせ、結婚するなら私は自分が良いなって思う人と結婚したいんです」


「というか、結婚した後はどうするんだ? 花嫁衣裳を祖母に見せた後とか、結婚して籍を入れた事後処理とかさ」

 

「離婚して貰っても構いません。ただし、祖母が無くなるまでは……偽装夫婦で居て欲しいです。もちろん、お願いをする立場ですので、私からお礼はするつもりです」

 うまい話過ぎる。

 神楽坂さんは周りにお嬢と呼ばれるくらいの綺麗な女性。

 そんな彼女が偽装の夫婦をしてくれたら、お礼までくれるだ? なんて、都合の良い話なんだろう。

 どうせ、何かしら壺を買わされたり、借金を背負わされたりするのが落ちだ。


「お礼って?」

 でも、好奇心旺盛な俺は話しを聞き続けた。


「私はまだそんなに自由に使えるお金が無いので、即金で貯金してある100万円と後々になりますが、それなりの金額はお渡しするつもりです」


「うん。で、他には?」


「えっと。その、ご興味があるのなら、私の体とか……。その……。そ、そういう事です!」

 詐欺師だけど、可愛い神楽坂さんにぐっと来てしまった。

 危ない危ない。

 もうちょい、リアリティのある内容の詐欺だったらコロッと騙されるとこだったぜ……。


「俺が断ったらどうするんだ?」


「……おばあちゃんには悪いのですが、ウェディングドレス姿は見せてあげられないかもしれません」


「なんでだ? 俺以外にもたくさん良い男はいるだろ」


「言ったじゃないですか。私にも選ぶ権利があるって。今の所、結婚しても良いって思えるのは道人さんだけですから」

 ガードが堅いアピールもする事で、詐欺する相手をより一層と俺だから誘われたんだという優越に浸らせる手口だ。

 最初から結婚詐欺だと分かっている俺には効かない。

 さて、これ以上は、面白くなりそうな気がしないので、適当に理由をつけて神楽坂さんの元から去るとしよう。


「話しはこれだけか?」


「はい。これだけです。ど、どうですか? 受けて頂けませんでしょうか?」


「今回はご縁がなかったって事でいきなり結婚はちょっと……」

 去ろうとした時だった。

 神楽坂さんが俺の手を握り言って来た。


「もう一度お願いさせてください。どうか、私と結婚してください!!! おばあちゃんのわがままを叶えてあげたいんです!!!」

 なんだかなあ。

 相手は詐欺師だというのに、こうも下手したてに出られるとやりにくい。


「分かった。この話、受ける。でも、せめて結婚する前に神楽坂さんのおばあちゃんにちゃんと挨拶させてくれないか?」

 今、話したことは十中八九嘘。

 こう言えば、なにかと理由をつけておばあちゃんに会わせてくれないだろう。

 だって、本当はウエディングドレスが見たいおばあちゃんなんていないんだから。


「え、良いんですか! 分かりました。それじゃあ、今すぐに会いに行きましょう!!!」

 あれ?

 え、ちょ、まっ、俺の手を掴んでどこへ行くんだよ!!!!




 気がつけば、タクシーに乗せられ大きな総合病院へ。

 タクシーに乗せられた時点でがくがくと震えが止まらない。

 大方、目的地で降りたらコワモテの男たちが居て俺を脅して……と思っていた。

 必死に逃げようと試みるも、残念なことにチャンスは訪れなかった。


「さてと、着きました。降りましょう」


「あ、ああ」

 総合病院前へ着く。

 どうせ、俺はこれからコワモテの男たちに脅されて酷い目に合うんだろう。

 震えが止まらないまま、神楽坂さんに連れられて歩く。


 病院の裏口へ。

 もうこの時点で怪しさがプンプンだ。陰からいきなり人が出て来て俺を脅して来そうだ。

 しかし、俺の手を握る神楽坂さんの力はすさまじく逃げることが出来ない。

 ああ、終わった……。


「やっぱり緊張してるんですね」


「そ、そそ、そうだ」

 震わせた声で返答する。

 俺は屈強な男たちにボコられ? ることは無く神楽坂さんに連れられ病院の裏口の扉を潜った。


「あ、すみません。神楽坂です。1号室のおばあちゃんの見舞いに来ました」

 裏口に居る受付さんに話しかける神楽坂さん。

 そしたら、受付さんが適当なナースを呼び、案内をしろと業務命令を出す。

 で、裏口にあるエレベーターを使い、館内を進んでいく。


 あれ? 何が起きてるんだ?


「VIP待遇って凄いですよね。こんな風に特別扱いされてるんですから」


「え、あ、誰が?」


「おばあちゃんがです」


「……」

 最近の詐欺は病院まで絡むのか……。

 って、いやいや。さすがにそんなわけが……。

 色々意味が分からなくなってきた俺。

 思考がまとまらないまま、神楽坂というプレートが輝く広々とした病室へ辿り着いていた。

 

「神楽坂さん。失礼いたします。お孫さんをお連れ致しました」


「ん、ああ。ご苦労様。ありがとう」

 ベッドで横になっている70代くらいのおばあさんがナースさんにお礼を言う。

 最近の、さ、詐欺って凝ってるなあ~。


「それではごゆっくりと。帰りはお迎えが必要でしょうか?」


「いえ、自分で帰れますのでお気遣いなく」


「はい。それでは退館する際は受付までこちらをお持ちください」

 ナースさんは神楽坂さんに入館許可証という札を渡すと去って行った。


「横に居る子は誰なんだい?」

 おばあさんが質問する。

 そしたら、神楽坂さんがハッキリとした声で答えた。


「私の夫になる方です。実は、おばあちゃんが私のウェディングドレス。しかも、籍の入ってる人が横に居る状態で見たいだなんてお願いをされたので、まだ早いと思いますが、結婚しようって二人で話し合ったんです。今日はそのご挨拶に来ました」


「おお、そうかい。そうかい。そりゃまあ、良かった。良かった。冗談でも、言ってみるもんだったよ。彩芽の祖母です。彩芽を貰ってくださり、ありがとうございます。不甲斐ない孫ですが、どうか大事にしてやってくださいな」


「え、あ、はい」


「ほっほっほ。それじゃあ、準備をしなくちゃいけないねえ……」

 おもむろに電話を取り出したおばあさん。

 そして、誰かに電話を掛けた。


「ああ、私だよ。孫の彩芽が、私のわがままに馬鹿正直に答えてくれてねえ。お付き合いしてる人と若いが籍を入れた上で、結婚式をする気になってくれたんだよ。という訳で、準備をおねがいするよ」

 だらっと汗が吹き出て止まらなかった。

 そう、俺はもう感づいている。


「さてと、夫さんやい。これから、忙しくなると思いますがよろしくお願いしますね?」



 これは、詐欺じゃないと。



 いいや、ある意味詐欺に等しい。

 こんな展開になる事、予想できるわけないだろ……。



「そうそう。まだ、名前を聞いてなかったねえ。彩芽の婿さん、お名前を教えて下さりませんか?」


「は、はい。近藤こんどう 道人みちとです。よ、よろしくお願いいたします」


「良いお名前だね。これから、彩芽をよろしくお願いいたします」


「い、いえ。こちらこそ」


「さてと、籍はまだ入れてないのなら、証人の欄を私が書かせて欲しいんだが、良いかい?」


「あ、はい。どうぞ」


「ありがとう」

 それから他愛もない話を色々とした。



 で、おばあさんの元を離れた俺は神楽坂さんに連れられ市役所へ。

 そして、俺は流れるまま結婚に必要な書類を手に入れる。

 色々記入し、気がつけば俺と神楽坂さんは書類を提出していた。

 俺は神楽坂さんに婿入りし、『神楽坂道人』へ。

 今日はもう遅いという事で、結婚した報告をしに病室には戻らないで帰ることになった。

 何が何だか分からないでいると、もう俺は神楽坂さんのお家に居た。


「夫婦になったんですから、ここは道人さんの家でもあります。なにか必要なものがあったら言ってくださいね。偽装夫婦を頼んだのは私です。出来る限り色々とさせていただきますので」

 タワーマンションの最上階。

 そんな部屋に連れて来られた俺は、ひとまず今日起きた出来事を整理することにした。


「俺と神楽坂さんは結婚した」


「神楽坂さんだと不自然なので彩芽あやめって呼んでください」


「あ、彩芽さんと俺は結婚したって事だよな?」


「はい。すみません……。婿入りする形になってしまって。やっぱり、私が道人さんの方の籍に入るのは色々と無理があるそうです」


「彩芽さんって簡単に嫁入り出来ないくらいのお嬢様?」


「世間一般的にはそういう立場ですね。さてと、おばあちゃんを、欺き喜ばせるための偽装結婚ですがこれからよろしくお願いしますね? 」

 俺の目の前に居る一人の女性。

 背は普通。全体的に細くて、顔立ちが整っていて、さらさらとしたセミロングの髪が綺麗。

 ちょっと胸は小ぶりだが、誰がどう見ても文句の無い美人。

 さらにどこからどう見てもお金持ちのお嬢様。



 その名も神楽坂(かぐらざか) 彩芽あやめ



 ど、どうやら、俺は偽装とはいえそんな彼女と結婚してしまったらしい。


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