CHAPTER 2.星夜祭に願いを (10)
メイの体を抱きながら、マイは思案に耽っていた。
(七年前の真相をこの子は知っているの? それに父さんや母さんを殺した犯人のことも)
だが、あの日メイは屋敷の外にいたのだ。だというのに一体どうやって真実を知ることができる?
「メイは」
ティファの声に、そっと声のトーンを落として答える。
「大丈夫です。気を失っているだけでしょう……申し訳ありません。御二人の足止めさせてしまいました」
「構わん。どの道メイを担いで歩くよりましだ」
穏やかに呼吸を繰り返す妹をじっと見下ろし、困惑を心配気な顔でひた隠しにする。そうしてティファにもアレイズにも悟らせないように胸中で呟いた。
(グラドに着いたら、ティファ様に御暇を貰いましょう)
そうすればメイの記憶を取り戻すために行動を起こすことができる。世界を探すことよりもまずは七年前の真相とやらを確かめたかったマイはそう決意し、気を失ったままのメイに向けて吐息のような声を放つ。
亜麻色のツインテールが微かに揺れる。
「メイ、早く起きて……?」
この件は自分一人でどうこうできることではない。だからメイが起きたら先程の話をしよう。恐らくメイは自分の体がティファやアレイズを害そうとしたことにショックを受けるかもしれないが、それについて責任を問うつもりはなかった。どうせ人間は神に抗えない。
メイの額に手を当てる。体を奪われた影響か、微熱を感じさせる額に手の平を押し当ててやるとようやくメイの瞼が動いた。
「……ん」
熱を孕んだ呻きにマイが目を丸くする。やはりピコの行動が体に影響しているのだろうか。
「大丈夫?」
目尻を擦るメイに声を落とす。その様子が伝わったのかティファとアレイズが駆け寄ってきた。
「目を覚ましたか」
「えぇ」
「よかった。メイ、どこか具合の悪い所はない?」
亜麻色の瞳がぱちりと見開かれ、何度か瞬きが繰り返される。その様子をじっと見ているとメイが不思議そうにマイを見上げた。
「何? 何かあったの? って、何で私寝て――」
「……なるほど」
怪訝そうな声にティファが小首を傾げる。だがアレイズは何事か納得したらしく顎に手を当てて頷いた。
「気にするな。大した事じゃない」
「大した事じゃないって、アレイズさんも皆も何か知ってるの?」
身を起こす真紅から手を離す。そうして立ち上がってティファに介抱を譲ったマイはアレイズに近づいた。
「アレイズ様」
「どうやら、操られている側はその時のことを覚えていないという話は本当だったようだな」
「そうですか……」
名を呼ぶだけの問い掛けに返ってきた答えに暗い声を返す。話も何もそもそもマイにはそのような知識がないのだが、ピコに操られていた間の事をメイが忘れていることだけは理解できた。だからマイはそれ以上何も言わず、ティファもアレイズもメイに対して何を言うことはしなかった。
だが――。
『気の毒なことだよ』
ややハスキーな声がメイの口から発せられる、その光景を脳裏で思い描く。過去の記憶を失ったメイは、今も自分自身の体に起きた記憶にぽっかりと穴が開いている状態なのではないだろうか。その穴を、これ以上広げてもいいのだろうか。
(メイにも話さなくては)
黒衣の隣でぎゅっと手の平を握り締める。ピコのした事はメイが知らなくてもいいことだろう。知れば彼女は悲しむし、それこそ罪悪感であの笑顔を一時的にでも失ってしまうかもしれない。だが、黙っていることはできなかった。これ以上メイの知らない記憶が存在することが良い事とは思えなかったのだ。
ぱんと土埃を払うメイは微熱があるにも関わらず、不思議そうな顔をしながらも体調に問題はない様子だった。
「メイ、水汲みできるかしら」
「え? 大丈夫だけど?」
今一番自然に二人になれる場所と言えば川ぐらいだろう。だからマイは妹に無理をさせることを承知で力仕事を頼む。すると彼女はツインテールをひょこんと揺らしながら小首を傾げた。その様子からして、体に負担が掛かることはないだろうとマイは内心で安堵する。ピコがメイの体力を削っていなくて本当によかった。
「マイ、水汲みなら私が――」
「いいえ、ティファ様はもう少し休憩なさってください」
そうして安堵するマイにティファが抗議の声を上げる。だがそれを一蹴してマイは川へと向かった。深青が森の奥へと向かうのを、真紅の影が追いかける。背後から伝わる足音が妹のものであることを聴覚で確認し、マイは先程向かおうとしていた川辺へと近づいた。
「ねぇ、メイ?」
「何?」
せせらぎが耳に心地よく響くその場所でマイがようやく口を開いた。唇を開き、声を出すだけの行為だというのにそれが随分難しいことのように思われる。それでも無理矢理出した声にメイはあっさりと言葉を返した。
水音を響かせて水を汲むメイを尻目に続ける。
「さっきのことなんだけどね」
「あぁ、結局ティファ様もアレイズさんも教えてくれなかったけど……何があったの?」
本当に、このまま話してもいいのだろうか。不意にそんな言葉が頭を過ぎる。その問いに動きを止めるとメイが小首を傾げてマイの顔を覗き込んだ。川面が陽光の照り返しを受けて輝く。その輝きの恩恵を受けてメイの瞳に宿る光も一層強くなっていた。
「姉さん?」
「いえ、何でもないわ。ごめんなさい」
――もう決めたことだ。何も知らないからこそ浮かべる無邪気な顔にマイは決意を新たに笑みを浮かべる。自分は何て残酷なのだろうかと自己陶酔しそうになるのを抑え、一度浅く息を吸ってからメイの目を真っ直ぐに見据えた。
「実はあの時――」
罪悪感でちくりと心が痛くなる。しかし聞かせてしまった言葉を今更取り消すこともできなくて、マイはピコがメイの体を乗っ取ってからの顛末を話して聞かせてやることにした。
メイの体が震え、顔が青くなる。そうして話が終わると清流にかき消されそうなほどの呟きが耳朶を打った。
「そんなことが……だって、私何も覚えて――」
「アレイズ様に聞いたんだけど、操られている方はその間のことを忘れているらしいの」
「そんな」
誰だって、親友や姉を傷つけようとしたなどという話は信じたくないだろう。だがそれを信じてもらうために話したのだから、マイは同情心を捨てて首を振った。
「信じられないかもしれないけど、本当の事なの」
震える肩に手を置いて、落ち着かせるように小さな声で言い放つ。するとメイは微かに赤くなった目を拭った。依然として顔色は悪いが、そんなことは有り得ないと駄々をこねるような性格でないことを理解していたマイは最も訊きたかったことを口にした。
「七年前の記憶、メイは知ってたの? 記憶がないってこと」
核心に触れる言葉を平坦な声で放つ。そうしなければ心の中で渦を巻く激情に支配されてしまいそうだった。
淀みを押し流そうと流れ続ける水を見つめながら、メイがぽつりと答える。それはマイの激情に小さく火を灯す。
「知ってたよ」
「……」
知らないということを知っている。それは一体どういう状況なのだろうか。
「思い出そうとしても思い出せない記憶がたくさんある。……けど、それは全部七年前のものだって分かってた」
「じゃあ、どうしてそれを教えてくれなかったの!?」
高くなる熱を吐き出すように怒声を放つ。激情には遠く、かといって平静でもない感情を叩きつけるとメイもそれに負けじと大声を発した。
「だって知らなくても良いことだと思ったんだもん! 思い出さなくても、問題なかったんだもん……っ」
言葉尻が掠れるのをマイが感じた途端、メイの瞳からぽろぽろと涙が零れ出た。真っ赤になった瞳はピコのような紅で、しかしピコのような冷たさなど微塵も感じられない。双子とは激情も共有するものなのだろうかとマイが感じていると、しゃくり上げるような声でメイが続ける。天真爛漫な彼女には似つかわしくない痛みを吐き出す声に、マイは罪悪感が込み上げるのを止められなかった。
「私だって出来る事ならさっさと思い出して、真実を知りたがってる姉さんに早く教えてあげたいよ。でも……でもそれって、思い出しちゃいけない事のような気がするんだもん」
「泣かないで、メイ」
腕を伸ばし頭を撫でる。触り心地の良い亜麻色を何度も撫でていると、メイがしがみつくようにマイに抱きついた。震える手が痛みを堪えるように力強くエプロンを握り締める。
「怖くて、悲しいの。記憶はないけど、私がその記憶で感じていることは分かるのよ」
その言葉に、感じているものは痛みだけではないのだと感じたマイはメイを抱きしめて耳元でそっと囁いた。知らないものを知らずにいることにいる恐怖ではない。むしろ知らないままでいたいという想いが強いことを知っていて告げる言葉の残酷さをマイは胸に刻みつけたまま腕に力を込める。恐怖と悲しみと痛みがもたらす真実は、きっと自分が知るそれよりも重い。だからこそマイは知りたかった。
「グラドに着いたら、ティファ様に御暇を頂きましょう」
提案にメイが目を丸くする。まさかマイがそのようなことを言うなど夢にも思っていなかったに違いないしマイ自身そんなことを考えたことは今までに一度足りともなかった。喧嘩をしても、例えティファが離れていこうとしていようとマイは一生ティファに仕えると決めていたのだから。同じ顔立ちに浮かぶ驚愕を安堵に変えるべく、極力柔らかい声で理由を話してやる。だがメイの顔に安堵の色が浮かぶことはなかった。
「グラドになら記憶を戻せる人がいるかもしれないと、メイを操っていたピコが言っていたから」
「グラドに? でもティファ様を置いて行くなんて出来ないよ! それに私は」
その先は言わないで。マイは一番言われたくない言葉を牽制するように早口に言い放った。これ以上メイに言葉を放つことを許してしまったら、自分は何も言えなくなるだろうから。
「ティファ様にはアレイズ様がいらっしゃるわ。あの御方ならティファ様を護ってくださるでしょう?」
「それはそうだけど、でもそれでも落ち着かないって姉さんが言ってたんじゃない」
そう、確かに契約神がいるだけでも満足できないのは事実だ。しかし旅を続けるうちにアレイズに対する信頼感が芽生えたマイは、少しの間なら大丈夫なのではないかと考え始めていたのだ。アレイズなら、あの神ならきっと主を護ってくれるとマイは信じることができたのだから。抗議の声にふるふると首を振る。メイが言うことは最もだが、極めて個人的な理由に主を巻き込むことはできない。ティファはアレイズと共に世界に会うための手がかりを探さなくてはならないのだから。その手伝いが出来ないことが心苦しいが。
「ティファ様には私から言っておくわ。だからメイは何も気にせずにいて頂戴」
柔らかな声色で言い放ち、笑ってみせる。それは安心させるものではなく、有無を言わせぬものであることをマイ自身一番理解していたが今はこんな顔をすることしかできなかった。
さあっと川音が強くなる。水飛沫にメイド服の裾を濡らしたメイは、しばし逡巡した様子を見せてから溜息混じりに頷いた。
「……分かった」
(ごめんね)
頷いたメイに、胸中でマイが呟く。こんな顔をされてはメイが断れないということを理解した上で浮かべた表情を、卑怯だと一言罵ってそれでも満足したようににっこりと笑いかける。
水が一杯まで溜まった革袋の蓋を閉める。たぷんと音を立てたそれを揺らしてマイは清々しいまでの笑みを浮かべてメイに背を向けた。本当はその笑顔が一番胡散臭いことも、彼女は理解していた。
「さぁ、早く帰りましょう? ティファ様とアレイズ様が首を長くして待っていらっしゃるでしょうから」
「うん」
その声に追従するようにメイが一歩足を踏み出す。ブーツの踵が石に当たり高い音を生み出した。一歩下がって付いてくる妹の足音にマイは笑顔をかき消し胸中で呟く。
頷いてはくれたものの、メイは記憶なんて戻らなくてもいいと考えているのだろう。それでも今まで問題がなかったことに変わりなどないし、何を今更という気持ちだってあるはずだ。それはマイだって自覚している。だが知らないままでいることが必ずしも正しいことなのかが分からなかったし、自己中心と罵られてもいいからマイはあの日の真実を知りたかった。多くの人が死んだあの屋敷で、一体誰が血の紋章を描いたのかを。例えそれが妹に辛い記憶を見せつける結果になったとしても。
妹に真実を突きつけようとしている罪悪感で心を痛めながら、それでもマイは毅然と前を見据える。
双子でありながら、抱く想いは正反対の位置を向いている。だがそれを互いが指摘することなく、彼女達は主の元を目指した。
◇ ◇ ◇
二つの影が森の奥へと消えていく。それを溜息で見送っていると、ティファがぽつりとアレイズを呼ぶ声が耳朶を打った。
「ジュード」
「何だ?」
しゃがみこんだままのティファを見下ろすと、彼女はピコを抱いたまま窺うような声色でアレイズを見上げる。恐らくそこから先の問い掛けは言い辛いことなのだろうとアレイズが察すると、やはり恐々とした高い声が響く。
「ジュードを呪ったのって、ピコだったんだね。でもあの子――」
「信じるな。どうあっても元凶はあいつら神々だ」
その声にティファが何を訊こうとしているのかを察したアレイズは、言葉を最後まで聞くことなく早口で否定した。しゃがみこんだままのティファの隣に座り込み、目線の高さを合わせる。だがティファはそんなアレイズの視線から逃げるように瞼を閉じた。
「……そうね」
吐息のような呟きが漏れる。それは自分が必要とする兎が契約神の敵であると認識してしまったことから来る憂いか、はたまたただ争いが起きそうなことに対する憂慮か。それともレイナが――。どちらにせよ憂いていることに代わりはないのだろうとアレイズは結論付け、きっぱりとした声を放つ。
「今はそいつがピコなのかそうでないのか分からないからどうしようもないが、次に会ったら必ず仕留める」
ティファが憂慮を抱いたとしても、それだけは譲ることができない。真実は未だ何一つ自分の手の中にないが、本人が肯定した事実だけは残っている。今はせめてそれを頼りにピコを憎むことしかできなかった。そもそも、殺されかけたのに笑って流せる懐の深さなどない。
「そう」
純然たる決意を前にしても、ティファはただ呟くのみだった。ダークブルーの瞳は焦点が合っておらず呟く言葉はうわ言のようで、アレイズは首を傾げてティファの横顔を覗き込む。今まで聞いたことのないような弱い声に、心がざわついた。
「世界……七年前の真実……知ってしまったら、私は」
ぶつぶつと、強迫観念に取り付かれているような声。
(いや、強迫観念じゃない)
これではまるで先程のメイみたいだ。仄暗いその声に嫌な予感を感じたアレイズは腕を伸ばし、ティファの肩を揺さぶった。がくがくと力なくティファの体が揺れる。
「おい!」
光が見えない所からして操られているということはないのだろう。だが彼女が彼女ではない何かに支配されてしまうのではないかという不安に、思わず大きな声を掛けてしまった。指輪から与えられる魔力は安定しており特段問題などないというのに。
「ティファ」
今度は平静を装った声で呼びかける。
するとみるみるうちにダークブルーの双眸に光が宿り、焦点を合わせた目がぱちりと一度瞬きをした。
「え?」
驚いた様子で見開かれた目は、肩を掴むアレイズの手と顔を交互に見比べて首を傾げる。
「ど、どうしたの?」
その様子には自分が今何を呟いていたのかなどまるで気付いていない様子で、アレイズは深々と溜息を漏らして肩を竦めた。
「どうしたのじゃないだろ。生気のない顔してたぞ? 幽霊みたいにな」
「なっ! 失礼ね、幽霊なんかじゃないわよ!」
怒りを孕んだ声に適当に返事を返しながら、ふと思案する。
(気のせい、か?)
一瞬で掻き消えた雰囲気はアレイズの気のせいで見えたものかもしれないと思わされるが、しかしあのまま放っておいたらティファがどこかに行っていたのではないかという危険性をも孕んでいた。言うなれば、別の人格に取って変わろうとしているような。
ティファニエンドについてそのような情報を与えられた覚えなどない。だが、もうその情報を与えてくれた世界を信じきるだけの余裕は失われていた。調べてみる価値はあるのかもしれない。
アレイズは文句を言うティファを宥めるように笑いかけながら、胸中でそっと息をついた。
「ジュード」
ティファがアレイズを呼んでから、僅かに逡巡して続けた。
「会おうね、世界に」
「……あぁ」
それを遠回りに励ましてくれたのだろうと気付けないアレイズではない。ピコに与えられる真実を信じられないなら、レイナに訊くしか道はないのだとティファは知っているのだろうから。だが、いつもなら柔らかく笑えるはずの頬は今日は強張るばかりだった。苦々しい笑みに、ティファは困ったように目を細める。
結局それ以降、メイとマイが戻るまで二人は無言のまま肩を寄せ合っているだけだった。アレイズは何も言えず、ティファは気を遣ってただアレイズの傍に座っている。こんなに気まずい空気もないだろうに、ティファはまるでアレイズを一人にするわけにはいかないとばかりに、かといって意固地になるでもなくあくまで自然な態度でアレイズの傍を離れなかった。それは当たり前のことなのだと、目を閉じて風を感じる横顔が語っているようだった。そしてアレイズもそんなティファの態度を当たり前のように受け入れている。そんな自分に密かに驚いたものの、驚くことの方が不自然に思えてならなかったのが可笑しな話だ。
静寂の中、肩に触れる柔らかな熱。当然のように存在する、優しいその熱だけが今アレイズに感じられる唯一の感覚だった。言葉よりも記憶よりも確かな唯一のものに、アレイズは自分でも可笑しく思えるほどに深い安堵感を感じていた。
その瞬間、自分がティファの命を奪いたくなくて悩んでいたのは決して間違いではなかったのだと確信できた。神らしくなくとも、人間として悩めて良かった。それがアレイズには嬉しかった。自分はまだ人間でいられている。
だが人としての弱さが仇となり、アレイズはグラドではティファと別行動を取ることを決意していた。自分の持つ情報が万が一耳に入ってしまった時、その時が今は何より怖かった。
◇ ◇ ◇
水汲みを終えたメイとマイを迎え、四人は鞄を持ち直して一路街道を目指した。それぞれが不自然にならない距離で歩きながら、どこか浮かない顔で前を見る。
「あとどのくらい?」
ティファは手を握り締めながら、グラドで自分が何者なのか探したいと願い。
「はい。あと三十分も掛からないかと」
マイは空を見上げながら、グラドで妹の記憶を取り戻してあげたいと願い。
「やったー! もうすぐグラドだね、アレイズさん!」
メイはピコに触れながら、グラドに行っても自分の記憶が戻らないでいてほしいと願い。
「あぁ……何だかんだ言って長かったな」
アレイズは睨むように前方を見据えながら、グラドで世界に会うための別の方法を見つけたいと願った。
しかし、誰もがお互いの思惑を指摘することなく進んでいく。相反する想いも全く互いに関係ない想いも含めて絡み合おうとしている糸は決意という名を持って前へと伸ばされた。そうしてしばらく歩いた頃、色とりどりの四つの瞳が前方にそびえ立つ壁面を捉えた。
「壁に、紋章?」
石造りの壁面はその奥にある街を護る要塞の如く外周を覆い、そこかしこに描かれた紋章を誇らしげに旅人へと見せつけていた。
立ち止まったメイの声に、ティファが声を重ねる。
「じゃあ、あそこが」
「聖都市グラドです。……壁面だけでも圧観ですね」
「大きすぎでしょ、これ……」
三人の少女が茫洋と壁面を見上げ、感嘆の声を上げる。それも致し方ないことだろう。彼女達が今まで訪れた村や大聖堂のあったヒンメルにもこのような堅固な壁は存在しなかったのだから。
街道を他の旅人が歩いていく。彼等も一様に壁面に圧倒されたようにぽかんと口を開けていた。ただ一人、アレイズを除いて。
「ぼうっとするな。行くぞ」
彼は肩に荷物を持ち直し、大股で壁に小さく開いた検問へと歩いていく。都市に入るのにどのような審査が必要なのかは知らないが、早めに済ませておくに越したことはないと考えたのだ。壁面にも驚いた様子を見せないアレイズはひたと神たる証である紋章を象った壁面を睨みつける。ピコの首輪と違い、ただ模写されただけの紋章には何ら力を感じない。だが、見ているだけでアレイズは気分が悪くなる思いだった。
「あ、待ちなさいよ!」
壁面を見上げる三人を急かし、アレイズが先にグラドへと入る。
それは一刻も早くこの壁面を抜けたいという想いからだったのだが、三人にもそれぞれ急く理由があったので特段文句を言うでもなく小走りでアレイズを追いかけた。
だから誰も気付かなかったのだ。メイの腕に抱く兎の目が紅から蒼に変わっていた事を。




