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CHAPTER 1.聖女と神の邂逅 (2)

 この世界には“レイニウム”という名がある。

 その名は五千年ほど前、世界には意思がありその姿は人の如しという説が流れた際、人々がそれを“レイナ”と名付けたことに由来しているという。世界の名を知らぬ者など存在せず、誰もがその名を父に母に、教師に教わり必ず知ることとなる。

 そして広く知れ渡ったその名と同時に知らされるのは、神の存在だ。一般的に神は偶像崇拝の対象として君臨するものだが、千年程の昔に別の意味合いを持った説が流れ出す。曰く、神は世界を守護するために存在するものであり、世界のために戦い貢献したものが神に至る道を得ること。偶像ではなく、実際に神が存在するのだということ。例えばそれは人でも動物でも物でも何でもよかった。世界の意思が認めたものが神たりえるのだと。そしてこの説には、隠された続きが存在していた。

 説が記された書にはこう綴られている。

 神に至る道を世界が用意するがゆえに、稀に世界の気まぐれで神にさせられてしまうものが存在することを忘れてはならない、と。だが、続く説は人々の目に触れることはなく、何も知らぬ人々は世界の気まぐれで神が存在するなど考えもせずに世界の守護者である神を称えた。そして永い時の中で、神は絶対的な存在として崇められるようになる。あくまで偶像ではなく、実在する身近な存在として。

 それから、千年の時が過ぎた。


◇ ◇ ◇


 レイニウム大聖堂。

 聖大陸、その更に中心にそびえる巨大な建造物は、世界の名を取ってそう呼ばれていた。

 絶対的な存在として君臨する神を崇める中心的組織にして、人間という種の威信の結集作。国家というものが民にとって善い方向に機能することのないこの時代の、国や大陸を動かす唯一にして絶対の権力行使機関の名を冠するその建造物は、大陸中にその名を知らしめていた。

 人が存在する上でなくてはならない物を巡る戦い。例えば食物、水などの不作解消のために起きる紛争などを“神の名の下に”仲裁する役目を担うことがレイニウム大聖堂に課せられた役割となる。無論、それを大聖堂の司教や司祭が直接その場に赴き説得する必要はない。それほどの労力を費やさずとも、背信者でもない限りは神官の言うことは絶対であり受け入れられるのがこの世界の摂理だからだ。

 大聖堂の表向きの活動は、慈悲の心で与えられる恩恵や平和を与えることである。そして神の存在を感じ、神を信じ、かといって神に依存するだけというわけではなく己の力を持って生きていくこと。その考え基本方針として、教皇ノルマンを中心に神官達は世界中の教会や聖堂で人々に救いを与え、教えを広めながら各々の役割を果たすのだ。

 ――しかし、多くの民や神官は教皇らが行っている裏の活動を知らない。それは背信者ですら予想のつかぬ、最も罪深く最も愚かな行為――世界を掌中に治めるための活動だった。無論、世界征服などという陳腐な言葉で世界の領土を征服するという意味ではない。大聖堂は今や唯一にして絶対の権力執行機関であり、そういった意味では彼らはすでに世界を統べているのだから。

 彼ら――首謀者である教皇ノルマンと聖母アリアが欲するものは、世界の意思そのもの。そして領土でも名声でも権力でもなくただ世界の意思を欲する彼らが行う活動の最たるものの中に、神との契約行為が含まれていることも、この世界の多くの者が知らないことだろう。

 教皇と聖母は、己が権力を得ると同時に、各地から子供を集めるよう神官達に命じた。表向きは、親を失くした子供達への慈悲だと告げて。しかしすべての孤児が集められたわけではなく、中には両親が健在しているにも関わらず大聖堂に連れて来られた者がいることを知るのは極少数の神官のみだ。大聖堂へと招かれる子供に共通することは幼さと魔力の強さの二つのみ。それさえ揃えば、本来ならば孤児を連れてくる必要などどこにもなかったのだから。

 彼らが魔力の強い子供を集めたことには、二つの理由がある。

 一つは神との契約を行うにはそれ相応の魔力が必要であることから、そしてもう一つは自分達の考えを刷り込ませるには幼い方が好都合だと考えたからだった。そうして集められた子供達は暖かい食事と布団を与えられ、大聖堂で聖人聖女となるべく育てられる。そして彼らは自らが受けた教育にも立場にも何ら疑問を抱かずに成長し、やがて多くの聖人聖女は各地の聖堂へと赴任することになる。他の神官達と同じく、人々に慈悲を与えるために。それゆえに聖人聖女という言葉は人々にとって身近であり、特にその存在を疑われることはなく、誰もが彼らを敬愛しながら彼らと一緒に行きていく。その背後で教皇と聖母が微かな失望の目を向けていることを一生涯知らないままに。彼らは穏やかで幸福な道を与えられ田舎町での暮らしを勧められると同時に、教皇と聖母の願いを叶えることができなかった者という烙印を押されていく。神との契約を果たせなかった力なき者として、神との契約行為に関する話すら知らされないままに。

 そしてある年の初秋。そんな穏やかな道からは、本人の預かり知らぬ所で切り離されてしまった聖女が一人、神との契約を果たすために教皇の元に召喚される予定となっていた。聖女の名はティファニエンド。字はレイニウムであり、この世界と同じ名を冠していた。

 世界の名を冠するというのは些か不思議なものではあるのだが、大聖堂では別段珍しいことではない。この大聖堂に住まうものは皆レイニウムの姓を授かっており、それは教皇も聖母も等しいからだ。彼らは皆世界の名を持つ家族として共に暮らすことになる。そしてティファニエンドは、聖女となるべく七年前に大聖堂に迎えられた古くも新しくもない大聖堂の家族の一人だった。

 聖母自ら連れ帰った少女は両親を殺害され孤児となった直後であり、彼女はそれ以後教皇と聖母を育ての親として敬愛し、絶対の信頼を置いて七年の時を過ごすことになる。そしてその聖女は今――日が南天に近づいている頃合いになっているにも関わらず、惰眠を貪っていた。


◇ ◇ ◇


「いつか、貴女は世界の礎になるのよ」

 それはいつか聖母が告げた言葉だった。

(あれはどういう意味だったんだろう?)

 ふわふわと浮遊感を伴った感覚の中でぼんやりと考えるも、結局は首を横に振って思考を中断する。

 親代わりである教皇達が言うことなのだから間違いなどないし、何も不思議なことなんてないはずなのだと信じて、そして自分は細かいことを考える必要などないのだと考え直し、彼女は辺りを見渡した。

 夢の中で漂う彼女はこの世界でも珍しい毛色を有していた。

 腰まで伸ばしたスカイブルーの髪に、勝ち気そうに吊り上げられたダークブルーの瞳。それらはどれもレイニウムに住まう人間が有していない色であったが、彼女はそれをおかしいことだと教わったことがないためか特に珍しいとも目立つとも自覚を持ってはいなかった。

 ここはどこだろうかと周囲を見渡すも、辺りに人の気配はない。

「メイ? マイ?」

 一人ぼっちの不安から、生前の両親に仕えていた執事の娘達の名を呼ぶが、無論返事はない。

(おかしいわね。いつもならもっと騒がしく傍にいるはずなのに)

 内心で呟き、再度一度辺りを見渡す。すると、一際強く光が放たれた。

「え?」

 光が凝縮され、人の形を取る。それはまるで彼女が今日この時まで追い求めてきた神の姿のようで、彼女は慌てて手を伸ばした。

「ま、待って! あなた、もしかして神様!?」

 返答はない。

「お願い待って! 私、あなたと契約しなくちゃいけないのよ!」

 そうだ、自分はそのために育てられたきたのだと教えられたばかりじゃないか。そのために今日まで魔力を高める訓練を積み、それを制御する練習を重ねてきたのだと。

 彼女は必死に手を伸ばし光を掴もうとするが、形無きものを捉えられるはずもなく、力を込めた手の平は空を掴むばかりだ。

 光の中に、微かにエメラルドの色が混じる。眩しさのせいで彼女の瞳にはうまく光の形が捉えられなかったが、その光はまるで眠っているように見えた。眠りながら逃げるとはいい度胸だと彼女は胸中で呟くものの、そうこうしている間にも光は薄くなっていく。

「あ、駄目!」

 そうして彼女が一際大きく叫んだ時には光は霧散し、後には反転するような暗闇と喧騒が――。

『ティファ様、起きてください』

 ――暗闇が訪れると同時に聞き慣れた声が聞こえるが、眠気に勝てないので無視して少女が呟く。生真面目そうな声を発した人物は、アーモンド形の亜麻色の瞳に憂いを含めて溜息を漏らす。

「……うーん?」

 代わりにぼふっと柔らかい音を立てて寝返りを打ち、再び眠りに就くことにした。先程までのしっかりとした意識などなく、ただ泥のように眠りたいという欲求のみが先行する。その間にも喧騒は向こうからやって来た。

「ティファ様! 起きてー!」

 今度は先程よりかは高く明るい、これもやはり彼女が聞き慣れた声だ。生真面目そうな少女の隣に立つその声の持ち主は天真爛漫な笑みを浮かべ、少女の寝顔を覗きこむ。二人並んで立つ姿は髪型や服装を覗けばほぼ同じであり、彼らが一卵性双生児であることを示していた。

「ふにゅう、かみさまー……」

 明るい声に対し、少女は自分でもよく分からない言葉を吐きごろごろと転がる。どうして神様が出てくるんだろうと眠気の中で考えるものの、すぐにその考えを取り払って夢の世界に意識を浸した。

「駄目だわ、起きない。しかも何か寝言言ってるし」

「どうせドキドキして眠れなかったんでしょ。姉さん、こうなったらあれしかないわよ」

 眠りこける少女の姿を見下ろし、二人の少女が溜息を漏らす気配を感じる。それでも惰眠を貪っていると、やがてほぼ同じ顔立ちをしている二人がしかしそれぞれの性格を表すような言葉を呟き、同じタイミングで首元にかけられたホイッスルを取り出した。嫌な予感がする、と目を開けようとするとぼやけた視界の端で二人の亜麻色の髪がふわりと揺れ、すぅと息を吸う音が部屋に満ちる。そしてその音が止むと同時に外にも響き渡るほどの高音が放たれた。

 ピーーー!!

 激しくホイッスルが吹き上げられると、眠っていたはずの意識が急激に引き戻され、布団の中の少女ががばりと起き上がった。すでに夢の中に現れた存在など忘れ去った彼女は寝ぼけ眼を数度擦ってから辺りを見回した。

「ひゃっ! 何々!? 緊急事態!?」

 大声を上げ、隠す乱れたスカイブルーの髪をかき上げて臨戦態勢を取ろうと試みると、体勢を崩してベッドから落ちてしまう。どすんと音がして腰をしたたかに打ち付けると、彼女の正面から大きな溜息が二つ降った。

「朝から何?」

 むっとした表情で彼女が睨み付ける先には、幼い頃から彼女に仕える双子の姉妹が二人、まったく同じ顔立ちに同じ表情を浮かべて立っていた。緊急事態ではなくただホイッスルを鳴らされただけなのだと感じ安堵するも、騙されるようにして起こされたことが癪だったらしく彼女の声は硬い。しかし双子の姉妹はそんな主の声など意に介さず、丁寧に一礼した。

「「おはようございます、ティファ様」」

「……おはよう。で、何か用でもあったっけ?」

 重なり合う声にがくりと肩を落とし、大きな溜息を漏らしながら彼女――ティファはもう一度双子の姉妹に目を向けた。

 同じ仕草と声で一礼する彼女達の顔の造りには寸分の違いもなく、本来ならば主であるティファにも見分けがつかないのだが、彼女達姉妹は誰にでも己を区別できるようにそれぞれ正反対の姿をしていたので容易にどちらが姉で妹かを特定することができた。

 右に立つ少女は姉であり、名はマイティーナ。肩に少し付く程度の亜麻色のセミロングに、ダークブルーの簡素なロングメイド服を纏っている。声同様生真面目なのか、凛とした表情を浮かべている。

 左に立つ少女は妹で、名はメイティーナ。腰まで伸ばしたロングヘアーを頭の上辺りで二つ結びにしており、真紅のミニメイド服を纏っていた。こちらは生来明るい性格なのか、ツインテールを揺らして大仰に溜息を付いていた。

「メイ、何で溜息なんてついてるのよ?」

 溜息をつく様子を見てメイが冗談でやっているのだとティファは気付いていたが、それでも無理矢理起こされて溜息をつかれる理由などないとばかりに彼女を睨み付ける。するとメイはアーモンド型の大きな目を軽く見開いて首を振った。

「さぁ、メイティーナには分からないよ。姉さんに訊いてみたら?」

「……マイ?」

 問いかけに対し姉であるマイに声を掛けると、彼女は若干焦ったように妹を睨みつけ、すぐにこほんと咳払いをする。

「マイティーナにも解りかねます。ご自分でお考えになってくださいな……それと、もうお昼です」

 そうして冷たく言い放つものの、当のティファには心当たりなどなく。

「?」

 首を傾げながらも、とりあえず今日の予定を頭の中で繰り返すことにしてみた。

 ――起きたらとりあえず洗顔に、朝食に、それからメイやマイと魔力制御の稽古をして、それから昼食。そうしたらその後は。

「あぁ!?」

 マイの放ったもうお昼ですという言葉が、がつんとティファの脳を叩き付ける。

「今日はノルマン様に召喚される日じゃないの!」

 立ち上がり、慌てて手を伸ばすとマイがそっとタオルを渡した。これで洗顔して来いということだろう。

「ようやく思い出していただけましたか? ティファニエンド様」

 溜息混じりの問いを発するマイに、ティファが何度もこくこくと頷いた。時刻は正午。今からなら急いで準備をすれば予定されていた召喚の時刻に間に合わせることができる。遅刻など彼女にはあり得ないのだ。少なくとも今日だけは。ティファは先程までの不機嫌など吹き飛んだ声で感謝の言葉を上げる。

「分かった分かった! 起こしてくれて本っ当にありがと!」

 そして言うが早いか、彼女は急いで洗面台へと向かい、そこでふと足を止める。くるりと降り返ると布団を干そうとしているのか、メイとマイが二人でシーツを畳みながらティファをじっと凝視した。何を止まっているのかと問うような二人分の亜麻色の視線に、満面の笑みを浮かべて手を振った。

「もし時間が合ったら稽古に付き合ってね」

 まだあどけなさの残る笑顔が振りまかれ、そしてすぐに洗面台へと消えて行く。それを眺めながらメイがふぅと浅い息をついた。白いシーツは毎日洗われているからか、人が一日寝たぐらいでは取れないほどに柔らかい花の匂いがする。

「やっぱり今日も稽古するんだね」

「それがあの方の良い所でしょう? メイは嫌なの?」

「まさか。姉さんだって知ってるでしょ?」

「えぇ」

 憂いを含んでばかりだったマイの瞳が柔らかく細められ、しっかり者の姉の姿から淑女のそれに変わる。ただそれだけの動作で急激に纏う雰囲気を変えたマイに、どうして同じ顔なのにこうも違うのかと嫉妬心が渦巻くのを感じながらもメイが苦笑を漏らした。水が流れる音、櫛が洗面台に置かれる音を聞きながら双子の姉妹が同時に呟く。その声は南天に上った日差しの中に、静かに溶けていった。

「「今日も忙しい日になりそうね」」

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