CHAPTER 2.星夜祭に願いを (7)
グラドへと向かう道を、ただ一人歩いていく深青の影がふと立ち止まる。力なく空を見上げると、葉擦れの音と共に点のように小さな光が降り注ぐのが見えた。もうしばらく歩けば森を抜けるだろう。そうすれば真っ青な空が見えるに違いない。主が持つ色と同じ、スカイブルーが。
「そのうち合流できるわ。メイやアレイズ様も付いていらっしゃることだし」
マイは首を振り、誰に聞かせるでもない言葉を吐く。冷たさも棘もない、どこか自分に言い聞かせるような言葉にもう一度首を振った。
そう、きっとそのうち合流できる。森では駄目かもしれないが最悪グラドで落ち合えばいいし、ティファもそれを願っていたじゃないか。方向音痴のティファだけでは難しいかもしれないが彼女にはメイもいるし、神であるアレイズもいる。彼等がいたら何があってもティファをグラドまで連れて行ってくれるはずだ。だというのに、何故か落ち着かない。
さくりと土を踏みしめて歩き出す。日が暮れるまでに今日こそ森を抜けてしまいたいと考えるものの、頭の中では別のものがちらついてなかなか集中させてくれなかった。
兎が付ける首輪に施された金細工の紋章。それをただ綺麗だと片付けられる程、マイは何も知らないわけではなかった。
(あれが、神の紋章……。それも、アレイズ様が仰るにはかなり高位の神の)
大聖堂の地下で話を聞いた時には紋章の詳しい形までは見ることができなかったが、今回じっくりと見て確信することができた。あの紋章が七年前の事件の時、壁面に描かれていたものなのだと。
立ち止まり、今度は地面を見据える。亜麻色の瞳がゆらりと揺れて、静かに閉じられた。
「あの日の、魔法陣」
ぽつりと呟きが漏れる。同時に鮮明とは言い難い、酷く大雑把な記憶が脳裏を過ぎる。
七年前の事件の日、マイはティファの父母が死んだ現場には居合わせていなかったが、別の現場には居合わせていた。――執事とメイド長である、自分の父母が死した場所に。
あの時、屋敷中に描かれていた魔法陣はまだ稼働していたのに、マイのことだけは殺さなかった。だからマイはあの場にいたにも関わらずこうして生きて歩いていられるのだ。そう考え、マイは小さく首を振った。
(いいえ、殺さなかったんじゃない。殺せなかったんだわ。……二人が私を命がけで守ってくれたから)
両親を殺した魔法陣。マイが覚えているのはその中央に描かれていた紋章だ。形はしっかりと覚えているから見間違いなどではない。確かにあの紋章は兎の首輪に描かれていたものと同じものだ。万が一違っていたにせよ、神かそれに関連する者が父母やティファの両親を殺害したことに変わりはない。
炎を風を巻き起こし、多くの物を焼き尽くしながら天へと伸びた紅蓮の炎。その光景をマイは決して忘れることなどできなかった。しかしもしかしたらティファは忘れてしまったのかもしれない。そうでなければなぜ兎を抱えていられたのか理解出来ない。
お互いあの事件の事に触れずに今まで生活してきたが、確かめておけばよかったと今更ながらに後悔する。覚えていないと知っていればもう少し別の対応ができた気がするのに、あれでは自分が何か隠していることが丸わかりではないか。できればもう少しスマートに隠したかったものだと考え、ふぅと溜息をつく。
神と接したせいでとんでもなく面倒な事態になっている。そう考え、少しだけアレイズを恨んだマイは、胸中で「でも」と呟いた。それなら、どうして自分はティファが大聖堂に行くと話した時に止めることができなかったのだろうか。神と契約する聖女になることを阻止できなかったのは何故か。
無論あの状況では聖母であるアリアの手を取ることが得策だったし、形だけでも聖女でいることがティファの為だったことは明白だ。令嬢として育てられた彼女を生かす術を自分は他に持ってはいなかったのだから。しかし、形だけの聖女であってほしいと願っていたはずの彼女は神と契約をしてしまった。血溜まりでずっと神に救いを求めて続けていたティファを無視した役立たずの存在と。そして何より、自分やティファの父母を殺した憎き敵と。
「……アレイズ様は違うわ」
強くなる疑念に自分自身で答えを出す。そう、アレイズは違う。あの時の神ではない。最初は警戒してしまったが、彼がティファを害するような神ではないことは短い間でも十二分に理解できた。
(きっとあの御方なら、ティファ様を護ってくれる。これから先誰がティファ様を付け狙っても)
高位の神にアレイズが太刀打ちできるかは甚だ疑問だったが、見捨てるようなことをしないだけましだと思いたかった。人間がこのような考えを抱くなど冒涜以外の何者でもないのだが、護衛としてこのまま契約をしていてほしいだとかもういっそこのままアレイズとティファが結ばれた方がそこいらの男に捕まるより遥かにましだと考えている辺り懲りる気はないらしい。
そこまで考えてはっと息を呑む。これではまるでティファが神に狙われているようではないか。あの事件の真相は未だ謎に包まれており、何が目的だったかさえ分からないというのにどうしてそんなことを考えてしまうのだろうか。今までの大聖堂での生活に、危険なことなど何一つなかったはずなのに。
「でも」
呟き、心の臓がある位置をぎゅっと指先でかきむしるように掴んだ。理由の分からない確信にむず痒さが止まらなかった。――あの事件の犯人は、きっとティファを狙っている。しかしその理由は靄がかかったような記憶に邪魔をされて突き止めることができなかった。
「姉さん!」
ざくりと柔らかな土を強く踏みしめる音に目を見開く。そうして慌てて背後を振り返ると真紅のメイド服を着た、自分と瓜二つの顔立ちをした少女が駆けるのが見えた。
「メイ?」
「姉さん歩くの早すぎ! 追いかけるのにどれだけ体力消耗したと思ってるのよ!」
呆けた呟きを返すと、荒い息を吐いたメイが上体を折り曲げて膝に手をつく。そうして自分よりも少しだけ大きめに見える亜麻色の瞳でマイを睨みつけた。苛立ちというよりも、恨めしさの籠った瞳にマイがすぐに無表情を取り戻す。するとそこでようやくメイは苛立ちめいた感情を表情に載せた。
「どうしてティファ様を追い掛けなかったの?」
「そういうメイこそ、どうしてティファ様の方に行かなかったのかしら?」
「アレイズさんがティファ様を見つけてくれるって信じてるからだよ。きっと私達より早くにね」
責めるような問いに冷たく返すと、メイは早口に後ろを指差す。そこにアレイズやティファがいるわけではないだろうが、後から合流すると言いたかったのだろう。少々言葉が足りなくとも、メイの言葉なら大体理解することができる――双子だからこそ出来る芸当なのだが。
すっと目を細め無言で返すと、深呼吸を数度して息を整えたメイが上体を伸ばす。そうして同じ目線の高さで真っ直ぐにマイを見据えた。力強い眼差しが射抜くように向けられる。
「もう一度聞くけど、どうしてティファ様を追いかけないの? アレイズさんが探してくれてるからいいものの、下手したらティファ様じゃ戻って来られないかもしれないんだよ?」
純粋さを湛えた、真っ直ぐな瞳。
マイはそんな目をすることができる妹に羨望を抱いたが、すぐに胸中で無理だと呟く。
自分はこんな風に真っ直ぐではいられない。
「言ったでしょう? そのうち合流できるって」
だからマイはあくまで自分らしく冷静な声と冷たい瞳でそう返した。するとメイが目を丸く見開いた後で、すぐに細める。毅然とした光がその瞳に宿るのを見つめていると、メイは指差す様にびしりと腕をマイへと突きつけた。
「そんなの嘘よ」
「どうして?」
確証も何もない言葉に嘲笑混じりの答えを返すと、メイはふっと口の端を緩める。
「双子だからって言いたいところだけど、今回はちゃんと理由があるんだからね。……姉さん、泣いてるじゃない」
「――え?」
泣いている?
指先で頬に触れる。なぜたそこは湿っていて、未だに留まることを知らない。
「何で……?」
どうして泣いてるのだろうか。悲しいことなんて何一つないのに、辛いことだって今はまだ我慢できるのに。
(きっと突然思い出すことが増えて混乱しているのよ)
そう結論付けた所で、ちくりと胸を刺していく痛みが消えるわけではない。視界が涙で滲む中、掠れた声で呟くとメイが大仰に溜息をついた。肩が上げられ、大袈裟な動きで落とされる。そうして常ならば自分が言うべき冷静な科白をメイに取られてしまった。
「まったく。……泣くぐらいならさっさと追いかけたらいいじゃない。というか、姉さんでもそんな顔することがあるんだね」
「私は」
腰に両手を当てて仁王立ちするメイに向けて呟くと、彼女は首をふるふると振って手を差し出した。同じ形の、だけど手相だけが少し違う手の平に視線を落とすと実にあっけらかんとした声が耳朶を打つ。
「ほら、行くよ」
仕方がないなとでも言いたげな笑みに気持ちがゆっくりと溶けていくのを自覚した。生まれる前から隣にいて、生まれてからもずっとずっと隣にいた唯一人の同胞。護るべき主でも仕えるべき神でもない少女に、マイが静かに手を伸ばす。震えながら伸ばした手は、すぐにメイに掴まれた。熱くも冷たくもない同じ体温に張っていたはずの気がふつりと緩んだ。しかしもうすっかり慣れているはずの感触は何故だか初めてのものに感じられて、マイはむず痒さに目を閉じた。
やはり、何か大切なことを忘れてしまっている気がする。それが何であるのかは分からないとしても、この胸のどこかに。だがそれを今気にしているわけにはいかない。思い出すには時間が足りなかった。
「行きましょう」
元来た道へとブーツの爪先を向ける。自分は一人じゃない。だけどティファは今も一人森をさ迷っているかもしれない。そう考えると自分が起こしたことのはずなのに居ても立ってもいられなくなって、マイはやや早足に歩を進める。すると手を繋いだままメイがひらりと真紅を翻して付いてきた。
「姉さんが兎を連れて行くことに反対したのは、あの光のせいだけじゃないんでしょ?」
若干低い、真剣味を帯びた声が耳朶を打つ。
「……えぇ」
その声にどう答え様か逡巡しながらも、マイはしっかりと返す。一人で抱え込むよりも、メイに話しておいた方がいい気がしたからだ。自分一人でティファに反抗するよりも、メイのフォローがあった方がやりやすい。
「何があったの?」
だからマイはメイの立て続けの問いに思い悩んで足を止めることなく応えることができた。
「ティファ様には決して話さないと」
「約束する」
真剣だけどどこか能天気さの残る声。しかしマイはその声に対して不信感を抱くことはなかった。どれだけ呑気な声で発言していても、メイは自分が口にしたことをおいそれと破ったりはしない。破ることがあるとしたら、それはティファの身を案じてのことだ。そして毎回その判断は正しい。そう、神器を取り返した時と同じように。
「七年前の事件、覚えてる?」
昏い声が乾いた唇から発せられる。
我ながら酷い声だと思いながら呟いた声に、メイがしっかりと頷いた。
その反応を見てマイが一度大きく息を吸う。
長い、長い話になるだろう。その覚悟をその一息に詰め込んで。
◇ ◇ ◇
「御免なさい」
きっぱりと告げたティファに、アレイズが眉を顰める。そこで初めて苛立ちを見せたアレイズは伸ばしていた手を更に奥へと伸ばす。体ごと近づけて伸ばされた腕が、そっとティファの頬へと触れる。え? と呟いた時にはもう捉えられていた。
「お前は……」
「へ? ひゃっ! い、いひゃいー!」
皮の硬さが伝わると同時にティファの頬に血が集まるが、それを無視してアレイズがぎゅっと頬をつねる。鋭い痛みに思わず涙が出そうになり、思わず間が抜けた声で文句を言うと怒声を返された。
「うるさい! 大体お前は元聖女の癖して神にも人間にも心配ばかり掛けて! 方向音痴を自覚してるのなら一人で出歩くな馬鹿者!」
方向音痴だとそうもはっきり言われると立つ瀬がないのだが、事実なだけに言い返せない。ティファはそれに関してはどう頑張っても言い返す言葉がないと、素直につねられたまま頬をびよんと伸ばすアレイズの手に自分のそれを添えようとして失敗した。兎と指輪に両手を塞がれているのだ。
「ふみゅー……ごめんなひゃい」
腕に力を込める。そうしてその中に温かさを感じながら、ティファは涙目でアレイズを見上げた。何があっても兎を手放す気などなかったが、道に迷ったら困ることは確かだ。そう考えて謝罪したティファに、ようやく溜飲が下がったのかアレイズが手を離す。ぱっと離れた痛みを指輪を持った方の手でさすると、ひりひりとした熱が残された。もしかしたら赤く腫れてしまっているのではないか。
「いたた、ジュードの馬鹿」
腹立たしさに恨めしい声を上げると、アレイズはつんと澄ました顔でそっぽを向いた。
「真の馬鹿者に言われても痛くも痒くもない。それで? 何が原因だ」
「何がって」
「たかだか兎一匹のためにこんな事態を起こしたんだ。契約神たる俺に説明ぐらいはあってもいいと思うが」
それから、とアレイズが続ける。葉擦れの音に合わせて衣擦れの音が耳朶を打ち、先程ティファの頬をつねった指先が今度はティファの手の中にある指輪を摘んだ。そして彼女の左腕を掴む。
翡翠が煌めき、元あるべき位置にはめられた。
「っ? どうして」
息を呑みながら身を引こうとするが、アレイズが腕を掴んでいるせいで敵わない。普段はメイドにも勝てない神だというのに、こうやって力を見せつけられると相手も一応男なのだと思えて、ティファはかあっと熱くなる頬を空いた方の腕で隠しながらアレイズを睨みつけた。勝気な瞳が怒りを籠めて向けられても特に狼狽した様子を見せない。それどこかふんと鼻で笑う始末だ。
「言っておくが契約は解除されていないし、解除することを認めた覚えもない」
「でも」
確かに、契約とは口付けであり他の誰かと口付けをしない限り契約権が移行しないことは聞いている。何より聖女とは神より立場が弱く、契約も神が望まねばすることができないのだ。ならば解除だってそうだろう。ティファとてそれが理解できぬほど子供ではなかったが、ここまでしたのだからいい加減契約を解除されてもおかしくはないと思っていたのが本音だった。第一何と言われようとティファはアレイズと共に行くことはできない。それが伝わったのか、アレイズはぎゅっと掴んだ手首に力を入れて言い放った。
「お前が兎を連れて行きたいなら、百歩譲ってこの寛大な神が許してやる」
「へ?」
普段聞かないような、厳かな声にティファが瞠目する。しかしそれをも無視してアレイズが早口に続けた。言葉を選んでゆったりと喋るわけではない。既に決めていたことを淡々と喋っているような、そんな雰囲気がひしひしと伝わる。
「そのせいでメイとマイが怒り心頭になってお前を置いて行くことがあっても、俺がお前をグラドまで連れて行く。一度俺の我侭に付き合ったお前が悪いんだからな。最後まで付き合え」
付き合えって。
「我侭なんて思ってないわ。それにこれは私の我侭よ」
首を振って答えると、切り込むように鋭い声が耳朶を打つ。
どこまでも食い下がるアレイズの声は、そのくせとても静謐なものだった。焦りなんて、微塵も感じられない。
兎を見下ろし、どこか睨みつけるように黒瞳が向けられる。すると兎が威嚇するようにぶっと鳴いた。
「グラドを目指すのはお前も同じだろう」
「それはそうだけど」
「俺の行く所に自分も行ってみたいと言ったのはお前だ」
「言ったけど」
何が言いたいのだろうか、アレイズは。ティファは彼の早口に対抗するような早さで返しながらも頭が混乱するのを止めることができなかった。左手薬指にはめられた指輪は安堵するように光るのみで、同じ指輪の持ち主である神の心などまるで教えてはくれない。心の中身があけすけになることは断固として拒否するが、こういう時ぐらい相手の気持ちが伝われば便利なのに。胸中でそう文句を言いつつ、ティファは首を振る。
「それでも、行けない」
「だからその理由を訊いている」
そういえばそうだった。
ティファはアレイズの的確な言葉にぱちりと目を見開きながら、しかしすぐに目尻を吊り上げる。自分が語る言葉が少しでも真剣味を帯びてアレイズに伝わるようにと。
「この兎が危険なことは分かってるんでしょう? 三人が言ってた事以上に、この兎から発される魔力は危険過ぎるわ」
「分かるのか?」
「さっきから、ずっと纏わりついてきてたから」
今は何も感じないけれど。
軽くなった体をアレイズの瞳がしげしげと見つめる。
そんな風に見られると困るんだけどと考えていると、清々しいまでにきっぱりとした声を返された。
「ならば尚更お前を一人にすることはできないだろう」
もっともだ。だがティファはそれを願わない。
「……もしかしたら、七年前の父様と母様みたいになっちゃうかもしれない」
この兎や首輪があの時の犯人だと確信しているわけではない。だが、万が一の可能性がないなんて誰に言える。仮に違ったとしても、大聖堂にいたはずの兎とこんな所で再会するだなんて胡散臭いにも程がある。きっとこれは偶然ではないのだ。加えてこの魔力。マイが言う通り、危険にも程がある。そう思うからこそ一人で行こうと言うのに。
「七年前?」
憂いを帯びた高い声にアレイズが眉を顰める。だが事情こそ分からないものの彼にはティファが言いたいことが分かったのだろう。はぁ、と大仰な溜息の後でティファの手首をぐいと引き寄せる。
「ちょ、ジュード!?」
兎を庇いながら狼狽した声を上げるが、その間にもティファの体はアレイズの腕の中へとすっぽり収められてしまった。微かな土の匂いと汗の匂いに、自分を探したせいなのだろうかと思案する。常ならば出来得る限り体力を使おうとはしないのに。
耳元にアレイズの唇が寄せられる。ティファはその感触にくすぐったさを感じて身動ぎするが、ほとんど動くことはできなかった。顔の近さに頬が先程よりもずっと熱くなる。頬をすり寄せるように耳元に寄せられた唇が吐息から言葉を紡ぐ。低い声が至近距離で発せられ、ぞくりとティファの背が震えた。
「過去のことを、俺は知らない」
真摯な声が、だがと続ける。
「常日頃から感謝が足りない所から察するにお前は忘れているのかもしれないが、俺は神だ。いくら高位神相手とはいえおいそれと敗北するわけがないだろう」
「……絶対なんて言いきれないじゃない」
「そうだ。しかしそんな危険な力とお前を一緒にしておいた方が、血が流れる可能性が高い」
このまま兎と一緒に居ればいつか血が流れてしまうかもしれない。
しかしそれを知っていてなおアレイズはそう言い放った。まるでティファの身の方が大事だと言わんばかりの言葉に、喉の奥がしゃくりあげるような音を立てる。そうしていると厳しい声が耳朶を打つ。脳裏に叩きつけるような声にティファがはっと息を呑んだ。
「自惚れるな」
「――っ」
一瞬、自分が大事に思われていることについて言われているのかと思い、恥ずかしさに倒れそうになる。だがそれは杞憂だったようだ。アレイズはもっと別の意味で言ったのだと次の言葉で気付く。
「お前は強い魔力を持とうとも人間であり、神が持ち得る魔力に太刀打ちできるわけじゃない」
そう、自分は唯の人間だ。そして相手は元が人間であろうと今は神。
「だが、神と契約しその魔力を供給されれば話は別だ。俺の魔力ならお前を護れる」
確かにそれはそうだろう。しかしその魔力は、決して自分の為に使われるべきものではない。
その為に与えられたものではないはずなのだから。
「神様は、世界を守護する存在なんでしょう?」
「それがどうした」
「護る相手を間違えてるわよ」
「契約者を護ることも神の務めだ」
さらりとした言葉に、詭弁だと胸中で呟いた。アレイズの腕に素直に抱かれながら小さく嘆息する。どんな理由をつけようと、神が世界の為に在らねばならないことに変わりなどない。だから同じ神が自分を傷つけようとするのなら、それは世界の意志――世界の、意志?
自分の思考に瞠目し、ティファは七年前の事をもう一度よく思い返してみる。
血溜まりに沈む父母に、焼ける屋敷、からからに乾いたアリシアの花。あれらは全て、世界の意志だったのだろうか。だとすれば余計に、アレイズと共にいることは危険だ。一度狙われた家の人間と契約し、あまつさえ世界に会いに行こうとしているのだから。
「駄目、駄目だよ!」
手を伸ばして必死にアレイズから離れようともがくが、力で敵うはずがない。だからティファは必死に声を張り上げてアレイズに叩きつけた。
「七年前の事件には、この子の首輪に描いてるのと同じ紋章が関わってる。なら、もしかしたら世界が関わってるかもしれない!」
ぴくりとアレイズの片眉が上がる。
「――何だと? だが、レイナがそんなことをするはずが」
「神が世界の意志によって動くのなら、有り得ない話じゃないでしょう」
信じ難いと言葉を濁らせるアレイズに、更に言葉を叩きつける。
有り得ない話かどうかはティファには分からない。しかし全くの無関係だとも思えなかった。断片的な記憶の先にはまだ足りない記憶が山ほどあるように思われる。ただ、その全てに兎の首輪と同じ紋章が関わっていることは自明の理だ。少なくとも、七年前の事件に関しては。
「急ぐ必要があるな」
「えぇ、だからアレイズは先に行って――」
「お前は世界に会わなくてもいいのか?」
水面に小石をそっと落としたように、緩やかな動きで心が波打つ。
「私は……」
「逃げるつもりか」
ざわめく心を押さえ込み、逡巡した苦い声を返す。世界に会うことが真実を掴むための最短ルートだろう。しかしそうすればアレイズは危険を回避できない。アレイズだけではない。メイやマイも同じだ。七年前の事件で彼女達も父母を失っているのに、これ以上の物を失わせたくはなかった。
「違うわ」
「真実を確かめず、父母の死から目を背けるのか」
「違う!」
「何が違う。世界が関わっているかもしれないと言いながら、世界に会うことは拒むのか」
悲鳴のような声で答える。だがその理由は口に出来ないままでいると、アレイズが嘲笑混じりの声で続けた。細められた黒瞳と吊り上がった唇を見て、自分はそんなにも逃げているように見えるのかと思案する。
確かにそう見えるかもしれない。事情を告げていない以上、自分がただ世界に会いたくないように見られても仕方がないのかもしれない。そう考え溜息を漏らした彼女の考えは若干外れていた。
「本当に世界の意志で神が動いたのなら、お前はきっと殺される。一度殺しそこねた一族の末裔を生かしておくことはしないだろう。世界が許しても、他の神々が許さん」
「そうよ。だから私は一人で行くの」
「死に急ぐつもりか」
「誰も巻き込まないためにはこれしかないわ」
「ならば生きたいと?」
「当たり前じゃない」
死にたいなどと誰が願うというのだろうか。第一、願うぐらいなら七年前のあの日に願っている。
双眸に怒りを秘めてお互いに見つめ合う。するとアレイズがふっと表情を和らげた。抱きしめる腕の力が優しくなり、ぽんと背中を叩かれる。
「世界は決して俺だけは殺さない。神々がどれだけ願っても、世界がそれを許さない」
「……どういうこと?」
「友の死を願う馬鹿は居るまい? だからお前は俺と共に行けばいい。その方が生きていられる」
確か、アレイズは神に呪いを掛けられて神になったのだったか。彼の言葉にそう胸中で呟いていると、そっと優しい声が耳朶を打つ。ささくれだった心を包み込むような低い声に唇を噛み締める。
――生きていられる。その言葉が酷く胸に突き刺さった。生への執着心など今まで感じたことがなかったが、それでも生死を選べるのなら自分は生を願うだろう。
「世界は絶対貴方を護ってくれるの?」
「本来の在り方とは逆だが、ほぼ確実だ。そして俺が起きて世界を歩くためには契約者が必要になる。お前が害されることもない」
できれば絶対という言葉が欲しかったが、元よりこの世界に絶対などない。ティファはそう結論づけて小さく頷いた。
「……分かったわ」
アレイズ神、とゆったりとした高い声で言い放つ。
「この兎と共に、私を貴方の望む場所へ連れて行ってください。神と聖女の契約の元に、私は貴方に御供します。例えその場所が世界の意志たるレイナの御前であっても」
それは父母やメイ達の両親の死の真相を暴くために利用すると言っているようなものだった。そしてそのために、神と会話するために叩き込まれた丁寧な言葉を使っている。でもまさかこんな時に使うことになろうとはと胸中で苦笑を漏らしていると、アレイズが僅かに身を離して今度は嬉しそうに笑んだ。利用されることなどまるで意に介さないとその顔が告げていた。
「良い返事だ。ならば俺はお前の罪を全て赦し、その生命を護ろう。この契約が続く限り、俺達は共にある」
左手が持ち上げられ、アレイズの唇に翡翠が触れる。
「お前は俺の契約者、俺はお前の契約神」
心が震えるほどの艶やかな笑みは、お互いが放つわざとらしい厳かな言葉は全て再契約を交わすためのもの。解除などされていない契約を、しかし心からもう一度望むためのものだった。
「努々忘れることのないよう」
だからティファはアレイズの静謐な声に小さく頷く。
ほんの僅かの別れに終止符を打ち、今度こそ本当の契約を交わすために。そうして神ジュードと人間ティファニエンド=グランハートが契約を終えると、彼等は大きく息をついた。このような真面目な態度は二人とも慣れていないのだ。
「二度と外すな」
指輪の事を言っているのだろう。ティファは今しがた口付けられた翡翠に目を落とし、唇を尖らせながら拗ねた声で言い放つ。
「う、分かってるわよ。それより、お願いがあるんだけど」
「何だ?」
霧散した空気に脱力したのか、アレイズが木の幹に腰掛ける。
隣に腰掛けると兎がじたばたと藻掻いて膝の上へと体躯を滑らせた。余程お気に入りらしく、長く身を伸ばしてくつろいでいる。人畜無害な動物の典型例を見せられたような気がしてティファは苦笑を漏らしながら続けた。ただ、じっとりと不満そうな視線を向けてくるのが気になるが。
「今の話はあの二人にしないでほしいんだけど」
「紋章の話か? 二人は知らないのか」
「どうかしら、少なくともメイは知らないように思えたけど。どちらにせよ、あの二人の両親も同じ事件で亡くなってるから、出来る限り思い出させたくないの。二人の両親は、ただ巻き込まれただけのはずだから」
故人のことは決して忘れたくはないものだが、それ以上に死した日のことは出来るだけ思い出さない方がいい。それが凄惨なものであればあるほど、知らないで済んだ方がいいのだ。見てしまったティファは真相を確かめることを選んだが、誰もがそれを選ぶとは限らない。
ふわふわとした毛を撫でていると、アレイズが兎を一瞥してから頷いた。束ねられた髪がさらりと流れる。
「分かった。約束しよう」
「うん、ありがとう」
逡巡を見せない声に礼を述べると、アレイズがうんっと伸びを一つしながら軽やかな声で告げた。
「まぁ、例え何らかの事情があの二人がお前を恨むことはないだろう」
「……そうね」
きっとアレイズの言っていることは正しいのだろう。今更両親を失った時の話を蒸し返した所で、その元凶になった家族を責めるようなことをあの双子は決してしない。もしそんなことをするようなら、記憶が薄れる前に離別していたはずだしそうなっていないのならそれが答えなのだとティファは思った。
「とりあえずはあの二人に何て言うかが問題ね」
「見つける所から難儀だがな」
それもそうだ。辟易としたアレイズの声に苦笑を漏らす。しかしその刹那土を踏みしめる音が鳴り響き、ティファはアレイズと目を見合わせてから慌てて立ち上がった。聖夜祭の行われた村からグラドへは他に村もない、人の行き来も少ない場所だ。そんな場所で人の足音が聞こえるということは、要するに。かさりと草が揺れる。その間に血のような紅が見えてティファは思わず声を上げていた。
「メイ?」
すると真紅がぴたりと動きを止め、注意深く草の間からティファ達を凝視する。そこにスカイブルーを見つけたのだろう、メイは至極明るい声で両腕を振った。
「あ、ティファ様! よかった、ちゃんとアレイズさんと合流できたんだね。ほら、姉さん! ティファ様見つけたよ」
「え、えぇ」
明るい声に続く声は、酷く緊張したものだった。
メイと声質が似ているのにそれだけで別人のものに聞こえてしまう。……実際別人ではあるのだが。
「マイ」
「ティファ、様」
気まずいのか、上目遣いにティファを見つめる亜麻色の瞳が半分ほど閉じられる。地面に視線を縫いつけられたように、そこから動かない。
声を掛けると更に固い声で返されてしまい、ティファは困ったようにメイを見るが彼女は大丈夫だというように笑うのみだった。姉を信頼していることがそこから見て取れるが、しかしこれで何が大丈夫なのかが疑問だ。道なき道を歩いてきたのか、アレイズ同様草をかき分けてやってきた二人は対照的な色と形のメイド服を揺らしてティファの眼前へと近付く。真紅のメイドは堂々と、深青のメイドはおずおずと。
両手をぎゅっと握り合わせたマイが唇を噛みしめ、何かの決心をしたように顔を上げる。
「ティファ様」
それを見守っていると、彼女は数度深呼吸した後で深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「え? ちょっと、どうしたの?」
「主であるティファ様に刃向かったのは勿論、それ以上に貴女を一人にしてしまいました。メイド失格です」
先程兎を連れて行くのを反対したことだろうか。しかし一人になることを選んだのは自分なのだから謝るのは間違いというものだ。ティファはそう考え謝罪そのものを取り消してもらおうと考えたが、そうすると事態が更にややこしくなることが理解できていたから渋々受け止めることにする。
「いいのよ、そんなこと」
そうして受け止めた上で赦すことにした。本当はそんなことをする必要などないのだが。
「心配して探しに来てくれたんでしょ? 御礼を言うことはあっても、怒りはしないわ」
かといって兎を置いて行くことはできない。それだけは伝えたくて、頭を下げたままのマイの肩にそっと触れる。
地面を見ると、紅の瞳が心配そうにティファを見つめていた。兎は兎なりに心配していたのかもしれない。
「それに、この兎が危険だからマイは反対したんでしょ? だから謝るのは私の方よ。この兎を置いて行くのは反対だけど、それも謝るのは私でなくちゃいけないの」
だからこの件に関して一番怒られるべきは自分だ。そう考えたティファはマイの背筋を正させてからにっこりと笑い、今度は自分が頭を下げた。今まで一度も真剣に下げたことのない頭を、メイドである二人に向けて。
「「!? ティファ様!?」」
狼狽した声が折り重なり、ティファの耳朶を打つ。それでもティファは頭を上げずに自分の青い髪が視界の端で揺れるのを見ながら続けた。
「二人とも御免なさい。それと、心配してくれてありがとう」
それが今のティファに言える精一杯の言葉と謝罪だった。恐らくこれから先の状態によってはまだまだ謝罪を言う必要があったが、今の所はそれだけに留めておいた。
下げられたままの頭に静かな呟きが落ちる。
「いいえ……」
どこか呆けたようなマイの声。その声に余程驚いているのだろうなと感じていると、彼女はすぐにしっかりとした声を発した。驚きから立ち直った声は凛と響き、ティファの頭を上げさせる。
「いいえ、勿体無い御言葉です」
「そうだよ。謝ることなんてないよ」
続けざまに放たれたメイの言葉にティファは顔を上げ、心からの笑みを浮かべる。
これでようやく四人揃ったと安堵するように。
「そっか」
「えぇ」
二人して呟き合うと、メイがマイの背中をどんと押す。するとたたらを踏むように数歩前に出てきたマイの慌てたような顔が見えて、ティファは思わず吹き出してしまった。いつだって理性な彼女が慌てたような顔をするなど、緊急時以外ではそう見られるものではない。ティファは貴重なものを見たとばかりに笑い声を大きくする。しかし常ならば訪れる窘めは今はなく、代わりにマイの笑い声が返ってきたのでティファはおろかアレイズまで瞠目する。
ただ、メイだけは別段意外ではないという風に笑い合うティファとマイに向けてぶーぶーと文句を放った。
「いーなー! 姉さんばっかりティファ様と仲良くしちゃって」
「お前もあんな風になりたいのか?」
「うーん。喧嘩したいとは思わないけど、やっぱりああいうのっていいですよね。何か親友らしくてさ」
「お前も親友だろう」
「勿論。でも、姉さんとティファ様には敵わないから」
アレイズとメイの言葉に何か返そうと思うものの、笑いの衝動が止まらずそれは敵わない。
だからティファは胸中でそっと二人とも親友だと呟いて笑い続けた。
そのせいで気付かなかったのだ。メイの浮かべる純真な笑みが偽りだということに。
◇ ◇ ◇
「……」
くすくすと笑い続けるマイとティファを見つめ、メイは笑んだまま思考する。
七年前の話をマイから聞かされた時、メイは心がざわつくのを止めることができなかった。
事件が起きた当日、メイは近くに住む友人宅に呼ばれていて屋敷の中にはいなかったのだ。そのおかげで事件に巻き込まれることも、凄惨な現場を見ることもせずに済んでいた。……果たしてそれで良かったのか、今のメイには判断ができなかったが。
何も知らずに遊んできたわけだから、帰った時に屋敷が炎に包まれていたのを見た時は子供ながらに驚かされたものだった。爆ぜる火の紅が赤焼けより鮮やかに周囲を照らし出し、恐怖よりも先に呆けてしまったことを覚えている。しかしその事件を起こしたのが、まさか神絡みだとは想像もしていなかった。それどころか、犯人が誰なのかさえ考えたことがなかった。あの後屋敷に入れてもらえなかったメイには、事件はあまりに遠い出来事に過ぎたのだ。
それにしても、神に全てを奪われた自分達が大神殿にいたとは何と皮肉なことか。そして過去を引きずりながらもそれを隠し続けてきた姉の、何と哀れなことか。きっと彼女は自分よりもずっとずっと凄惨なものを見てしまったに違いない。それでも誰かに縋らずにいたマイに対し、メイは感嘆めいたものを感じていた。そんな強さを、自分は持ってはいない。
「う……っ」
「メイ、どうしたの? メイ?」
その時、ずきりと強い痛みを感じて呻きながら頭を押さえる。そんなメイの姿にマイが声を掛けるが、その声が酷く遠く感じられた。ずきずきと頭が痛む度に視界がぼやける。一体何なのよと胸中で毒づいていると、脳裏に低い声が響く。やけに鮮明に聞き取れる声は、視界と引換に得たものだったのか。
低い声は、遠い日に聞いた父の声だった。
『お前だったら、誰も気付かない』
――気付かない?
『そうよ。お前なら、マイのように目を付けられることもないわ』
――それってどういう。それに気付かれないって、誰に何を……。
次に響いた母の声に問いを発そうとするものの、声はもう響かない。記憶の奥底へと沈んでしまったのだ。そう、これは記憶だ。だけど思い出すことができない。
「メイ? メイ!?」
「あ……」
ゆるゆると記憶を手繰り寄せようと思考の奥へと手を伸ばす。しかしそれは肩を強く揺さぶられる衝動で現実へと引き戻されてしまった。ツインテールが大きく揺れ、メイがぱちりと目を開く。すると青ざめた顔のマイが、ティファがこちらを見ていた。
「だ、大丈夫。ちょっと頭が痛くなっちゃって」
「そう……ティファ様に続いてメイまで。何があったのかしら」
分からない。
「分からないよ。でも大丈夫、もう痛くないから」
メイは痛みの遠のいた頭から手の平をどけて無邪気に笑ってみせる。それでもマイの憂い顔が晴れることはなかったが、幾分和らぐのが見えた。目尻の赤い姉の目を見て、胸中で呟く。
言うべきだろうか、今の声のことを。しかしあれが自分の過去だったなどという確証はどこにもない。思い出せない記憶なんて、ないも同然なのだから。ただ自分の予感としてはあれが過去だったのだと言い切ることができる。そこが悩みの種だった。兎が現れ、マイが感情を昂らせ、そして七年前の話を聞いた直後のことだ。何か関係があるのかもしれないと考えて然るべきだろう。だがその関連性がどうにも見えない。
「それよりもう行かなくちゃ、今日中に森を抜けないとまた野宿になっちゃうよ?」
「……そうね。でもメイ、無理しちゃ駄目よ」
「ティファ様こそ」
わざとらしく明るい声で言うと、ティファが数瞬黙り込んだ後で前方を見据える。それに対して口の端を吊り上げながら今度はアレイズを横目に見た。鋭い視線を少しだけ和らげてティファを見る黒瞳に瞼を伏せる。
(このまま一緒に行ってもいいのかな)
そんな疑問が頭を過ぎる。
炎で崩れた屋敷、死んだ両親達、多くの死があの日一度に訪れた。そしてその全ての鍵は、神たる紋章が握っている。それなのに同じ神であるアレイズと共に行くことが果たして得策なのかどうかメイには分からなかった。
世界は神を守護するためにあるという。そしてそれ以外のことに力を行使することがないのなら、あの事件は世界の意志で起きたことじゃないのか。そう思えてしまったせいで、進み出した三人の背中を見つめながらメイはぎゅっと手の平を握り締める。
きっとティファもマイも、そしてアレイズもそれぞれ思う所があって、でもそれを隠しながら歩いている。自分だって隠し事があることに違いなんてなかったが、それでも自分が唯一彼等を客観的に見ていられる立ち位置であることは理解していた。神という存在からも七年前の出来事からも、メイは少し外れた位置に立っていたのだから。
だからこそ彼女は唯一実感することができた。もしも彼等の思惑が相反するものになったなら、その時は一時ではなく永遠の別れになることを。意志の強い彼等は、そうなることをきっと厭わないと知っていたから。




