第2話 ここではない世界へと2
古い記憶が蘇る。人間の時の記憶の一端が。
「ジュデッカ。地獄はどんなところだったの?」
「……想像以上だったよ。まさに地獄の名に相応しい。詳しく聞きたいかい?」
「いいわ。それだけでわかったから」
ジュデッカが満足している様を見ると。わたし程度では吐くだけでは済まない。きっと想像を絶する悪夢がそこにはあるのだろう。
「でも一人で行くのはオススメしないよ。僕も万全の準備をしていたし、タナトスと一緒だったから入り口までいけた」
「いや、行かないわよ!ん?入り口まで?入らなかったの?」
「入れなかった。地獄の門番なのかな?前鬼と後鬼。アレの隙きを付いて一瞬だけ見れたんだよ。僕達が必死に倒してる悪魔や魔物なんてアレに比べたら子供騙しみたいなものさ」
「是は行きたくないって言ったのに。運良く……運悪くかな?中に入って地獄を統べる王。閻魔に会ってたら……2度と帰れなかったよ」
「悪かったよタナトス。僕ももう2度と地獄に行きたいなんて言わないからさ。……あそこは…………ダメだ。僕が死んでも地獄行きだけは勘弁願うね」
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「ん〜?……お主はどこかで見たことあるのう?ワシが女を忘れるとは……無礼なワシを許してくれぬかのう?」
「あ……貴方は!?」
ワタシの故郷……今は東方連邦と呼ばれている地域の着物によく似た服を身に着けキセルを咥えた老人。老人とはなにを指しているのか……姿なのか。全身から漲る気力は老人などとはとても言えない。
それよりも……似ている。ワタシを……悪魔を払った男に。姿は似ていない。だけど……間違いない。
「その態度はやはり知り合いじゃったか!……そなたの様に美しい女を覚えておらぬとは不覚じゃ……どれ……辛気臭い場所じゃが共に茶でも啜ろうぞ」
柊刀に手を引かれて案内される。ワタシの姿は全盛期……22〜3ぐらい。子供ではないから手を引かなくても……違う。
この老人は……
ワタシが女の姿の時はひたすら胸を触っていた。
そして悪魔の姿を表した瞬間殺しに来た。……今も……ワタシが女性だから……助けられてる?
自分で考えていて不思議に思った。
「ここは……地獄ですよね?」
「そうじゃが、知り合いなんじゃろ?もっと崩して喋らんか……ところでお主は名をなんと言う?思い出せるやも知れん」
ど……どうしよう……ワタシがエイジスだと名乗れば……どうしよう……どうしよう。エイジスの前の名を名乗る?
ワタシは見てしまっている。地獄を……地獄の現状を。
嘘をついていずれバレたら……
「や……ぇ――……エイジス……です」
「エイジス……エイジス……あれか!シノブの身体を借りた時の娘か!なんじゃ!やはりそちらが本体か!?ならばワシにも非があるのう。ワシのせいで死んでしまって申し訳ないことをしたのう」
「あ……いえ、大丈夫です。ワタシも死にたかったですし」
その言葉に柊刀が訝しんだ。その冷めきった瞳が
怖い怖い怖い怖い。
「お主にも事情があるじゃろう。無理に聞く気はないがワシに力になれることは全力で応えてやろう
聴け貴様等ー!
この娘は特別に扱うのじゃ!僅かでも不快を漂わせてみよ!ワシ自らがクビリ殺すぞ!」
「「「わかりました!!!」」」
柊刀の一声で周りの亡者達が姿勢を正し声を揃えワタシに跪いた。
亡者達だけではない。責め苦を追わせる役割を持っているはずの地獄の鬼たちも跪いている。
地獄を我が物顔で闊歩しながらワタシの手を優しく引き、地獄を案内してくれた。
ワタシにはこの老人の正体がなんとなくわかってきた。タナトス達がやりあっても太刀打ち出来なかった鬼。
多分前鬼……もしくは……後鬼だ。亡者や鬼達を従えているのも納得がいく。
「あの……あれはなにをしてるんですか?」
歩く景色の至るところに鬼と亡者達が目を閉じて正座をしている。地獄は阿鼻叫喚が木霊する場所だと思っていたが静かそのもの。
「アレか?あれは座禅じゃ。彼奴らの性根を正す為に心を磨いておるのじゃ。少し覗いてみるかの?」
「え?あ……は…………はい」
最初に安心させてから責め苦を負わせるつもりだったんだ。『次はお前の番だ』と語る眼力に圧倒されながら頷くことしかできない。
ワタシの肉体は確かにある。でも魔力がまるでない。少し走れば息があがることは容易に想像できる。弱者そのもの。逃げ場など何処にもない弱者。
「 喝 」
柊刀が小さな声をあげ目を向けると
鬼の首が転がり落ちた。
「女性を前に心揺さぶられたのう?気持ちはわからんでもないが速くその薄汚い首を拾え。娘さんが困惑しておるぞ」
『ギ……この前鬼の邪念を払っていただき感謝致しまス』
「…………あ」
ああ……この老人は前鬼じゃないんだ。考えてみれば当然か。自分で地獄に落とされた罪人って言ってたし鬼のわけがない。必然的にこの老人の正体は……
もう後鬼でいいわ、考えたくない。
『ククク……前鬼よ……肉を持った女如きに惑わされるとは未熟も甚だしい!それで刀様のお茶汲みを務めるだと?この閻魔の精錬された禅を見習え!』
「閻魔よ。生命を育む女性を如きなどと口に出せる貴様の心はワシ自ら灸を据えてやろう」
『申し訳ありません!精進が足りませんでした!』
閻魔?地獄を統べる閻魔王が目の前の柊刀……さんに土下座してるの?なんで?なんで人間に……罪人である柊刀さんに……
ワタシの頭はパンクした。理解できる許容量を逸脱したのだ。
なにも考えたくもない。
ただ……地獄の生活は思ってた以上に快適だった。




