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第13話 レイラの家庭教師

 

 レイラの自室に主のレイラとニーチェが向かい合って座っている。遠目からシノブ。そして紅茶を注ぐ為のメイドが一人。


「シノブ様に見られると恥ずかしいですわ」


「拙者は興味がある。迷惑はかけんし口も出さん」


「別に大した事しないッスよ」


 ニーチェは少し頭を悩ませながらケーキを一口で頬張り紅茶を飲み干した。そして奥で控えているメイドに目配せをした。


 静かにメイドが近づきニーチェのカップに紅茶を


「あ〜……目を閉じて注いでみろッス。こぼしたら金髪ロリには教えないッスよ。勿論、適量で!」


 メイドの表情が強張った。レイラがどれ程魔法を使いたかったのかは理解しているつもりだ。それが自分の行動で台無しになる恐怖。


「わ、わかりました」


 一瞬だけであるレイラと目が合う。レイラは不安そうにメイドを見つめている。ゆっくりと目を閉じる。薄目を開けるようなマネは絶対しない。


 感覚が覚えている。ポットに入った紅茶の量。どの角度でどれぐらいの時間傾ければ適量になるのか……体が覚えている。紅茶を注ぐことに関してはこの難題は問題にもならない。



「うわ〜……できるとは思ってたッスけどすげぇッスね!前に一度でもやったことあるッスか?」

「いえ、初めてやりました」


「メイドには花丸満点あげちゃうッス!」

「ありがとうございます」


 メイドは内心笑みを噛み殺しながら後ろに下がった。ニーチェは淹れたての紅茶を一息で飲み干し奥の青年、シノブに声をかけた。


「次はシノブン。シノブンは紅茶を注いだことなさそうッスね。そのまま目を閉じてポットを受け取って適量まで入れてほしいッス」


「了解した。侍女殿、拙者に手渡してもらっていいか?」


 シノブは瞳を閉じポットを受け取る。ニーチェが置いたカップの位置。周りの気配から、注がれる音からの量を炙り出す。


「シノブンはなんなんスかね?ちょっと怖いッスよ」

「心を鍛えているのでな」


「心は関係なさそうッスけど…………プハァ!最後は金髪ロリッス。その場で目を閉じて適量まで注ぐッスよ」



「わ、わかりましたわ」


 全く魔法とは関係ないことのように思える。しかしニーチェがやれと言われればやるしかない。


 差し出された手にメイドがポットを握らせた。震える手付きでカチャカチャと音を立てながらカップの位置を探り当てる。


 ゆっくりとポットを傾け…………レイラは目を開けた。結果をみた瞬間レイラは涙ぐむ。カップには2割程注がれた紅茶。適量には程遠い。


「も……もう教えてくれませんの?」


 シノブもメイドも出来た事をレイラはできなかった。それが惨めで涙がこぼれる。


「いや……これは魔法とは関係ないッスから。落ち込まなくていいッスよ。あっしが飲みたかっただけッス!」


 ニーチェはカップをユラユラ傾けながら足を組み直す。自分の中で完全に良い女気取りだ。


「例えるならシノブンは天才だから紅茶を注げた。メイドは毎日の積み重ねの末に出来た秀才。金髪ロリは普通ッスね。普通はこんなこと出来ないッスよ」


「普通……でもわたくしだけできませんでしたわ!」


「紅茶は目を開けて注ぐのが普通ッスよ。異常な状況で普通の事が行えるのは異常ッスよ。お前はまず自分は普通の人間って事を理解するッス」



 ニーチェは少量の紅茶を飲み干し立ち上がり部屋の外へ向けて歩き出した。


「でも…………一気飲みし過ぎたせいでポンポンが苦しかったから金髪ロリにまで並々注がれなくて良かったッス。結果だけ言うと金髪ロリも適量を淹れた事になるッス。これは異常な奴には絶対出来ない事ッスよ。異常な奴は満点以上は取れないッス」 


「…………あ……ありがとうですわ」


 ニーチェはゆっくりと扉を閉めた。

 部屋の外からくぐもった声が聴こえてくる。


『うわっ………今のあっし超絶クールッス!気分良いから散歩に出かけるッス!』


 ニーチェは出かける前に2階のとある部屋へと立ち寄った。



「おらぁ!タウカス覚悟はいいッスか!?ベアナックルの時間ッスよ!お前の額をカチ割ってやるッス!」


 ニーチェが立ち寄ったのは憎きタウロスの執務室。自分を娼婦に落とそうとした悪逆非道な男がいる部屋。


 ニーチェを一瞥だけして普段通りの業務をこなす。流石に無視されている事に気づいたニーチェ。


「ック……無視するなッスよ!こっち見て(こうべ)を垂れろッス。あっしはお前を殴る権利を持ってるッスよ!」


「……誰に言われたの?ヒイラギさん?」


「え?あ〜……黒髪の〜無表情の……女ッス!女ッス!」


 タウロスは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。メイデンの命令だ。タウロスに拒否権はない。これから毎日タウロスは殴られる運命にある。


 それを阻止できそうな人物……チラリと視線を向ける。全く期待していない。一応だ。


「すいやせんタウロスさん。メイデンが絡んでるならオレは無力だ。自分の力の無さを悔いてやす」


「うん。マイストには期待してない。こっちでなんとかするから、あ〜……ニーチェだっけ?」

「さんをつけろッス!このデコ助野郎!今から外でアップしてくるから精々震えろッス!…………(シッ)シュ!」


 ニーチェはその場でシュシュッとシャドウを魅せる。そのパンチの遅さにタウロスとマイストは唖然としている。


「……マイスト、小遣いあげるからこの紙を届けてくれない?」


「え?なんでオレですかい?そんなの……」

「そうか……誰か行ってくれないかな〜?小遣いあげるんだけどな〜」


 小遣い……その甘美な響きにニーチェの怒りが一瞬だけおさまる。


「あ、あっし今から散歩に行くから行ってもいいッスよ……タウカスがどうしてもって言うなら」


 タウロスは纏めた書類と印を付けた地図。そして銀貨1枚をニーチェに手渡した。鈍く輝く銀色の硬貨。


「タ、タウカス……お前いい奴ッスね!今日は勘弁してやるッス!早速行ってくるッス!買い食い!買い食い〜!」


 大きな音を立てて扉を閉めたニーチェ。ニーチェが消えた事を確認してタウロスはため息をついた。


「アイツ……チョロい」

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