第5話 ミッション
調合した丸薬をテーブルの上に置き衣服を脱ぎ始める。1週間振りの風呂か。
「まだ最終調整が終わっていない。触るなよ。」
裸体となったワシの体を両手で覆いつつも隙間からチラチラと覗く助平女め。
………………
湯に浸かり日頃の垢を落とす。しかし全ては落とさない。緊張感まで落とさないように、最低限のニオイだけを落としきる。
しかし…………心地良い。
湯船からあがると外に気配。来客が2人。どうやらジルが対応しているようだ。恰幅の良い勢の限りを腹に詰め込んだ中年と取り巻きのような男。
「先々月からの家賃お願いしますよ〜。ジルちゃんは給金入ったんだろ?入学受付やってた分金貰ったんだろ?」
「お金は使ったからないわよ。」
「ジルちゃん、いい店紹介するからそっちで働けよ。学校なんか辞めちまえよ。お前何年見習いやってんだ〜?」
男達の下卑た視線がジルを見つめていた。
なる程。受付は副業と言う訳か。ワシの金を負担したおかげで奴等に払う金が足りないと。
男達の前に1歩出る。一瞬固まったのがわかる。理解しようとして 理解していない。
「素っ裸で彼氏の登場か?ヤル事ヤッてんじゃねぇか!彼氏ならお前が払えよ!」
服を着忘れたな。武器も五体のみ。なんと心許ない。ワシは明らかに油断しておる。まるで精進が足りん。
これが湯船の魔力!気を抜けば昇天は必死!
「拙者が払おう…………足りるか?」
「えっ!?」「ういっ!?」「なっ?」
三者三様驚きの言葉。一糸纏わぬワシの手にはいつの間にかジャラジャラと小気味良い音を奏でる巾着袋を2つ。それを興味なさげに男に手渡した。
「へへへ持ってるじゃねぇか…………2ヶ月分ってとこか。今回は勘弁してやるから今月分も用意しとけよ!」
男は満足そうに懐を漁り…………慌てて全身を確認する。そしてようやく気付いた。
「テメェ!スリやがったな!?」
「…………拙者が本気で盗んでやろうか?」
「何言ってやがる!!ナメやがって!」
男が拳を振り上げ歩み寄る。愚鈍の極み。何故拳を振り上げる。威嚇のつもりなのか?抵抗されない為の知恵か?こちらからも歩み寄り互いに間合いに入る。
「どうした?あとは振り下ろすだけだ」
男の目つきがようやく変わった。本気で痛めつける気でいる。遅すぎる。男は見た所30半ば、物心をついた時からワシを殺す為だけに訓練してようやく、
「届く訳はないか」
親指を男の関節にめり込ませる。根本までズブズブと男の表情が歪む。遅いくる激痛を殺そうと必死に足掻く、無駄に足掻く。
ワシが指を引き抜くと男は片腕を抑えながら後退った。表情は怯えきっている。
「お……お前……俺はタウロスさんの使いだぞ!?カーター家の使いだぞ!」
「拙者はシノブ.ヒイラギ。戻ってその者に伝えろ!」
男達は逃げる様にその場を後にした。残されたのはワシとジルの2人。ジルは上着を脱ぎ始めワシに乱暴に押し付ける。……なる程。春風が心地良いとはいえここは家の外。風邪を引かぬ為の心遣いか。
「ジル殿、拙者は鍛えておる故そのような」
「服を着てよ!」
物凄い眼力に圧倒されジルの言いなりになる。
「そ……その……助けてくれたの?」
「いや、湯上がりで体を動かしたかっただけだ。身を締める余興にもならなかったがな。…………ホレ、これをくれてやろう。」
手渡したのは先程渡した金の入った巾着袋。逃げる寸前に奪ったのだが気付かれるようなヘマはしない。
ジルは目をパチくりさせながらも
「フフフ……貴方、ひょっとして凄い人なの?」
「無論だ。しかし魔法塾には拙者が及ばないと言われる猛者がひしめく魔窟……精進せねば!」
月を見上げる。月と太陽は前の世界と変わらない。変わらない物が数多くある中……何故忍びはいないか……魔法に取って代わられたのなら魔法の底知れなさは驚異そのもの。
「……でも、あの人達、また来るよね。」
「家賃は本来は支払う物だ。今回は拙者が建て替えておいたが、次回からは自分で払うのだぞ。」
あのような生ぬるい追い払い方ではまた来るだろう。敢えてそうした。まだあの連中が悪党かどうかも判断つかん。
「建て替えたって……もういいわ。今日は疲れちゃった。」
「ジル殿、拙者は野暮用ができた。1つ頼まれ事をしてくれるか?」
「な……なに?難しいこと?」
ジルの顔が引きつる。瞬時に二度も財布を盗み、指一本で男を撃退した目の前のシノブが頼み事……警戒しないほうがおかしい。
「布団を用意しておいてくれ。藁、欲を言えば煎餅布団が最適だ。ベッドは要らんぞ。布団は固い床の上に敷いてこそだ。」
「えっ!?貴方家に泊まる気………いない。図々しい奴。」
ジルの返事も聞かずシノブは闇夜に紛れて行った。
シノブ&ジルのおまけと感謝
「ヘクチ!うぅ〜〜寒い」
「ジル殿どうだったか?滝打ちの修行は何か得る物があったか?」
「何もないわよ。風邪貰いそうぐらいかしら……ヘクチ!」
「早合点だな。これを見てみろ。」
「嘘?ブクマが増えてる…………評価まで。」
「そういう事だ。ジル殿の滝打ちが早くも実を結んだぞ。」
「じゃあ私が滝に打たれ続ければ評価はうなぎ上り?」
「そんなわけ無いだろう。ブクマしてくれた者に感謝して湯船につかってこい。」
「うぅ〜……ブクマしてくれた方ありがとうございました!ヘクチ‼」