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第十三話  ひとつに至った者の領域


 天井から大きな音を立てて降り立ったミリアムは全員を品定めするかのように見定める。


 一番強い奴、一番弱い奴、一番厄介な奴、


 それらを一瞬で見極めミリアムは怒りの表情で笑った。


「命を賭す覚悟ある勇者は一人、抗う阿呆が二人、天に任せた賢人が二人!オーケー雑魚しかいない。あんた達相手なら指二本で十分だね」


 ミリアムはテーブルの上に置いてあるナイフに手を触れた


「はひゅっっ!!——ヒューッヒューッ」


 悲痛な声を上げたのはバルザックだ。

 彼の首には穴が空いており、穴からは血と空気を漏らしている。後ろにはミリアムが触れたナイフが音もなく突き刺さっていた。


「お前だけ一際に覚悟が足りない。たぶん死なない手合いだね。待っててやるから復活してみせなよ」


 ミリアムが無防備にバルザックに近づき頭を掴もうとした。


「——こんのッッ!!」


  しかしミリアムの背後をとった柊心がバルザック諸共蹴り抜く勢いで足刀を放った。


「くだらないね」


 ミリアムは人差し指で軌道を逸らし懐に潜り込んだ。

 親指を突き立て拳を放つ。柊心の目玉を穿つ為に。


 しかし目突きなどかなりの隙を付かなければ通用しない。

 大抵は決まってもマブタに防がれ、そもそも柊心は予め腕で自らの頭を守っていた。


「ッッゥう」


 その一切を無視してグチュと艶かしい音をたてた。


「手応えありだ。目玉なんて飾りだ。なくてもいいだろ?」


 ミリアムは抉り取った血と白い液体の混じった指を払った。



「〜〜ミリアムぅう!!」


 片目を潰された柊心が睨みつける。唯一の片手を腰あたりに置きなんらかを後悔して構えるように突き出した。


「性懲りも無く……今度こそあんたを倒してやるわよ。ティオ達は早く逃げて。こいつの狙いはあたしだけよ」

「……クッ、クッハッハッ!自意識が極まってるよ」


 柊心の意地のよう執念に対してミリアムは大きく笑った。


「銃を持ってきていれば、か?他の者を逃す時間を稼ぐ、か?こんなに狭い場所では不利、か? そもそもあたいの狙いは柊心ではない。ここに存在している全員だ」

「なっ!」


 ミリアムは戦闘態勢とも言えない二本指を下ろして


「いいだろう。全員逃げなよ。銃を持ってきて柊心の望む場所でやろう。それであたいに勝てる可能性が生まれるんだろう?」


 ミリアムの挑発にチラリと怯えるティオ達を見た。

 そして覚悟を決めたように——。


「まだ可能性が生まれないか。どこでもいい。少しでもあたいに触れたら柊心の勝ちでいいよ……あぁ、指二本は攻撃に使うからそれ以外で。流石に柊心相手に声だけで殺せるとは思わない。あたいは油断しないよ。あんたが負けたら逃げた奴らを殺しに行くからね」


 ミリアムの侮蔑を込めた挑発行為だ。

 そしてそれを実行出来ると確信している。

 どれだけ柊心が死力を尽くしても


 ミリアムの高さには届かない

 ミリアムはそれほどの高みへ至っている。


「なんの……つもりよ。狙うならあたしだけを狙いなさい」


「覚悟を作る時間は存分に与えたがいいだろう。理由を教えてやる。お前達の存在がレイラを傷付けた。死ぬには十分な理由だ」


「……レイラ?たしかあの時、自分はカーターの娘だってくだらないイタズラみたいな事してた子——」



「   ツキがカケル     」



 柊心の顔面からおびただしい血液が流れ落ちた。

 正確には顔面ではない。彼女の頭は半分失っている。


 ミリアムの目視叶わぬ指弾によって



「その無配慮な言動がレイラを傷付けている。さぁ、五秒後に死ぬがまだ寝たふりでも続けてみるかい?」


 わかりきったようにミリアムはバルザックに目を向けた。

 隠す理由もそれ以上の事態にバルザックはミリアムなど無視して柊心に駆け寄り治癒魔法を施した。


「……心さん……」

「ありがとう……バルザッ君……でも……」


 二人とも戦闘経験は積んでいる。

 だからこそ絶望が包んでいる。


「さて、神威持ちならばこれも対処出来るだろ!!」


 ミリアムがバルザックの両肩を弾いた。骨が外れ鈍い痛みが走るがバルザックは自身常に施している治癒魔法がある。

 どのような攻撃であろうとバルザックには通用しない。


「……!?どうして僕の腕が動かない?」

「なんだい、お前は神威持ちではなかったか。近くで発動したと思ったけど、まぁいいよ。お前みたいな不死身だけの奴を殺す術なんて未来ではとっくに開発されてるんだよ」



 突如降って出た災厄のような存在、

 目の前にいるミリアムには文字通り手も足も出ないと痛感している。


「もう飽きた。お前達二人はそろそろ死にな……!?」


 しかし、


「——え?……疾ッッ!!」


 柊心は己が目を疑った。何処からどう攻めようとまるで当たるイメージの浮かばなかったミリアムが隙だらけで全神経を集中させて後ろを向いていたのだ。


 好機と捉えるか罠と捉えるか、

 考える前に柊心は自身を鋼のバネと化し全身をしならせ渾身の一撃を叩き込んだ。


「……あ、嘘よ」

「……怪我がなくて良かったよ」


 愕然とする声と安堵する声は同時だった。



「まったく、天井からここまで7メートルもあるんだ。いくら身軽だからって足が折れたらどうするつもりだい」


 ミリアムは側頭部から僅かながらに血を流しながらも急に飛び降りてきたレイラを無事に受け止められた事に安堵していた。


 自分の足で立ち上がったレイラは顔を伏せたままだ。

 その真意を測れないミリアムは自分の愚かさを悔いるようにレイラに頭を下げた。


「あたいは馬鹿だ。レイラの意志を無視して私情で奴等を痛ぶりたかったんだ。本当にすまない。レイラの望む罰を受けるからさ——どうか」


 レイラが顔を上げた。

 ミリアムからすれば自分が見捨てられる恐怖からその表情を伺えず、他の者からしたらあれほど圧倒的強者のミリアムが従順に頭を下げさせる存在に畏怖を抱いていた。


 そんな中で柊心はプライドも覚悟も何もかも捨て去った。


「い、一撃、当てたから……あたしの……勝ちよ」


 もう他に可能性などない。元よりゼロだった可能性がほんの僅かに気まぐれ次第で変わる可能性が生まれたのだ。

 

「そうまでして生きたいのかい?あんたは本当にしょうもない奴に成り下がったよ。あたいも先程の言葉は破棄するからしょうもない奴になるんだけどね」


 ミリアムが当然の軽蔑を口に出したが言い出したのは自分の落ち度だ。結局のところはレイラがなんと言うかだ。



 そしてレイラが全員との目が合ったところでゆっくりと口を開く



「ミリアム」

「あ、……ああ!今から殺すからさ!これ以上レイラを待たせはしないよ!」


「お風呂」

「おふ——ろ?ああ!死骸を油で茹で上げるのかい!だったら傷付けずに殺さないといけないね!あたいに任せときなよ!」



「違いますわよ。天井は埃まみれで汚れたからお風呂屋さんに行きますわよ」

「でも元から汚れてただろう?あたいの見立てでは三日ほどは服も下着も変えてないはずだ。今更になって多少の埃程度で」


「だから! それが限界に達したからお洋服屋さんが閉まる前にお風呂屋さんに行きたいんですのよ! わたくし背中もお尻もかゆい痒いですのよ!」


「でもレイラは金銭を持ってないだろう?……強盗殺人をするとして流石のあたいもレイラの気まぐれな風呂が原因で終わりたくないよ」


「もぉーー!!殺す殺すってミリアムは物騒なんですのよ!それにお洋服屋さんもお風呂屋さんも無料ですわよ!」


 徐々にプンプン怒りだしたレイラにミリアムは僅かに首を傾げた。この世界の事はかなり調べたはずだ。

 重要な常識はもちろん頭に叩き込んでいる。


 ミリアムの常識が確かなら服の購入や入浴には金額が発生するはずだ。しかし確信はあっても確証はない。


 永別によって常識を切られてる可能性が高い。

 しかしその事を指摘してはレイラを傷つけてしまう。


 仕方なく自分たちの死が遠ざかる事を感じ始めていた柊心達に目を向けた。



「入浴はともかく、衣服は無料では……ないよね?」


 忖度なく全員がコクコクと頷いた。




 

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