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第十二話  毒が蝕む今宵に



 レイラとミリアムがカーター邸を見渡せる場所に立っている。

 数ある屋敷の中でもそこまで広くはないおかげで近くの屋根に登るだけで全貌が見渡せた。


「兵士らの読唇から察するにウィリアム、ライラ、ティオのカーター家。それにバルザック、あとは——」


 ミリアムは数多くいる屋敷の人間を遠目から観察した結果と前もって仕入れていた情報を隣にいるレイラに伝えていく。

 しかし途中でレイラの顔色がすぐれない事に自らの無遠慮さに気付いてしまった。


「悪かったよ。次からは言葉に気をつけるからさ」


「なにがですの?」

「いや、いいんだよ。続きだけど奴等は今五人で食事を——」


「——そう。運が悪かったですわね。でも人生なんてそんなものですわよね? どんな不幸が襲うかなんてわかりませんもの」


 軽々しくレイラの前で一家などと言ってしまったこと。

 本来ならばレイラがそこにいるべきなのに。


 『永別』の恐ろしさはこの世界の住人より遥かにミリアムが知っている。あれは武器や兵器には該当しない。


 それを振るわれてしまったのならもう取り戻せない。

 ミリアムの世界でもそうだった。

 使った本人、作った本人が嘆いても不可能だったんだ。

 


 しかしこの事実はレイラには必要ない。

 彼女が存在を抹消されたのなら新しく始めるしかない。不可能な希望は毒でしかない。少ない脳みそでそうミリアムは結論付けた。



「それで侵入方法はどうする?」

「任せますわ」


「タイミングは?」

「ティオ・カーターの一言で全員が笑った瞬間ですわね」



「了解したよ」


 言葉と同時にレイラを抱きかかえ数キロの距離を跳躍した。

 そして門の目の前に降り立つなり


「——チッ!」


 小さく舌打ちをしてレイラを優しく降ろした。

 レイラは不思議そうに直立不動の門兵に対して手を振るが一切の反応はない。




 そしてミリアムの手をギュッと握った。


「そんなに不満そうな顔をしないでおくれよ。奴等の後に殺してやるからさ」


「たぶんミリアムは勘違いしてるかも知れないから一つだけ確認ですわ」


 レイラの手に力が込められる。

 僅かながらに震えている。武者震いではない。これから犯す罪を想像したのではない。


 ミリアムにはそれがわからない。


「ミリアムがほんの少しでも無理と感じたらやめましょう」

「あんな羽虫にあたいが遅れをとるとは思えないけどね」


「ミリアム!」


 余裕をみせるミリアムに対してレイラは彼女の手を両手で強く握った。


「貴女を失いたくない。わたくしを覚えててくれる唯一の存在。ミリアムを失うぐらいならティオ・カーターなんてどうでもいいんですのよ」


 月明かりが灯る夜でもわかるほどミリアムの顔が紅潮した。

 レイラに手を掴まれてなければ頬を掻きたいが彼女の温もりを離したくなかった。


 そしてその信頼すらも。

 ミリアムに力が溢れてくる。


「それはまた——負けられないね。万が一が起こっても、あたいの命に変えてもレイラだけは絶対に逃すよ。だから安心していいよ」


 レイラの手が震えている。今度はミリアムにもわかる。

 これは恐怖からくる怯えだ。


「そんな時が来たらどうか——真っ先にわたくしを殺してほしいですわ。独りぼっちは寂しい……」


 小さな小さな声だった。

 弱く儚い願いだった。


 ミリアムの全身に力が湧き出てくる。

 

「今夜、あたいは誰にも負けない。だからレイラは二度とそんな顔をするな」

「うん。ありがとうですわ」


 

 その後も気配があればミリアムは舌打ちをして屋敷の人々の意識を奪っていく。


 そして気配を殺して屋根裏へと潜り込んだ。

 ミリアムが指した場所にレイラがそっと目を向ける。


 下ではカーター一家にバルザック、それに柊心が楽しげに食事をしていた。


「ぴょえーー。みなさん大げさですわよぉ」


「いやいや凄いよティオさん、魔学博士号なんて一つの分野を数十年研究を重ねても取れない代物なんだよ!?」


「それはパパーパとママーマ、それにみんなの協力があったからですわよぉ。私一人ではお絵描きレベルって鼻で笑われてましたわぁ〜」


「あたしも同じレディとして鼻が高いわね」

「ぴょえー、心ちんは何もしてませんわぁ〜」


「……肩とか叩いてあげたじゃない」

「冗談ですわよぉ〜。悩んでる時はいつも心ちんがいてくれたおかげでリラックス出来てましたのよぉ〜」


「あ、あぇ、褒められると照れるわね」

「皆さんが作ってくれた素晴らしい機会だから言わせてほしいですわぁ。いつも私を支えてくれてありがとう」


 そこにはレイラと瓜二つの存在が中心となっていた。

 彼女は優雅に食事をしながらも全員に、給仕にすら敬意を払っている。


 誰よりも笑顔なのはそんな娘を持てた両親だった。


「ティオはパパの自慢の娘だよ〜」

「そうね。ママもティオちゃんの母親であれて誇らしいわ」


「ぴょえぇえ、二人とも恥ずかしいですわぁ〜……でも、私を産んで、たくさんの愛情で育ててくれて、ティオ・カーターは二人の娘であれてとても幸せに思いますわぁ」


 

『ヒッ——ヒック——ぅううぅ……わたくしの、えっく、わたくしの場所なのに』


 その天井から聴こえるすすり泣きに誰よりも早く反応したのは柊心だった。


「ティオ!バルザッ君!おじ様とおば様を連れて逃げなさい!」



「これから殺すのに逃すわけがないだろう。楽には殺さない。お前たちには相応の後悔を与えて殺してやるよ」


 天井を砕きミリアムが殺気を放って降り立った。

 それを見た者は例外なく悟った。その時は今宵なのだと。


   自らが至るために訪れる必毒——死を悟る。






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