第十話 その椅子に座る者
レイラはカーター邸から距離を取ってた場所から周囲を観察していた。周囲には壁が存在しているし、門には常に私兵が二人待機している。
そして交代の頻度や門兵達の緊張感からある経験則を働かせる。
「パパとママは今日帰ってきますのね」
問題はどうやって会うか。
いつもなら正面門から堂々と入ってくるがここ最近はレイラが自見晴らしのいい場所で張り込んでいるのはバレている。
こんな子供程度だと思って通常通りの帰宅をする可能性が高い。
しかし馬鹿正直に来るなどと楽観視はしていない。
「お馬さんを止める。お馬さんを止める」
何度も深呼吸をして繰り返し自分に言い聞かせる。
馬を止めた後、両親がわざわざ降りてくるとは思えない。
それでもレイラの事を一瞥はするはずだ。
そのような事もしない親ならばレイラは両親を尊敬などしない。
「お馬さんを止めて、パパとママに会う……覚えてなかったらすぐに逃げる……裏道を通って貧民街まで走り抜ければそれ以上は追ってこないはずですわ」
頭の中で不出来なシュミレーションを繰り返す。
レイラ自身は気付いていない。
成功よりも失敗を念頭に置いている。常にリスクを考える。それ自体は褒められたものだがそうではない。
自分でも薄々気付いている。
両親はレイラに会ってもなんの反応をみせないと。
ただ、それに気付かないように必死に頭を誤魔化している。
そうこう考えている間に馬の足跡が聞こえてきた。
「——ッッ。やった!ママの馬車ですわ!」
レイラは急いで駆け寄り馬の前に立った。
『慌てるな飛び出すな。馬は急には止まらない』とは何処の国でも共通の格言だ。馬に轢かれて死ぬなど多少の都会であれば何処に住んでいても目の当たりにする光景だ。
しかし馬も意思なき動物ではない。レイラはしっかりと両目を見開いて馬を見つめる。大声も出さずただ立ち塞がる。
御者がレイラに気付き慌てて手綱を引く前に二頭の馬は大人しくなり頭を垂れていた。
「イージー、イージー。いい子達ですわね」
レイラは馬の首筋を優しく撫でる。
もしかしたらこの馬達は自分の事を僅かながらに覚えているのではとも思ったが確認のしようがない。
「おい!そこをどけ!」
御者からは激しい言葉が浴びせられるがレイラは意に返さない。
中に母親が乗っていることは確信している。
ならば子供である自分に対して鞭などは飛んでこない。
だからと言って不遜な態度は取ってはいけない。
「どけって言ってるだろ!」
「……可愛い馬だから触りたくなっただけですわよ。もう少し撫でてもいいですわよね?」
「この奥方様の名馬を可愛い呼ばわりだと?早く消えろ!」
「はーい……ちょっと足の表が痒いですわー。カキカキ」
「舐めてんのかこのクソガキ!」
なんとか少しでも時間を稼いでいると思ったよりも早く反応があった。
「何を騒いでいるの?」
母親、ライラの声が馬車の中から聴こえてきた。
父親は降りないと思うがライラは違う。いい年して好奇心旺盛であり何かあったら自分の目で確かめようとするとレイラは睨んでいた。
これが世紀末な格好をしたレイラだったらライラも警戒するだろう。近くにいる門兵もかなり前もって取り押さえているだろう。
しかしレイラは見た目だけならただの子供だ。
だから事を起こさないまでは大抵許されると踏んでいた。
その予想は当たりライラが馬車から降りてきた。
「あら?あなたは」
「……マ」
レイラは母親を呼ぶことは出来なかった。確実に目が合っている。しかしライラからは期待していた反応はない。
それでも『ママ』などと呼ぼうものなら貴族の娘を騙った罪に着させられる。だから呼ばない——違う。
レイラは否定されるのが恐ろしかっただけだ。
ライラの口からキッパリと『レイラは私の娘ではない』と告げられるのが怖くてたまらなかっただけだ。
少しの時間固まる二人だったがライラがハッと目を見開いた。
「こんなところで会うのは偶然と思っていいの?」
レイラがそっと母親の顔を見るとその目はレイラに向いていなかった。レイラも同じ視線の先に目を向ける。
「全然偶然じゃないよぉ」
そこには大きなリュックを背負いながらもひょこひょこ歩く若い女性の姿があった。
スカートの裾から見える足は一本だけで代わりと言わんばかりに片手に松葉杖を使いながら近づいてくる。
「リド……ヴィア」
レイラの知っているリドヴィアは両の足があったはずなのに。
「はぁぁ、やっと見つけたぁ」
リドヴィアは心底嬉しそうにレイラの肩をがっしりと掴んだままライラに頭を下げた。
「カーター夫人、ご迷惑でなければレイラちゃんをこちらに渡してもらえませんか。不躾なお願い故に当然相応のお礼はさせていただきます」
普段のリドヴィアの甘ったるい口調とはまるで違い礼儀正しく見えた。
「レイラって……目の前にいる子のこと?だったらお礼はいらないわ。私はこの子に会った事ないもの」
不意に聞きたくない現実を突きつけられレイラは顔を伏せた。
リドヴィアは『では』と言いもう一度軽く頭を下げてレイラの手を取った。
「あ、待って!」
ライラが呼び止め俯くレイラの頭を優しく撫でた。
しかしレイラの顔は伏せたままだ。
「私は貴女を傷付けてしまったのね。ごめんなさい」
「別に……気にしてませんわ。どうしてそんなこと言いますの?」
ライラはレイラの精一杯の嘘を間に受ける事もなく髪の毛を優しく梳かし始めた。
「私には貴女ぐらいの歳の子がいるのよ。娘に同じ顔をされたら私はきっと後悔してしまう。だから失礼な言葉を言ってしまって本当にごめんなさい」
聞きたくなかった。
聞きたくなかった。
何が起きているのか理解したくなかった。
娘と認識されない事は覚悟していた。
相応の痛みはあるがまだ立ち上がれる。
しかし
「マ——ま。娘の名前を教えてほしいですわ」
「ティオって言うのよ。親バカなんだけど貴女に似てとっても可愛いわ」
「てぃ……。ライラ様とその御息女に不幸が訪れない事を心より願ってますわ」
心にもない言葉を言い放ったレイラの隣でリドヴィアの大きなため息が聞こえてきた。




