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第よん話  歴史の異動


 あれはどれぐらい前だったのだろう。

 是は滅多に家から出ないし基本寝ているから昨日なのか100年前かもよくわからない。


 でも覚えてるのは夢ではない。



「タナトス タナトス」


 いつものように是が寝ていたらロクシィに起こされた。ロクシィの日課みたいなものだしいつもみたいに狸寝入りを決め込もうとしていたら表情が違った。


 どこか焦っていた。


「……どうしたの?」


「  シングルを  浴びた  」

「 ——え」


 言葉が詰まった。シグ様が使う魔法、対象の不幸を確定させる魔法をロクシィは浴びたと断言した。


 ニーチェが言うには『不幸にするわけではなく発動者だけを幸せにする』らしいけど『巡り曲がり歪みきって結局不幸になる』って言ってた。


 でもおかしい。

 

「シグ様は死んでるんでしょ?」


 シグ様は随分昔に死んでいる。ブイがシグ様は地獄にいるから墓には絶対行くなって言ってたぐらいだ。


「アタシは お婆様だって知らなかった あの女が 血縁だって 知らなかった 誰も教えてくれなかった だから……タナトス……アタシはどうすればいい?」


「とにかく落ち着いて。本当にシングルを浴びたとしても強弱があるから苦痛だったら是が引き受けるから」


「元はと言えばタナトスとジュデッカがアタシを誘ったから!お前達がアタシを誘わなかったらアタシはあの女と会わなくてすんだのに!あの女には関わらなかったのに……うぅぅうううぅぅ!!」


 ロクシィが頭を抑えて丸まってしまった。

 このまま放っておいても永遠呻き声を上げるだけだからなんとかしないと。仕方ないので頭でも撫でながら泣き止む方法を考えよう。


 シグ様じゃない……とすると、他に候補は一人しかいない。


「シングルを放ったのはインユリアなの?」


 ロクシィは首をブンブンと振った。インユリアは魔法が使えないから違うと思ったけど他にはいそうもない。


「メイデなんとかが使った」


「 え、誰?」


「もう落ち着いたから 触らないで それとメイデなんとかには関わらないで  タナトスは馬鹿だから すぐにメイデなんとかの 気に触ると思う」


「わかったけど、ロクシィはどうするの?」


「クソ雑魚に払ってもらう」


 ロクシィは手のひらから魔法陣を展開して光の粒となって消え去った。普段なら光は地面に消えていくのに、


「……上に行くんだ。珍しい」 




ーーー

ーーーー

ーーーーーーーー



 ロクシィが警戒しろと言っていたメイデンが目の前にいる。

 メイデンが恐ろしいのはアイシャの保護者だけだからではない。


 十発以上シングルを浴びた事のあるロクシィが断言してたんだ。



 メイデンはシングルの魔法を使える。

そのメイデンが是を蹴っ飛ばして憎しみを噴出させていた。


「私はずっとずっと準備してきたんですよ。メイドの身でも義姉妹の関係でもダメでした。だから今回は万全を期していたのに……それがようやく実を結ぼうという時に、まさか貴様のような泥棒猫が現れるとは」


 準備?それと何の事を言ってるのかわからない。

 まず是はメイデンの何かを盗ってしまった可能性がある。それを謝ろう。


「ご、ごめんなさい」

「はぁ?」


 ガンっとは鼻に蹴りを入れられた。

 久しぶりに痛いけどメイデンがかなり手加減してるのがわかる。


「私が頂戴するはずだったお嬢様の桃色好意を盗んでおきながら白々しく謝るだと? 私程度にはお嬢様の使用済み下着だけで十分だと言いたいのですね?」


 ああ。全然わからない。皆んなから是は馬鹿だって言われてるけど自分ではそうは思ってなかった。


 でも違った。是は馬鹿だ。

 メイデンが何言ってるのか全然わからない。


 分からないから分からない人を参考にしよう。

 ロクシィが同じ事を言ったと思って……



「……是は何をすればいいの?」

「ほう。少しは頭が回りますね。やはり物を直すときは叩くに限ります」


 メイデンは是を立たせてくれて黄ばんだハンカチを差し出した。

 いつの間にか鼻血が出ていたみたいだ。


「その聖布で鼻血を拭き取るな。そのハンカチは肌身離さず持っていなさい。話しはレイラお嬢様の件です」


 別に血は拭かなくていいけどハンカチ何に使うの?

 それとレイラってさっきプリプリ怒ってた女の子か。


「……あんまり気乗りしないけど殺せばいいの?」



「お前今なんて言った?人の形を模しているならせめて人語を喋れよ肥溜め」




 あ。  不味い。   殺される。



 さっきまでは冗談混じりだったメイデンが今だけは本気の殺気を放っていた。


 そして是は本当に、呆気なくなんの抵抗も許されず死ぬんだと理解出来た。


 言葉一つ間違っただけで——シグ様みたいに。

 この人はシグ様との血の繋がりはない。

 でも間違いなく深い、是では到底及びもしない程の深い縁のある人間だ。


 メイデンは黄ばんだ布切れで口元を押さえて何度も息を吸い込んだ。


「すぅーーー。イライラした時はコイツを決めるに限りますね。私のドス黒い感情が浄化されていくのを感じます。しかしレイラお嬢様の馬鹿は可愛いですけど貴様の馬鹿は殺意しか沸きませんよ」


 メイデンは凄く怒ってるけど殺さなくていいのは良かった。

 次はあまり刺激しない言葉を選ばないと。


 相手をロクシィと思って、でも相手はシグ様ぐらい気遣って。


「是はメイデンの言う事なんでも聞くよ。だから怒らないで」


「その言葉を忘れるなよニワトリ」


 メイデンは不適な笑みを浮かべて是の両肩を掴んだ。

 是は……何をされるのだろう。



「タナトス、お前は今すぐレイラお嬢様に嫌われなさい」



     え?  


「む、無理だよ。是は人間に嫌われる魔法も好かれる魔法も持ってない。是は魔法を使わないと何も出来ないから」


「ご安心なさい。私が長年にかけて記録してシノブさんが添削してくれた『レイラお嬢様タブーマニュアル』に私が嫌われる原因となった全てが記してあります。だからこの行動をすれば——」


「すれば?」


「私はニッコリ!タナトスも無関係になれてニッコリ。誰も損しませんよ」


「そうなんだ!良かった!それで是は何をすればいいの?」




「丁度鼻血も出てますからお嬢様のご入浴を覗いて来なさい」


「それだけでいいの?」

「流石にレイラお嬢様の肢体を見ることは許しません。目隠しをして望みを叶えなさい!」





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