第32話 メネントライフ4
南の国に近しい小さな村、
村人は集められ一列に並ばされ首に紐で繋がれていた。
相手は人間とはかけ離れた獣人と
人間に酷似した東邦族だった。
「殺さないで……殺さないで」
「助けて。助けて」
訳も分からず捕縛された村人達は意味のない救いを宣った。
「殺しはしないが抵抗すれば両足を引き裂くよう命令を出されている。そこの奴等のようになりたいなら歩け」
獣人が顎をしゃくった先には足を切断された若者が今まさに東邦族の手によって持ち上げられゴミのように荷台に投げ捨てられていた。
「村人はこれで全員です」
東邦族の一人が獣人に向かい敬礼をした。
しかし獣人は鼻を鳴らし山奥に目を向けて
「いいや、あの山に逃げ込んでやがる、匂いはガキ、数は五匹だ。探し出して連れて来い!」
「……」
「何だぁその目は?東邦族の神は死んだんだろう?そしてやったのはメネント様だ。つまりメネント様の命令は絶対であり俺たち獣人の命令は絶対だろうが!」
「……ただちに向かいます」
…
……
他所の村々からも人間が集められ目を隠された。
表情こそわからなくても皆が自身に降りかかるであろう恐怖にガタガタと震えていた。
その光景を遠巻きからメネント、そして蜘蛛族のアズタロサ、麒麟族のイェンロンが見下ろしていた。
「クァクァクァ!貴方達の理解が早くて助かりましたよ。東邦族は虫ケラと思っていましたが頭目は中々どうして見所があります」
「今代の龍神様がいなくなった今だからこそ出来る芸当よ。次代が『人間との共存』謳われては敵わんからの」
「メネントの言うところの利害の一致なりけり。人間達は一度数を減らす必要がありけり」
それぞれの思惑はありつつも笑い合う中、シェリーが周囲を見渡しながらメネントに近づいて来た。
すぐさまアズタロサとイェンロンは頭を下げシェリーに向かって跪いた。
東邦族を仕切る二人が一介の獣人に跪くなどあってはならないが事実としてそれは起こり得ている。
シェリーも初めこそ戸惑っていたが段々と慣れていき今では出来るだけ視界に入れないように努めるだけ。
「おやおやシェリーさんではありませんか?このような血生臭い場所にわざわざ来るとは如何なされましたか?」
「……この集めてきた人達はどうするんですか?」
「無論、魂を吐き出させ世界に還元します。残りカスには何かを詰め込んでおきますのでご安心を」
「ツッ——私はこんな事を望んでません!もうやめて下さい!」
シェリーの沈痛な一声にメネントは驚きながらもすぐさま畏まった。
「満足いただけないと?ではシェリーさんの平和とは何なのか?」
「私は……私は争い事なんてなくて毎日ボーッと過ごせたらそれでいいんです!」
「それは間違いなく邪悪です」
「何処が邪悪なんですか!?こんな事続けてたら人間の怒りを買って戦争になりますよ!」
「……ふむ、シェリーさんに私がいた国の話しをしましょう。私の国では争いはありませんでした。肉体への負担は最低限に留め、働く必要もなく生きていく上でのストレス——精神への傷害は全て排除した世界を作り上げました。それはシェリーさんの言う平和に似ていませんか?」
「うぅ……よくわかりません……でも似ているならなんで平和なのに邪悪なんですか?」
「順番を変えましょうか。シェリーさんは善悪とは、正義とは何かわかりますか?」
正義などシェリーには無縁のものだ。
善悪など生き死に関係ない他者が論ずるべきでありその日を懸命に生きている人には考える余地もない。
それでも、それでも良いように酷使されてきた獣人として答えを出すのなら、
「正しい人……違う。勝った人が正義ですか?」
昔に獣人達が暮らす国は東邦族によって侵略された。
多くが死に多くを殺した不毛とさえ思える争い。
結局の勝者は東邦族であり南の王国と名を変えながらも極一部を除いて獣人は東邦族の奴隷一歩手前まで落とされていた。
しかしそれを断ずる人間などいなかった。
人間にとっては野蛮な獣人が多少大人しくなり、交流、交易が持てるようになった。
シェリーにとっては祖父母の祖父母、さらにその先の出来事なのであまり実感などない。
それでもその時の争いは全て獣人達の仕業にされている。
「クァクァクァ!良いですかシェリーさん、たしかに勝った人こそが正義を騙れます。しかし正義とは時代が決まるのです。私が治めた世界は間違いなく平和でした。平和にした私達は間違いなく正義でした。しかし……」
メネントは言葉を区切った。思い出しながら涙を流し想いを馳せながら拳を握りしめていた。
「時代は、人々は平和など望まなかった。『世界平和』などを宣いつつも心の奥底では争いを求めていた。火蓋が開けば対岸の火事を皆が望んだ。つまるところ私のした行いは邪悪そのものであり奇跡の末に至るための礎に過ぎなかったのです」
メネントは下で人間の首を跳ねている獣人達に蔑むような目を向けて言い放った。
「シェリーさんの望み通り獣人の国は取り戻しましたよ? 暴食の罪業は東邦族などと言った虫ケラにしか使用していません。そこで止まれば平和を享受出来たのに何故止まらなかったのですか?」
シェリーも薄々わかっていた。そこまで勘が鈍いわけではない。
東邦族はメネントによって操られている。
無自覚なほど、操られている感覚などない。
しかし獣人達は別だ。
自らの手で暴力を働いている。嬉々として人間を殺している。
信仰するべき神がいない。見放された種族という劣等感が育んだら逆恨みは根深い。
「シェリーさんは幼馴染が隣にいるだけで満足するべきだったのですよ。それが不執拗に望み過ぎだ。他の者も同様です。今現在の幸福では決して満足しない。飽くなき罪業、暴食に蝕まれています。こんな事では奇跡の末子様は降臨されてはくれませんよ」
「会議中に失礼します。ダロス王国から使者が来ましたが如何致しましょう?」
「クァクァクァ!私に聞いても選択肢などありませんよ。これから決めるのは全てシェリーさんです。さぁ、どうするのです?不足ならば力は存分に与えます。助言も知恵も貸します。現状に不満ならば獣人に与えた似非な魔法は剥奪します。私も金輪際関わりません。改めて貴方は東邦族と人間共に恨まれたまま平和を目指しなさい。どちらを選ぼうと構いませんよ」
シェリーは震える手つきで願書を読んだ。
あまり学はないが簡単な文字程度ならば読める。
話し合い、和解、食糧、
「私……私は……平和に……平和に……ひぐぅ。」
「やはり私の目に狂いはなかった。シェリーさんは弱者であり続けなさい。時代はいつも弱者を善人と決めつけます。祈りとは弱者にとって唯一の救済。どうか祈り続けてください。どうか願い続けてください。シェリーさんの祈りを起点として必ずそれは起こる。そして……いずれ……全ての祈りの末に、願いの果てに、奇跡の末子様の誕生を見届け——
この世界全ての生命と共に滅びましょう 」
第九章 完




