第3話 あなたがいない世界
母様がアタシの顔をペタペタ触っている。
これが母様の指。なんてスベスベで暖かくて慈愛に満ちているのだろう。
「タナトスの馬鹿 精霊が視えなくなってたけど アタシが原因か」
タナトス……母様の口から名前だけはよく聞いてたけど、実際はどんな奴かわからない。
だってあいつ塔から全然出ないし。
なにより興味なかったし。
「母様……タナトスはどんな父親なんですか?」
アタシの血と肉を与えた男……
アタシをずっと無視して
「あいつは 馬鹿だ」
母様が語るタナトス像はこれ以上ないくらいシンプルな答えだった。
「せっかくだから会いに行ってやれっすよ」
「イズヴィ姉様も 一緒ですよね? マキナと2人きりなんて 嫌です」
「……まあ、うん。それじゃあロクシリーヌは転移魔法陣でも敷いとくっすよ」
「はい!」
母様が地面に魔法陣を描き始める。
どうやったらこんなにも複雑な形状を覚えていられるのだろうか?
流石アタシの母様だ。
アタシが母様に見惚れているとイズヴィが話しかけてきた。
「マキナ……お前肉体貰って何日目っすか?」
「黙ってて。母様の高貴な姿を目に焼き付けてる途中だから」
「ちゃんとアサシンバグに報告してるんすか?」
あぁうるさい女だ。
報告する事がイズヴィになんの関係があると言うのか。
「これはアサシンバグから貰った身体だから。そして今のアタシは報告する方法を持ってない。したくても出来ないの!これはアタシのせいじゃなくてアサシンバグのせい」
「あっしが代わりにしといてやるっすよ。あいつを蔑ろにしてたらいざという時に助けてくれないっすよ」
「ぷっ——アハハハ!アサシンバグが『助けてくれる?』あの男は助ける力もなければ、そんな情も持ってない。イズヴィだって知ってるでしょ?あいつが今までどれだけ殺されてきたのか……直近だともう存在してないけどロスト・ヴィントだよね?弱っちいロストに直接殺されるぐらい弱い奴の助けなんて——要らな——い」
あ……不味い……
アサシンバグの悪口なら全然大丈夫だけど
そんな気は全然なかったけどロストの悪口を言っちゃったかも。
「あの、イズヴィ……今のは、その……」
「もう帰る」
よかった。イズヴィ怒ってなかった。
でも怖いから今度会ったら謝っておこう。
…
……
「あれ? イズヴィ姉様は?」
「あ、その……帰りました」
魔法陣を描き終えた母様はイズヴィが居ないと気付くと明らかにガッカリしていた。
「この陣 ちゃんと使ってから 消さないと 姉様が怒る」
母様は少し気恥ずかしそうにしながらアタシを見つめた。
「……。 姉様に怒られたら嫌だし タナトスの馬鹿に会う? タナトスは馬鹿だから 父親になってる って事を知らない」
「はい!」
イズヴィは気を利かせてその場を離れたんだ。
って事はやっぱり怒ってなかった。
母様が魔法陣に入り、
アタシが続いて、
本来ならばイズヴィが入る為に残っていなければいけない魔法陣は別の人物が役割を果たし消滅した。
…
……
「ここにアタシの父親が……」
「タナトスは 馬鹿だから いつも寝ている アタシ下で待ってるから 会ってきて いいよ」
「母様も一緒に……」
「アタシは いつも会ってる」
母様はついて来てくれないみたいだった。
なにをどのように話せばいいのか……
でもアタシの父親なんだから自然に……自然に。
「ダロス王都から北東、直線距離にして1351km。随分離れたけど周囲に人の気配がないのはまずまずだ」
それはついて来ていた。
赤い瞳に黒い長髪をピンク色の可愛らしいリボンで結んだ得体の知れない男だった。
「最悪の出来事が多々ある。
まず一つめ。少しだけ期待してたがやはり時代の転移もすっげー気分悪くなるって事だ。
そして二つめ。もう転移は懲り懲りな俺はまた歩いてダロス王都まで行かなきゃならない。
最後に三つめ。そこの小さい女……お前だけはダメだ。我慢の限界ここに極まれりってやつだ」
無視していた母様が振り返って呆然としていた。
知り合いなのだろうか?
でもアタシは母様の半生を知ってるから母様が知っててアタシが知らないなんて事は……
「 アジ・ダハーカ?どうしてこんな所にいるの?」
「その名はこの身体の奴の名前だな。俺は優しいから卑しい女にも親切に教えてやる。俺は【純潔なる苦悶】を昇華せしファティマだ。すぐに忘れて死ねよ。クソビッチが」
純潔なる苦悶……ファティマ?あいつがファティマ?
違う。アタシが知っているファティマとは姿が違う。
でも……本物だったのなら……
「母様逃げてください!あいつはダメです!」
「あー?そっちの処女っ子は俺のこと知ってるのか?いいぜ。全部説明して逃げ回ってみろよ。俺はその悉くを粉砕してやるから」
「逃げましょう母様!あいつは……ファティマは未来で大勢を、ニーチェも……イズヴィも殺してるんです!あいつには誰も勝てなかった」
母様もファティマという名前に覚えがあるのか親の仇かのような目つきで睨みつけた。
「ファティマ お前が。 お前が ファティマか!?」
「五月蝿い。耳が腐るから喋んな」
耳がじゅくじゅくと溶け出したファティマが天を指した。
母様の眉間に赤い点が灯る。
「対象捕捉。誤差修正無し。チリも残さずロックオンだ」
「待って!」
慌てて止める。
言葉なんかで止まるわけないけど、アタシは止めるすべを持っている。
「なに?邪魔しないでくれない?」
止まった。大丈夫。きっとアタシは殺されるけど……救えるから
「あ、貴方の欲しい情報をアタシは知ってる。それを教えるから母様を殺さないで」
「そーいや処女っ子は俺のこと知ってたな。情報が気に入ればそこの腐れビッチは殺さないでいてやるが、簡単じゃないぜ?なにせ俺の苦悶を——」
「【審判】に関する情報!お前たちの誰よりもアタシはそれを知っている!」
「!?カムイ……OK。これで俺はザップショットは打たない。喋ってみろよ」
よかった。
アタシはきっと死ぬだろうけどロクシリーヌ母様が無事ならそれで構わない。
アタシはきっと母様に嫌われちゃうだろうけどアタシは母様を守れるのなら……世界がどうなっても構わない。




