第1話 転生しても忍の心は失われない
ワシ 柊忍(88)は死んだ。
米寿の祝いに食べた餅が原因で……
餅を喉に詰まらせ慌てて分身の術を使用したのが不味かった。
祝いムードは一変。7人に分身した全てが餅を詰まらせ藻掻く。呆気なく死に果て息子や孫に看取られながら穏やかな顔とは程遠くこの世を去った。
……………………
「ここは…………ワシは……生きておるのか?」
『目覚めましたか?ヒイラギ.シノブさん。』
目の前には長い髪を揺らした
縫い目のない衣を纏う妖艶な女性。
『貴方はこの世界で7回、生を全うしました…………正直全うしたかと言うと微妙ですけど、規律に従い別世界に転生させます。つきましてはボーナスとして』
「……貴様、妖し……妖怪の類いじゃな?」
『ボーナスはあちらの世界で役立つ…………は?』
妖艶な女性はワシの一言に呆然とした表情をした。すぐさま顔を赤らめ怒声と共に
『私は女神よ!なんなの?開口一番、妖怪ですって!?冗談じゃないわよ!』
「今のご時世に女神じゃと?寝言は寝て言え。」
『だったら妖しも寝言じゃないのよ!…………あったまきた!アンタには何もあげないわよ!私が始末書を書けばいいんでしょ!精々ボンクラな人生を送って後悔しなさい!』
「ふん。妖怪の術にかかる程、落ちぶれてはおらん」
自称女神に対して踵を返す。
見渡す限り白銀の世界。雪が空まで覆っているかのような……やはり、幻術か。小賢しいわ!
「 喝 !」
『あっ! ちょっと! そんな事やったら――』
丹田から練り上げた力を込めたワシの一声に、景色が歪み、それにつれてワシの意識も途切れていく。 薄れゆく景色の中で、残された妖が驚いていた。
………………
………………………………
「……シノブ、何をやってるの?」
「母上様、おはようございます! 今日も清々しい日の光に感謝しつつ、一日を過ごしましょう!」
「そうね。でもシノブ、まずは母さんの質問に答えて」
「失礼しました。鍛錬をしております! いずれ来る戦に備え、心技体を鍛え抜いておるのです!」
「…………そう」
母は諦めたように呟くと、小屋と呼ぶような有り様の我が家へと戻って行った。
ワシは二度目の人生を送っている。 あの妖の言が確かなら八度目らしいが、ワシにとっては、二度目だ。 しかし、二度目を生きることとなったこの世は、おかしな世界だった。どうやら忍術の変わりに、魔法と言う代物が世界を支配しているようだ。
そもそも、忍術などは単語すらも存在せずに、火遁と同様の術を火の魔法として扱われている。 つまり――
「忍術が……衰退している世界!
忍が忘失された世界!」
有り得ない! 忠に厚い忍がいない世の中など、滅亡必死。 故に合点がいった。ワシの使命。つまり何故に前世の記憶を持ち越し、この不埒な世界に新たな若い肉体を持つ事が出来たのかが……。
「ワシがこの世界で……忍びの素晴らしさを教授してくれるわ!」
麻縄の上での指たて伏せを終える。 下には自作の尖った杭の山。心を鍛える一環だが、最早この程度では満足できない。
修行場を後にし、我が家の中へと向かう。 ワシと育ての親、母上様の根城。世間では小屋と呼ぶだろうこの小さな荒屋は、下界とは隔離された山奥に在る。ここは忍術修行にはもってこいだった。 しかし、それも終わりだ。
母上様の前で膝を折り、手を着いて頭を垂れる。
「母上様。拙者、世直しの為に、魔法塾へと入門したいのです。つきましては、許可を頂きたく!」
「魔法塾? 魔法学校の事? あそこはお金か才能がないと、入るのも難しいらしいじゃない? うちにはお金もないし、シノブも魔法の才能は……。 ごめんね。しっかり産んであげられなくて……」
母は申し訳なさそうに頭を下げた。 わかっている。誰でも使える簡単な魔法すら、ワシは使えない。使えるのは、魔法とは呼べない紛い物……否!
「母上様は、この身をここまで育ててくださいました! ここからは拙者の身一つで世界を変えてみせます! ですからどうか、お顔を」
「シノブ……そうね、もう十六だもんね」
「はい! 元服にございます!」
「貴方が何を言ってるのか母さんにはわからないけど、人に迷惑をかけてはダメよ。身体に気を付けるのよ。なんでも口にしてはダメよ。他所様に迷惑かけてはダメよ。人質とか――」
母の心配性はいつもの事だ。生まれてこの方、ワシは誰にも迷惑などかけたことはない。それなのに母は、ワシのことを案じて何度でも注意せよと促してくれる。このような立派な母がもてて、ワシは幸せだ。
荷支度を整え山小屋を後にする。
金などない。必要もない。必要なのはヒイラギシノブと言う名の魂、それと
「前世にて最強を誇った忍術のみ!」
シノブは弾丸の如き速度で山を下りていく。目視できる生物は存在しない。 ついでに、目に付く自生しているキノコを拝借したりもつつ、道を突き進んで行った。
………………
……………………………………
「ここが魔法塾のあるアルフィーの町。下調べの時と変わりないな。いやはや結構結構!」
町並みを見渡し、まずは逃走経路の確保。……潰されてはいないな。 他には、住民の顔を全て覚える。有事の際に必要となるからだ。 街行く人々から、怪訝な顔を向けられる……逸まったか!?
もう少し慎重に動かねば……。どうやらここの町人達は、かなりの手練だ! ワシの気配を感じ取るとは侮れぬ。
時間も刻限。魔法塾の入門許可をもらわねば。準備は終えておるわ!
「アルフィー魔法学校の新入生募集してまーす!受付は今日までですよー!一般枠は金貨1枚!特別枠は金貨30枚でーす!」
西洋の城塞を彷彿とさせる建物。ここにも和城は存在していない。 笑顔を振りまく女性の前に立つ。
「シノブ.ヒイラギ!入門しに来た!」
「はーい!ここにお名前と…………どちらのコースですか?一般枠は余程の才能がないと難しいですよ。特別枠はお金さえ払えば誰でも…………とはいきませんが、今のところ合格率100%です!」
賄賂の類いか……やはり腐っておるわ!
いずれこの体制を崩してくれよう!
「一般枠を希望する。」
「……では金貨1枚いただきますね。」
「金はない。」
受付女の動きがピタリと止まった。冷やかしとでも思われたのか顔付きを変え邪険に扱う。
「はーい次の方どうぞー!シッシッ邪魔だからどいたどいた!」
「ジル.ローレス。シルエ.ローレスの一人娘。女手1つで貴様を育てあげ、貴様もその期待に応えて魔法塾に入門したまではいいが母は体調を崩してはや2年。回復する兆しなし。」
ツラツラと女の素性を述べる。受付の表情が徐々に強張っていく。初対面の人間に自分の弱点が知られているのだ。警戒しない訳がない。
「拙者も子供の使いではない。このままおめおめと帰れば母上様に顔向けができん。…………どうしたものか。金を得る為に弱者の家へと盗みいるしかないか。抵抗しなければよいのだが……」
「貴方!!家には金なんてないわよ!」
受付女が敵意を顕にしている。肝は座っているな。ならば大丈夫だ。
「なに、お前が金貨1枚負担してくれればよい。変わりに代々伝わる秘伝のGANNYAKUをくれてやる。これを白湯と共に母者に飲ませてやれ。」
受付女に差し出した黒ずんだダンゴ。食べ物とは思えないドロダンゴ。受付女は忌々しくダンゴを受け取り
「クッ……シノブ.ヒイラギ、一般枠…………金貨1枚確かに、一般枠入試があるので左手の門を潜りください。」
心底嫌そうな顔で事務仕事を全うしていく。
ワシの姿が消える寸前。
「この外道が!だいたい貴方クサいのよ!風呂ぐらい入ってから来なさい!この…………田舎者!」
受付女の激励を背で受け止めた。
匂いか……なるほど通りで町人達が訝しむ訳だ。