第9話 座学は座って学ぶとは限らない
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「止めろ! 止めてくれ!」
俺は無数の大モグラに囲まれ体当たりを受けている。斬っても斬っても次から次へと沸いて出てくるようでキリがない。モグラの肉を、骨を刃が斬り進む感触がはっきりと手に伝わってくるのがとても気持ち悪い。ひっきりなしに襲ってくる大モグラ全てをかわすこともできずになぶられ、地に倒れる。ふと見上げるとアレクとリザの後ろ姿が見えたので助けを求めて声をあげるが、彼らが振り返ると…
「顔がモグラだったっていう夢を見たんですよね」
大モグラ退治の翌朝、俺達三人は鳥の羽休め亭の酒場で朝食を食べていた。俺は悪夢にうなされて朝起きたら汗だくだった。昨日は興奮していて気がつかなかったけれど、あれだけ大型の生き物を斬り殺したのは初めてだったし…そういう恐怖やら生理的嫌悪やらがかなり溜まってたのかもしれない。というわけで、溜め込まないように夢を二人に話してみたところアレクは爆笑していたがリザちゃんはご不満な様子。
「アルがそんな夢見るなんてな! 普段は年の割にしっかりしてると思ってたのによ、あははっ!」
「アルさん、私の顔がモグラって…酷いです!」
まあでも何か話したらすっきりしたし良かった。これからは、魔獣を殺すことにも慣れていかないといけないのかね…。というか、場合によっては人もか…。
「そういえばこの辺で盗賊の被害とかって聞きませんね」
「ん? ああ、この国は安全だぞ!」
「フィアット王国は騎士団がしっかりしていて盗賊の取り締まりが厳しいから、あまり野盗が多くないみたいですよアルさん」
それならとりあえず安心なのかなぁ。
まあもし盗賊何かに襲われたらまず勝てないけど…それでも万が一上手く戦えたときには相手を殺す覚悟もしておかないと、自分が殺されちゃうんだよね…。何度目かの転生では盗賊に殺されたっけ。思い出したくもないな。
「アル、今日もギルドにいくのか?」
アレクの言葉で思考の海から意識が浮き上がる。
また考え込んじゃってたなぁ。最近、どうしてだか思考が暗くなりがちで困る。
「そうですね。今日はギルドで初心者講習について聞いてみようかと」
「そっかー。俺達はリザの弓の調整とか矢の補充に行こうと思ってるから、アルが代わりに聞いてきてくれ!」
「え、僕一人でですか!?」
「アルさんならきちんと聞いてきてくれるかなって思ったんですけど…」
「はい、もちろんです! 行ってきます!」
リザちゃんにそんなこと言われたら断れないよね。天性の妹キャラだなぁ。
そんなこんなで今日も楽しい朝食だった。
というわけで今日もやってきました冒険者ギルド。あまり朝早いとまた絡まれそうなので、今回は少し部屋で時間を潰してきた。毎日あんなモヒカン達と関わってたらいつか染まってしまいそうで怖いし。
「こんにちはー」
「あら、こんにちは。今日は一人なのかしら?」
ギルドへ入ればいつものお姉さんが迎えてくれる。うん、まだ多少冒険者はいるけどほとんどは出払ってるみたいだ。
「今日は僕一人で初心者講習について話を聞きに来ました」
「そう、一人で偉いわ! そういうことなら、早速行きましょう!」
「え、ちょっ!?」
そう言うやいなやお姉さんは俺の手を取って掲示板の脇にある通路へと引っ張っていく。意外と力が強くて抵抗もできないまま連れていかれた先には地面が平らに均された広いスペースがあった。
「ここはギルドの訓練場よ。初心者講習はあそこにいる専属の教官さんがやってくれるの」
そう言ってお姉さんが指差す先にはタンクトップを来た筋肉の塊のようなおっさんがいた。盛り上がる筋肉に引き伸ばされたタンクトップはパツンパツンになってその身体に張り付いている。
またヤバイのが出てきたよ。どうしてこう、変なのばかり現れるんだろうか。
「この方がギルドローリア支部の教官であり、初心者講習の講師でもあるランディさんよ」
受付のお姉さんがランディと呼ばれた筋肉を手で示す。
そして紹介されたランディは少し両腕を左右に開いて筋肉を誇張させながら一歩前へと進んでくる。
「君が筋肉を鍛えたいという新人君だな、よろしく。俺のことはランディ教官、または教官と呼んでくれ」
「い、いや筋肉を鍛えたいわけじゃないんですが…」
俺の反論もむなしく、ランディは強引に俺の手を取って握手してくる。
というかオイルか何かを塗っているんじゃないかと思うほど体がテカっており、ランディが動く度に筋肉に光が反射して鬱陶しい。そんなランディを受付のお姉さんが窘める。
「ランディさん、初心者講習ですから筋肉だけでなく冒険者に必要なことを教えてあげてくださいね」
「はっはっは、わかっているとも。さすがに筋肉だけでやっていけるほど冒険者は甘くないからな。俺も筋肉トレーニングをしすぎて脚を傷めて冒険者を引退した身だ、その辺は良くわかっているよ」
このおっさんマジで何やってるんだよ。本当に大丈夫なんだろうな。不自然なほど日に焼けて黒光りする顔は凄くいい笑顔を浮かべてるけど、嫌な予感がしてならないんだが。
「ランディさんはこれでも元Bランク冒険者だからね、腕は確かだし信用してくれて大丈夫よ」
俺の心配が顔に出てしまっていたのか、お姉さんが補足してくれる。Bランクって相当上だよね、この筋肉そんな凄いのか…
なら実は少し変わってるだけで、講習はちゃんとやってくれるのかもしれないな。うん、ランディ教官のやり方に任せてみよう。
「では少年よ、早速始めようか。まずはこれに着替えるんだ」
そういってランディが取り出したのは、純白のタンクトップだった。
「信用した途端これかよっ!」
つい叫んでしまった。
☆★☆★☆★
「冒険者の依頼には四種類ある。一つ目は常設依頼、長期間掲示され何度でも何人でも受けることができる。二つ目に個別依頼、個人で受諾手続きをしたらその他の人は受諾できなくなる。これは達成できないと罰則などもあるから気を付けろ。三つ目に指名依頼、依頼主から冒険者を指名してされる依頼だが、大体は断ることもできる。四つ目に強制依頼、これは対象とされる冒険者全てに強制的に受諾させられる依頼だ。しかしこの場合達成出来ずとも罰則はない場合が多い。 さあ、覚えたかい。四つの依頼をそれぞれ言ってみてくれ!」
「常設っ依頼と、個別っ依頼と、指名っ依頼と、強制っ依頼です」
俺は今、タンクトップを着ながら腕立てをしながら講義を聞かされている。既にここまでの数時間でスクワットをしながら地面に置かれた色々な薬草やら毒草を掴んでは立ち上がり、また下ろしては掴んでを繰り返しやらされたり、腹筋しながら魔物の種類と弱点や毒などの注意点を覚えさせられたり、背筋しながら薬品類や魔道具の使い方を仕込まれたりと散々な目に遭っている。これまでの奴隷生活と修行で鍛えられてなかったらとっくに倒れてるところだ。ただ、色々と勉強になるのは間違いないが。
「はっはっは、俺の筋肉学習にここまでついてくるとは君はなかなか見込みがあるな」
何だよその取って付けたようなネーミングは。
もう全身の筋肉がパンパンなんですが。
「さあ、つまらない座学はこの辺にして次は実技に移ろうじゃないか!」
今までの座学だったの!?
座ってないじゃん!
俺の驚愕に気が付いていないのか、ランディは事も無げに話を続けるので、諦めて従うことにする。
「君は何の武器を使うのかね?」
「あー、両手剣です」
「ふむ、冒険者の前衛の基本は片手剣と盾なのだが、珍しいな。天剣流か何かかね」
「そんなところですね…」
流派聞かれても困るんだよね。何て答えればいいのやら…
「そうか、なるほど。ところで君は強くなるためにはどうすればいいかを知っているかい?」
ん?
この質問は何を答えてほしいんだ?
「えっと、ひたすら修行をするとか実戦経験を積むとか…知識を蓄えるとかですかね」
そう言うと、ランディはニヤリと笑う。
「それも確かに必要だが、それだけではない。強くなる方法は主に三つある。まずは修行も含めて体を鍛えることだ。基礎的な身体能力をあげることは一番重要かもしれない。だからこその筋トレだ!」
言ってることはわからなくはない。やりすぎはどうかと思うが。
「二つ目は、魔物を倒すことによって強くなる『更身』というものだ。魔物を殺すとその身に宿る生命力を吸収して起こると言われている。生命力を吸収するごとに少しずつ体は強くなり、体がそれに耐えられなくなったとき、ある日突然肉体が変化する。それが更身だ。俺は二度更身しているから馬車ぐらいなら持ち上げられるぞ」
え、何それ怖い。
けど聞く限りではいわゆるレベルアップ的なことなのか?
「更新の際には全身が激痛に襲われ一昼夜苦しむことになるから気を付けなければならない。まあ余程大量の魔物を倒さない限り大抵の冒険者は人生で一度ぐらい、二度あれば多い方と言われているからそうビビらなくてもいいさ。逆に強くなりたいなら魔物を狩りまくれ!」
「は、はい」
び、ビビってねーし!
でもそんな風にして根本的に強くなる方法があったとは…これは知らないとこの世界でやっていけないだろうな。
「そして、最後。三つ目は、魔力または気による身体強化だ。これは実際に見た方が良いだろう」
ランディは徐に訓練用に持ってきた木剣を構えるやいなや、その体から何かオーラのようなものを感じる。そしてその状態でランディが木剣を振ると、訓練場の地面に十メートル近くに渡って刃物で斬られたかのような痕が走った。
「…は?」
その光景に呆然とするしかなかった。
さっきの更身の比じゃない。何だこれ、超常現象にもほどがあるだろうよ。本当に凄いな。こんなことができたら魔物も余裕じゃないか!
どうやるんだろうか?
「今見せたのは気による身体強化だが、体の膂力も頑強さも上がることに加え武器に乗せればこのとおりの破壊力だ。ただ、これを会得するには大体十年はかかると言われている」
「長いですね!」
「確かに長いが、気は誰の身体にも存在するからその存在に気が付きさえすれば使える。体をしっかり動かしていれば自ずと使えるようになるさ。特に天剣流の閃光の素振りが良いとも聞いたことがあるな、君にピッタリだ!」
つまりしばらく使えないと言うわけか。
じゃあやっぱり修行しながら魔物を倒すしかないのかね。
「さて、つまらない話はこの辺にしてそろそろ体を動かそうではないか!」
そう言ってランディは両手持ちの木剣を俺に投げて構えてくる。
☆★☆★☆★
結局、あのあとランディには足捌きやら隙の突きかたやら、対魔物戦と対人戦の両方を想定した模擬戦を延々とやらされて、日が落ちて暗くなってからやっと解放された。
その頃には足腰がガクガクで歩いて帰るのも億劫なほどだ。
ただ、訓練の中でランディに指摘されて気付いたが、師匠ことガレアスにやらされた尻叩きの修行が足捌の修行だったみたいで、それに気が付いてからは割と動きが良くなった気がした。あのガレアスのおっさんは、そういうのちゃんと説明してからやってほしい。
そうしてボロボロになった俺は、受付のお姉さんに微笑みを貰いながらギルドを出ると、絶対にアレクとリザにもこの講習を受けさせることを決心しながら宿へと戻っていったのであった。